異常気象!助けて・・・

yjimage2月。 立春を迎え、少しずつでも春の足音が聴こえてきて良いはずが、北陸地方の大雪から、国道8号線では車が3日以上立ち往生。 ドライバーの疲労も限界ではと気が気でなかったところ、昼夜分かたぬ自衛隊の皆様の頑張りから、ようやく事態解消が見えて来たとの事。 本当に、頭の下がる思いです。

寒さと乾燥の影響からか、インフルエンザの流行も収まらず、複数の現場で3~4人が交代で感染し、業務にも少なからず影響しました。

箱根の取引先では、この冷えこみの影響で水道管の凍結状態が10日間続き、ついに配管が破裂したと6日に連絡が入りまvした。 なんとか当日に対応ができ、管理人さんから感謝の言葉を頂いています。

この数日間は、朝の気温が-10℃。 とてつもない寒さが続きます。

現在も、日陰や一歩脇に入った道では、ほとんど雪どけしていません。 車で移動する者にとって、恐怖のアイスバー・トラップが至る所に散見されます。

暖かき春は未だ近づくそぶりを見せず・・・

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大寒波

ブログの更新がすっかり遅くなってしまいました。

連日ニュースで、数十年ぶりの大寒波などと報道されています。 今年は本当に寒いですね。 この寒さが祟ったのか、娘の学校でインフルエンザが大流行し、先週はついに、学級閉鎖になってしまいました。 受験のシーズンなので、ハラハラされるご家族もいらっしゃるのではないでしょうか? 私も昨年の今ごろ、家の中でピリピリしていました。 親としては、勉強に集中できる環境作りと体調管理くらいしかしてあげられないので、もどかしい日々を過ごすしかありません。

夏の暑い盛りもそうですが、冬の零下を指す気温の中、深夜まで、あるいは夜が明け切らぬうちから、外でお仕事されている方々、本当に頭が下がります。 まだまだ寒い時期が続きますが、くれぐれもご自愛下さい。jz21

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私だけの十字架 その1

娘は仕事から帰宅するとすかさずスマホにイヤホンを装着し、音楽を聴いたりユーチューバーの動画など見たりしている。 22歳にもなってそんなヒマがあるなら、付合っているオトコだっているのだし、孫の一人や二人生んでもバチは当たらないと思うのだが、深入りするとかなり本人のプライバシーに抵触するため、ここでは控える。

気になるのは奴のイヤホンで、後述する編集用としてなら僕も使ってはいるが、観賞用にこれを用いるなど、言語道断の行為である(と、あくまで個人の見解として申し上げる)。

なにしろイヤホンは長く使うほど、耳くそが増殖していく不快なイメージがある。 通気孔をふさがれ逃げ場を失った汗が、ネチネチと粘度を上げ、スライム状に粘膜の奥深く付着していく様など、想像するだにおぞましい。 事実はきっと違うのだろうが。

致命的に音が悪い。 どう工夫したって、良くなるわけがない。
イヤホンの原理はスピーカーと一緒で、音を電気に変えて、その電気を磁石の近くのコイルに流すと、元の音と同じように振動するという特性に基づいたものである。
音とは、物が動いたときに発生する空気振動のこと。 その運動は周りの空気に変化を生じさせ、四方八方へと伝えられる。

スピーカーの場合、音が空気中を伝わっていく際、距離が遠くなるとエネルギーが消費され小さくなって行くのに対し、イヤホンはドライバーユニットが耳と密着しているため、小さな振動までしっかり伝わる特性を持っている。 だからスピーカーでは聞き取りにくいピアニッシモを確認したい時など、モニターとして使用するのに適している。 反面、構造上の理由から振動板があまりに小さくチンケであるため、音質面で圧倒的に劣る。 一定の容積が無いと、“音”であっても“音楽”にはなりえないのが道理だ。

