직원 블로그

スタッフ日記


2020年1月23日 : 薔薇の名前
薔薇の名前

 人の名前が覚えられない。そもそも、覚える努力をしない。加えて顔もろくすっぽ見ないで名刺交換などするから、後から困ったことになる。

 先日も地元駅前を歩いていて、「やぁどうも、その節は」なんていきなり声を掛けられた。まるで見覚えない人物だ。「その節」が付いていなければ愛想笑いの一つ、「どうもどうも」で逃げおおせたろう。しかし「その節」ということは、単なる挨拶以上の何らかの出来事に関与したわけだから、下手な相槌は打てなくなる。

 バツ悪く「どちら様でしたっけ」と問えば、「いや、お忘れですか。Oですよ、O」いや、名前じゃなくて、アンタの存在自体覚えてないから困っているんじゃないか。「社長はお元気ですか?」げっ、キミは社長の知り合いか。こいつはますます、下手を打てねぇぜ。

 「おかげさまで、すっかり片付きました」おいおい、待てよ。知らねぇって(心の声が)叫んでんのに、これ以上深入りしてくんじゃねーよ。などとはおくびにも出さず、「それは結構でした」と時計に目をやり、その場を忙しげに離れたのであった。

 その後、あの人誰だったかと思い返してはみるのだが、何度試みても記憶にたどり着かない。もしかしてやつもといあの人物の方が、僕を誰かと勘違いした可能性はないか。僕によく似た、アゼルバイジャン人だったかとか。あるいはこちらを貶めるための、北工作員の策謀であったとか。

 そうして墓場まで持っていく疑念が、またここに一つ、生まれたのである。



袖振り合うも多生の縁
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2020年1月20日 : 陰口のすすめ
陰口のすすめ

 陰口はいけない。と、されている。しかし陰口は楽しい。と、僕の本音は静かに漏らす。

 他人の陰口を不快に思う人はいても、無自覚に吐く自分のソレを、不快に感じながら言葉に出してなどいまい。要は、自覚をもって陰口をたたいているかどうかという点に尽きる気がする。

 感情があるから人間で、イヤな奴がいたり理不尽な目に合ったりすれば、かつ面と向かってそのことを言えない環境にあるとすれば、どこかで発散しないと健康上よろしくない。ただし無自覚なまま毒を吐くと、その毒は内部で更に生成される。発散でなく、蓄積されていくのだ。毒性も高まる傾向にあるようで、取り扱いには注意を要する。イケないおクスリに似て、吐き続けるほどに禁断症状の度合いも深まるわけだ。

 しゃべってスッキリするためには、陰口に対し自覚的でなければならない。相槌を打ちながら聞いてくれる相手の本音はどこにあるのか、思いも致さず気軽に行ってはいけない。今はあなたに共感を寄せてくれる相手も、いつ何時、対象者の側に寝返らないとも限らないじゃないか。

 他人の陰口を聞くのが、個人的には嫌いでない。聞く側に徹する限りリスクは低いし、関係する人たちの人間性をはかるにも、良いバロメーターになるからだ。そういう底意地悪い人間がいることを肝に銘じて、今日も愉快に陰口しましょう。



壁に耳あり障子に目あり
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2020年1月15日 : 東京ブルース
東京ブルース

 ウソをついてはいけない。ことになっている。一方、世の中にウソをつかない人間などいないというのが、嘘のない話だ。

 僕は極力、ウソをつかないよう努力している。正義感からでは決してなく、バレずに過ごす自信がないからだ。
一つのウソには、10や100の言い訳が必要になる。だからウソをつくときは、「これからウソをつくぞ」と十分自覚して、覚悟をもって臨まなければならない。心理学の勉強一つ、おろそかにしたままで真の嘘つきになどなれない。

 「あの人はウソつきだ」と烙印を押される人は、逆説的に正直なのである。打算も策略もなく、その場しのぎに後からバレる、どうでもいいようなウソをついてしまう。こういう素朴な手合いは、嘘つきの風上にも置けない。

 だから僕の場合、ウソをつかずに黙っているか、その話題を避けるよう相手を誘導する。こちらのほうがはるかに卑怯だし偽善的な気もするが、良心の呵責にさいなまれる度合いは少なくて済む。

 隣国では、だます側よりだまされる方が悪いと、幼いころから教育されるそうだ。でもなんか、そういうのも殺伐として日本人の僕には馴染めない。

 他人にウソと気づかせず、結果として誰も傷つけない、真の嘘つき王にオレはなる!?



