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2020年5月29日 : 失恋と音楽 4
失恋と音楽 4

 同じく20代の半ば、恋愛対象というより、憧れの年上女性が僕には存在した。美人というよりは、細面で可愛らしくて、どこか儚げなムード漂う佇まい。軽い方言が耳に心地よい。いま気づいたが、僕が好きになるのは共通してこういうタイプの人だ。自分の見てくれなど顧みず、しかし当時の僕は体重55㌔程度、今ほど不釣り合いじゃなかったかもしれんが。

 地方の国立大学を卒業した、当時27歳の既婚者。旦那さんはバリバリの営業マンで、一度ご挨拶したことがある。大学で知り合った、同い年の方じゃなかったか。彼女は「○○君」と、自分のパートナーを友達のように呼んでいた。

 一般の方に理解し難いかもしれないが、彼女は結婚していることに、大きな引け目を感じていた。自分だけが幸せでいることに、罪悪感すら抱いていたようだ。旦那さんはいたって常識人だったから、ギャップは更に広がっていただろう。僕の周囲にいたのは、どちらかといえば世間からドロップアウトした人ばかりだったので。「普通」でいることが却って目立ってしまうという、思い返せばヘンな環境だったのだ。

 重度障害の女性が独り暮らしを始めるにあたり、彼女が専従介護者になった。僕ものちにこの方の介護に参加し、キヨコさんと顔見知りになる。淡い想いは、顔を背けながらもほのかに募っていたかもしれない。

 1985年(昭和60年)8月12日 午後7時。

 運命のその日、夕飯はキヨコさんが作ったカレーライス。3人でちゃぶ台を囲みながら、なんでもない日常の話題に花を咲かせていた時だった。

https://www.youtube.com/watch?v=Go6uvR8LCnI



唐草模様の心象風景
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2020年5月28日 : 失恋と音楽 3
失恋と音楽 3

店のおんぼろワンボックスカー(雨だとエンストしたりした)に、粗大ごみ置き場から拾ってきたカーステレオをセット。ダビングしたカセットテープを入れて、配達や仕入れの長いドライブの間中、ジューン・クリスティの歌を流し続けた。
 「何か、冷たいものを頂戴」。すっかりくたびれた中年の女性が、若いころは私もそれなりだったのよとカウンター越しに独り言ちる、とても切ない内容だ。でも、英語の歌詞より彼女の歌声が、当時の僕には沁みた。それと、伴奏のオーケストラも良い。冒頭ミュートの、”キンキンに冷えた”トランペットなんて最高だ。繰り返すたび僕には、それが「頭を冷やしなさい」と響いていた。

 男とも彼女とも、その後も毎日のように顔を合わせていた。彼女だけに伝えたはずの想いも、廻り回って面白おかしく僕の耳まで返って来た。「ああいう女なんだから、今後は気をつけなさい」そう諭されもした。いま思い出しても、不思議と恥じや後悔の念は湧いてこない。看護婦だった彼女。最後は男とも別れ、心身ともに疲弊して実家に帰ったと、全てが終わってから聞いた。元気なら、今年もう55歳になるのか。早いね。元気だと、いいな。

 あのとき僕が聴いていた「サムシング・クール」は、1953年録音のモノラル盤の方。いま聴いても、これは奇跡の一枚と思う。決して短くないジューン・クリスティの経歴にあって、この時期のこの声だけが、突出している。ひたすらクールでありながら奥へ奥へと、気づけば心の芯まで沁みてくるのだ。

 両親の不仲から、恵まれない幼年時代を過ごしたという彼女。ハスキーで陽気な歌声のはずなのに、いつも影の気配を感じるのはそのためか。飲酒が過ぎて声を荒らし、腎臓病から64歳で永眠。歌手としての絶頂期は、ホント短い人だった。

https://www.youtube.com/watch?v=SH8cEY6tbmE ←ナンとかして、YouTubeから開いてね



あなたの笑顔、わたし忘れずにいるわ
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2020年5月27日 : 失恋と音楽 2
失恋と音楽 2

 アタシの10代、暗かった。
 20代になってもほぼ暗黒の日々は続くが、瞬時、輝いた時もある。なんと、こんな僕が若き日に「略奪愛」を仕掛けたのである。別に相手が既婚者というわけじゃなかったけれど、それに男の方は毎日顔を合わせる間柄で、彼女とそんな関係とは露知らず、意識せず「手を出した」に過ぎなかったが。

