2019年November

剛のベッドメイク講習会 4

 初めての授業は大成功だった、と、ここでは言い切ってしまおう。  参加するのは養護学校1年生。男子9名、女子2名。担任以外にも、4~5名の先生たちがギャラリーとして列席された。こちらからすれば日常の他愛ない作業でも、知らない人たちの目には新鮮に映るのかもしれない。皆さん、興味津々のまなざし。始まる前から、場は相当に温まっているぞ。  知らなければ、健常者と見た目変わらない生徒たち。みんな軽度ということなのかな。最初に将来の夢を聞くと、「歌手になりたいですぅ」なんて女の子がいる。キミ、売れるまではウチでバイトしたまえ。ひたすら熱心にメモを取る男の子がいたり、なんでも積極的にチャレンジしたがる男子が学級委員長だったり。確かに話してみると、高校1年生とは思えない素直さ・真剣さが伝わってくる。これがまた、可愛いんだ。オレ、先生になるならこういう生徒さん教えたい。ま、資格もなければ先生になる気もありませんが。 素人だからノリで勝負! お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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剛のベッドメイク講習会 3

 その夜の剛くんは上機嫌だった。あくる朝の本番は10時、交通渋滞等から遅れてはならじと、箱根の旅館に一泊することにしたのだ。    10年以上、ご契約いただいている取引先の温泉宿。一泊二食付、しかも3室を一人一部屋でとの無理なお願いに、税込10,000円以下の単価。破格の宿泊料でご対応いただく。「ホテル明日香」小檜山支配人のご厚意、感謝しております。  剛は養護学校を出てそのままウチに入社。12月で32歳になるというから、もう14年の社歴になるのか。それだけ時が過ぎていたんだなぁ。  昔からの大食漢は今も変わらず(でも体形は細身のまま。うらやましい)。ましてその夜はビュッフェスタイル。大皿に盛りつけ瞬く間に空にしては、何度もテーブルを往復する。飲み放題付きだから、ついつい生ビールのジョッキも重ねることに。あんまり夢中になって、お腹こわさないでね。  食後、貸し切り状態の露天風呂に二人浸かっていると、あまり感情を表に出さない彼の横顔がいかにも満ち足りて映る。こいつも過去、いろんな思いしたからなぁ。少し感傷的になりながら、そぼ降る雨に肩を濡らして、晩秋の箱根の夜は静かに過ぎていった。 仕事にかこつけて旅行気分 お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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剛のベッドメイク講習会 2

 養護学校での本番前日、50分という限られた授業の中身をどうするか。剛くんの練習を兼ねながら、現場で段取りに時間を費やす。ベッドメイクの難しさ、慣れるほど生産効率が上がり得られる快感など、時間は短いが少しでも感じてほしい。  講師役の当社・半田(天成園所長)が、生徒さんによってNGワードなどないか、担当する先生に確認している。聞けばこういう子たちの家庭って、けっこう複雑な環境が少なくないらしい。虐待のケースもあるし、わが子の自立を願うはずの親の生活が不安定で、保護者が朝起きられないから学校に送り出せないといった家庭も、珍しくないんだとか。  そのままの状態で企業に紹介するわけにもいかず、先生が家庭を訪問して親に生活態度を改めるよう、“お願い”する場合もあるんだとか(先生からすれば勤務時間外の奉仕作業だ)。いやぁ、現実は想像以上に過酷だ。こういうのも、毒親の一種にあたるんだろうか。君らが逝っちゃったあと、仕事以前の問題として、規則正しい生活を送れない障害者がどう生きていけるというんだろう。 障害者就労を一緒に考えます お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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剛のベッドメイク講習会 1

 明日は小田原の特別支援学校で、ベッドメイクの講習会。当社には入社10数年の知的障害プロパー・剛くんがいて、彼が実技の講師を担う。  人手不足の世の中、外国人に助けを求めるのもわからなくはない。これまでだったら、働きたくてもなかなか就業の機会がなかった障害者(「障碍」や「障がい」は敢えて使いません)を、企業が必要とし出したのは怪我の功名かもしれない。将来、一人二人の単位じゃなくユニットとして、宿泊施設の限定された立ち位置を末永くこなしてくれればと願う。定着すれば双方にとってメリットが生まれるはずだ。なにしろ、不人気な稼業。まずは興味を持ってもらおうと、これまで担任の先生と打ち合わせを重ねながら、明日が初めての試みとなる。  今日の夕方から、現地で予行練習を行う。50分と限られた時間枠の中、おそらくは就職なんて考えたこともないはずの若い皆さんの気持ちを、どう働きかけたら掻き立てられるか。  楽しみ半分苦しさ半分、今後のわが社の方向性をかけたトライが始まる。 障害者就業を支援します! お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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生涯一度の面接 その3

 57年の半生で唯一の面談は、相手も僕だけ、僕もこの会社だけという前提で行われた。これはありそうで、世の中に中々ないシチュエーションだ。  応募が一人しかいないなど選択の自由なく、人手不足から採用する場合はある。あらかじめ条件を提示し、有能な人材を入社前提に面接することもあるだろう。大した情報もなく、常識から明らかに外れた僕のような人間を起用するなど、今に至ってもレアケースのはずだ。  爾来、変な癖がついた。入社しばらくして僕が面接を担うようになると、よほどでない限り応募があった順に採用するようにしたのだ。誰よりも先にわが社を選んでいただいた事実を重視し、かつ、自分ごときが面談のみで人を見抜く能力などないと、見切った次第である。ま、よほどの人も実際におられて、さすがにお断りしたことも少なからずあるが。  その結果は失敗もあったし、割とうまくいったこともある。続けるうちに、「来た順採用」のポリシーは強固なものになっていって、部下ができて彼らが現場管理の主体になると、逆に僕は面接の機会を奪われていった。選考基準のリスクが、高すぎるという理由らしい。 だよね~ 適当な出会いだって大事なきっかけ! お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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生涯一度の面接 その2