ウソをつくなら覚悟をもって
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2020年1月15日 : 有給休暇 4
有給休暇 4

 人間の心理とは、ホント一筋縄に行かない。これまでたった1日の申請に躊躇していた有給休暇も、一旦ハードルが下がれば、今度は全部使わないのがもったいないという思いに変わる。もちろんそれで、真っ当なんですよ。でもね、事実と結果だけを踏まえると、会社の純利益の目減りは更に加速することになる。

 いろいろな前提はあるけど、ざっくり1年の付与日数10日分をさっきの計算に当てはめると、倍の勘定、すなわち3,040,000円が利益から経費に変わることになる。すると残る手持ちは1,960,000円。ちょっと社員の残業が増えたり、年々上がる最低賃金の影響を受けたりすれば、来年度はマイナスの収支に転落してもおかしくない成績だ。

 どうも政府の方針が硬直的というか、今の国の実力に見合わず背伸びしているよう感じる。世の中には残業大歓迎の人だって少なからずいるし、有休はもしもの時に取っておきたい希望者も存在する。有休の強制取得や過度の残業禁止なんて、ほんらい自由経済に委ねるべき問題じゃないのか。少なくとも、景気が回復した時点で考えるべきじゃなかろうか。

 加えて、有休消化から不足する労働力も新たに補わなければならない。雇用を増やせば、そのぶん有休日数も増える勘定になる。ゼニもかかるがそもそも人手不足で、補充人員など存在しないのが実際だ。求人費だってバカにならない。昨年、わが社が求人に費やしたコストは10,000,000円だ。これでは体力のない中小企業は、人手不足か経費増大いずれかの理由で、続々倒れ始めるのも時間の問題である。

 なにも従業員の皆様の同情をひいて、有給申請を鈍らせようと目論んでいるわけじゃない。当たり前のことをしてこなかったツケだと言われれば、返す言葉もない。

 それでも。急激な変化についていけず中小の倒産が相次げば、困るのは労働者であり、つまるところ国力の低下につながる大問題だと思うのだが。政治家や官僚の皆様、そこんところ、いかがお考えか。



終わってしまえば、ハイそれまでよ
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2020年1月9日 : 有給休暇 3
有給休暇 3

 今年度から中小企業においても、年5日間、基準を満たす全従業員の有休消化が義務化された。労働者にとっては吉報である。保障された権利でも、誰も履行しなければ自分だけ取得しにくいのが日本人だ。企業側に義務を課すというのも、時代の流れとして理解できないわけじゃない。

 例えば、年商1億円の中小企業をモデルケースに考えてみよう。このご時世、5%の当期純利益があれば立派な優良企業といえる。つまり、経費・税金すべて差し引いて、5百万円が手元に残ったとする。その会社は、役員を除く社員10名・パート20名の構成だとしよう。ちなみに今まで有給なんか誰も取得していない、“けしからん”会社でもある。

 すると有休5日間取得を前提に、
 ① 社員=10名×5日間×8時間=400時間
 ② パート=20名×5日間×4時間=400時間

 つまり800時間(①+②)の、これまで発生してこなかった必要経費が生じる。

 社員は時間単価も高い。福利厚生費等込みで、時間単価2,500円としよう。パートは1,300円だ。
 すると
 ① 2,500円×400時間=1,000,000円
 ② 1,300円×400時間=520,000円

 つまり、純利益と思われていた予算の1,520,000円分は、有休という必要経費に変わるわけだ。ま、これまでがおかしかっただけで、当然の結果である。それに労働者側は、すべての権利を行使したわけではない。会社にはまだ、3,480,000円も残っているじゃないか。



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