 異性と心が通じ合えた、少なくとも自分にとってそう思えた過去は数えるほどだ。恋愛関係に疎く、まだ若かった世間知らずは、些細なきっかけから一瞬で相手にのめり込んだ。
 毎夜、彼女のアパートに出向いては具体性などまるでない2人の将来について、時間の許す限り語り合った。あの頃の僕にとって恋愛とはゼロか百、獲るか獲られるかの二択でしかない。「オレの女」などと今は死語かもしれないが、当時の彼女は僕にとって、この世で最も大事な所有物だった。

 2人の蜜月は、2週間足らずで終焉した。彼女が元のさやに戻ったためである。自分のボロ家に、深夜かかってきた彼女からの別れの電話。「私ね、アイツとは別れられないの」。
 とても納得などできず、何度も彼女のアパートに出向いた。そのたび男の車が停まっているのを目にし、なす術なく引き返す毎日を続け、最後の最後、諦めた。

 絶望とはまさにこのことか。生きている意味を見失い、魂の抜けた日々を過ごす中、どうにか切り抜けていけたのも音楽の力だった。

https://www.youtube.com/watch?v=jn8EtaxGJP0 ←コピペして聴いてね。



何か、冷たいものを頂戴
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2020年5月26日 : 失恋と音楽 1
失恋と音楽 1

 いろいろあって、すっかりブログが途絶えてしまった。そろそろ更新しなくちゃなるまい。かといって、契約先の大半は自粛の呪縛からようやく解放され始めたばかり。通常運転に戻るまで、あとどれくらい月日を重ねたらいいものか。更新しようにも、本業にまつわるネタが中々ない状態は、しばらく続くはずだ。

 そこでブログも、当面は個人的な話題を中心にせざるを得ない。ならばいっそのこと、徹底的に私的なものにしちゃおうかな。「失恋と音楽」なんてお題はどうだろう。

 もうすぐ齢(よわい)58を迎える僕は、どこぞの社長さんやお偉いさんのように、豊富な恋愛経験があるわけじゃない。女性にモテるタイプじゃないと、しっかり自覚している。何しろ相手の主要な武器たる言葉の応酬に、絶対負けたくないというひねくれた性格だ。世の大方の男性のように、「口じゃかなわない」の妥協的態度が、特に異性を相手にした場合、嫌なのである。

 すわ口論となれば、相手の猛攻を受けながら、実は反撃の機会を虎視眈々と狙う。ここぞという瞬間繰り出す、相手の傷口を効果的にえぐる一言によって、戦いは更にホットなものへと展開していく。相手が疲れ「もういい!」となるまで、何時間でも消耗戦に応じるのだ。こちらからは、決して折れない。

妻との不毛な闘争の歴史から解放されたのも、つい数年前くらいだ。相手が変わった、というより諦めたのだろう。こっちの大人げなさは、まるで変わらないのだから。よくも28年間、一緒に暮らしてくれたもんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=j3KVva1Cx8g  ←コピーして検索してね。



わが心に在るは貴女のみ
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2020年3月17日 : Work Song 1
Work Song 1

 雇用・労働問題と一口にいっても、他業種のことはわからない。労働集約型で低賃金労働が主流の我が業界に限れば、世間にとって問題解消の動きも、逆に大問題化につながるジレンマに陥っていきそうだ。気がかりな幾つかの点について考えてみたい。

 まずは、長時間労働の是正という動きに関して。日本の労働時間規制はないに等しい、この定義は間違っていない。
 例えばEUでは、残業の絶対的上限時間を定め、かつ退社から次の出社まで、最低限11時間空けなければならないのがルールだ。仕事を余分にさせないという思想が徹底している。わが国でも割増賃金50%上げや年次有給休暇の完全消化義務化など検討が始まり、一部は実現に向けて動き始めてもいる。

 欧米の考え方の根底には、雇用する側・される側に、明確な価値観の対立がある。企業が欲するのはあくまで”労働力”であり、労働者は自らの能力と時間を”売る”ことで生計を立てる。彼らにとって労働とは、まじりっけなしの「苦役」なのだ。一生困らないほどの資産があれば働かず遊んで暮らしたい、それが人生の最終到達点に思える。

 だいぶ欧米化が進んだ今の日本に、同じ価値観を持った人種の増えていく可能性はある。しかし現場で働く皆さんを見ていると、生活のため仕方なくというより、せっかくの仕事をより良きものにしようとする心根が強く伝わってくる。
 仕事は決して「苦役」でなく、人生の一部という捉え方だ。



仕事が楽しい それって社畜?
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