a-420中学生になって間もなく、初めてのステレオ装置を親に買ってもらった。 父に連れられ神保町のオーディオ・イベント会場で、レコード・プレイヤー、アンプ、チューナー、スピーカーと、カセット・デッキまでを揃えた。 カセットは後でもいいんじゃないかと渋られたが、僕の本命はカセット・テープに音楽をコピーする事だったから、ごり押しで手に入れた。 どうやら父にも予算があったようで(そりゃそうだ)、必然的に全体のグレードは下がり、音質はかなり犠牲になったはずだ。 それでも比較検討するものがない当時の僕にとって、人生初のオーディオ・セットは、まさに宝ものだった。

0883929304653_p0_v4_s550x406モノが届いたその日から、名もなき格安ブランドの60分テープ3本セット(それだって当時は1,000円くらいした)を近所の長崎屋で仕入れて、レコードからダビングしたりFM放送からエアチェックしたりを繰り返した。

渋谷陽一「ヤング・ジョッキー」で録ったジューダス・プリースト「切り裂きジャック(Judas Priest – The Ripper)」やチーチ&チョン「ミスター・ロックンロール(Cheech & Chong – Earache My Eye)」なんて聴いていると、音楽の最先端に自分がいるようで気分が良い。 ちなみに双方、YouTubeで今も視聴できる。 イケないハッパを吸う描写に始まる後者の壊れっぷりなど、今もってとてもカッコいいと思う。

それから40年が経過して、身体の方は中年から老境の域に差し掛かってはいるものの、心は少年っていうか、まるで進歩なく同じことを繰り返している。 進歩がないと言えば立つ瀬がないが、進歩の必要を感じないとでもほざいてみれば、チと粋がり過ぎか。

紆余曲折はあるにしろ、今でもFMから音楽を録って編集し、観賞することを日課とする毎日。 昔も今も、そこに本質的な違いはない。 チューナーがパソコンに変わり、かつてのカセットがハードディスクに交替し、やたら編集が便利になったことと記録容量が比較にならないほど大きくなっているのをもってして、時代の隔たりというだけだ。

高校生になると、何しろカセットというのは片面に最長で60分しか入らず、C-120というこのタイプはテープが薄く切れやすいデメリットもあり、1時間30分のマーラーやブルックナーの大曲を切れ目なく保存するため、オープンリール・デッキの購入を決意する。 SONY TC-7960という製品で、1970年の半ばで、238,000円もした。

とても高校生がまともに買えるブツではない(アルバイトはかたく禁じられていたし)。
私学だったのを悪用し、何かと寄付金が入り様だとかこじつけて、あるいは定期代を水増ししてちょろまかすなど、どこぞの市会議員の先駆けのようなせこい行為に手を染め、ようやく購入にこぎつけた。

tc-7960この製品はロート・バイラテラルヘッド方式といって、テープの末端に指定の銀テープを貼っておくと、本来巻き終わるところでこれを検知し、録音ヘッドと再生ヘッドを180度回転させ、テープも逆回りして長時間録音を可能にしてくれるオートリバース方式のスグレモノである(わかるかなぁ、わかんねぇだろうな)。 ガッチャン!とメカニカルな音を立て、リールが逆回りを始める瞬間が快感である。 各社が工夫を凝らし、オリジナルなものを追求していた時代だった。

日本の技術力が絶頂期にあった頃にあっても、これは傑作の一つと思う。 音もめちゃくちゃ良かった。 オープンリールに入れた音というのは、元のソースよりあきらかに迫力が増す。 19cm/sという、カセットの4倍のスピードがもたらす効果だろう。

本気でオーディオに打ち込むなら、今もってオープンリール・デッキによる録音再生、しかも2トラ38(2トラック38cm/s)に勝るものはない。 特性から言ってSACDやハイレゾの方がはるかに良いという輩もあるが、では何故、明らかに特性に劣る中古のフェラーリに憑りつかれる人間が、今も後を絶たないのか。 彼らは決してブランド志向から人生を賭けるのでなく、フェラーリという“本物”に出会ってしまったため、日常とのあまりの落差に、生きる意味を問い直さなくてはならなくなってしまった“幸福”な少数者かもしれない。 それは数値に置き換えたくらいで優劣を決することのできる、ヤワな世界ではない。