 面接は、当時の部長さんと入社後1年で引退されたビルメン事業部の高齢な専務さんの、お二人を相手に受けた。  「君は前職、いくらもらってた?」同じ質問は、結婚挨拶に妻宅を訪れた際、ゼネコンの偉いさんだった義父からも受けた。その時は、「僕は給料なんて(俗なもの)もらったことありませーん!」と胸を張り、父ちゃんの口をアングリさせたのだった。今回、同じ返答ではまずいかもしれないと、世間知らずな僕も少しは過去から学んでいた。  「仲間内で商売やってたもんで…安定した保障はなかったんです」などとお茶を濁せば、部長さんが都合よく、僕が経営者的な存在だったんだろうなどと善意に解釈いただいた。いま思い返しても、よくこんなの採用したもんだと、無責任に思う。  出社初日、社長室に連れていかれ挨拶すれば、「君か、清水に住みたいなんて変わったこと考えるヤツは」。そうか、それが採用の主な理由だったかと、変に得心したのであった。 都会暮らしに飽きた方 お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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小さく入って(ちょこっと大きく)稼げ

 わが社の給与に関しては、社員であれば業界的にはまぁそこそこ良いと、いろいろな情報から推察できる。この稼業、大手だからって高給が保証されてるわけじゃない。内容に大差なければ安いに越したことはなく、契約額も似たり寄ったりになる。その枠内での採用となれば、常駐者の雇用条件に自ずと限度があるのも道理だ。若い人にとって将来性に乏しく、土日・祝日・年末年始も出勤の機会が多いとなれば、反応が鈍くなって無理はない。  それじゃ魅力がまるでないかっていうと、小さな組織なりのメリットは確実にある。慢性的な人材不足だから、特に若手(30代~40台半ばも若手の部類)が入れば、嫌が応にも目立つ。やる気次第ではすぐに現場で認められ、社員採用・本社登用までの道のりに、それほど多くの時間はかからない。僕の場合、25年前の初任給が250,000円。それが今や8桁の年間報酬になったわけで、3倍以上の収入が原体験としてある。  謙遜からじゃなく、何のとりえもない自分でも、ここまでもらえるようになったのだ。アナタなら、更に上を目指せるはず。楽せず稼ぎたい方! お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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生涯一度の面接 その1

それまで仲間内でやっていた商売を離れ、それにせっかく子供も生まれることだしここは心機一転、見知らぬ土地で生活してみようと思いついた。だからってあんまり遠いと周囲(双方の親が千葉と神奈川)の抵抗が強そうだし、静岡がいいなと、漠然とした思い付きからだった。なんかいいじゃん、静岡って響き。 知人の紹介で専務さんを紹介いただき、当時は会社の売り上げの大半を占めていた写真現像の電算室に勤めることで話は決まった。それが直前になって専務から再び連絡があり、「辞めるって言ってた人間が残ることになっちゃってさぁ、ビルメンなら空いてるけどどう?」とのこと。電算にしろビルメンにしろ、わからない仕事なのに変わりはない。もっと言うと、当時の僕は世の中の事なんかまるでわかっちゃいなかった。ただ静岡に住みたいだけが目的だったから、「それでいいです」って即答した。「それじゃさぁ、履歴書用意して本社まで来てくれる?」 そこで生涯初の面接に臨むべく、生まれて初めて清水市(当時)を訪れた。 人生は考え過ぎないほうがうまくいくかもよ! お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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初めまして

初めまして。 常務取締役の塚本將人と申します。今年57歳になりました。当社ブログの主な編集を担います。 今後、当社に関する事象や仕事にまつわる情報を、時に脱線し、時に私の経験を踏まえながらご紹介したく思います。私自身は何の知識も経験もないままこの業界に入り、はや四半世紀が経過しています。ずぶの素人が入社して間もなく、人の管理やら仕事の応援やら、果ては延滞金の取り立てまで、ともかくなんでもやらされました(もとい、やらせていただきました)。 就職そのものが30歳を過ぎて初めてという変わり種のため、比較すべき前職もございません。組織ってのはこんなもんなんだろうくらいでいたところ、振り返ればずいぶんと自由度高い会社であると、後に気づきました。だってね、縁もゆかりもなく、経験も能力もない私みたいなのを、役員にまでしちゃう親分(社長)なんてめったにいないはず。皆様にもそこんところの人生の転機、少しでも伝えられたらって思います。お付き合いの程よろしくお願いいたします。 自分の新しい可能性に挑んでみたい方! お問い合わせはこちらから! Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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本社特掃班の田邉氏です

田邉誠氏は本社特掃班の一員として今年5月に入社。半年が経過しました。 入社した動機は何ですか? インターネットで検索していて、同種の求人に比べ条件のよかったのが一番の動機です。ちょうど家族が、一人増える予定でしたので(笑)。過去に同業他社で10年ほど特掃をしていました。経験を改めて活かしたいという思いもあります。エスビーエムの仕事に協力業者として携わっていた時期もあり、ご縁を感じたのも一因です。 実際の仕事の感想はいかがですか? 良い上司に巡り合えたと感謝しています。ブランクが9年ほどあって、時に自分の感覚の古さを身に染みて感じることがあります。新しい知識の習得につながった半面、エスビーエム特掃班に無いノウハウを自分が持っていたケースもあり、いい相乗効果になったと感じています。今後、自分に何が貢献出来るかを、ただいま模索中です。 様々な可能性に挑んでみたい方! お問い合わせはこちらから!Languageこのページは自動的に翻訳されました。元の内容と異なる場合がありますので、ご注意ください。

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