低域から高域の周波数まで数字的に網羅し、普通では聞こえない音が鳴っていることと、生々しいということとは、決定的に違う。 奏者がそこにいて、空気の振動がもろに伝わってくるような生々しさとは、逆説的だが、非現実な空間となる。 柄谷行人いうところの、狂人の見る夢のようなものだ。 夢でありながらその渦中にある当事者にとってどこまでも生々しく、一方、夢であるがゆえに一切の選択の余地なく迫ってくる、その恐怖と切実感。

しかしフェラーリ同様、オープンリール・デッキは場所も取れば手間もかかり、つぎ込むゼニも半端ない。 それを支える情熱は、今の僕にはない。 むしろ限られた条件であっても、様々な音楽に触れていられる毎日の方に喜びを感じる。 これって、プチブル?

前にも書い34055415-1HozqzslBqroxwxa-s-たが、Radikoolというフリーソフトがあって、地元のFM局や全国のコミュニティFMなどが留守録できる。 番組まるごと録った後、mp3DirectCut(傑作!)というこれもフリーソフトを使って、必要な個所だけ編集すれば、オリジナルのライブラリーが日ごと増えていく。 これが楽しい。 なにより、金がかからない。 こんな趣味は滅多にないぞ!

長くなったので次回に続く。

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2018

まずは新年のご挨拶。 明けましておめでとうございます。
何年経とうと駆け出しの様なブログですが、本年もどうぞ宜しくお願い致します。

去年の12月20日、村松営業部長が専務に就任された事は、社員の皆様ご周知のことと存じます。 その就任に伴い、本社に勤務する社員として改めて自身を見直すと共に、今後の課題について考えました。

村松役員は専務となった今でも、去年の10月に始まった物件の立ち上げに、自ら現場に出向き人工として作業する状況が続いております。 本来ならば本社若手が率先して現場をまとめて行かなければならない所ですが、私を含めその域まで育っていない現実が、あからさまになってしまった感があります。 この情けない事実をスタート地点として、今年やるべきこと・自覚して挑戦して行かなくてはならない事を具体化していこうと思います。

仕事だけでなくプライベートも充実する様に、どちらも有意義に過ごせるような年にしたいと思っています。 頑張っていれば、辛い事・悲しい事ばかりだけでなく、楽しい事・うれしい事にも沢山出会えるはず。 そう信じて、心機一転実りある1年を過ごしてまいります。

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我が娘自慢

明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い致します。 今年最初のブログを投稿させて頂きます。

去年の話ですが、またしても娘の絵が選ばれました。 今回は「しずおか子ども美術の会」。 葵区役所に飾られています。 作品のタイトルは、「14ひきのねずみとかぼちゃ」です。 私からみれば異様な組み合わせですが、子供ならではの常識にとらわれない豊かな発想と断言し、親としてはばかることはありません。 将来のマリー・ローランサン再来を夢見て、溺愛する父は娘の成長が楽しみです。

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こちらも去年の話ですが、仕事帰りに寄ったドラックストアで発見したカレーです。 レトルトは基本食べないのですが、このカレーは個人的にビンゴでした。 S&Bから発売されていて、期間限定と書いてあるので現在発売されているか分かりませんが、「神田カレーグランプリ第1回優勝ボンディのチーズカレー」です。 買い溜めしているため、あと2回は食べれます。 これを機に、腹でる素のとんこつラーメンからカレーに移行しようかなどと。。。 こんな事ばかり考えているからいつまで経っても痩せれない、、、。 それでも年明けから、ちゃんとトレーニングを開始しました。 またの機会に、ブログでご報告いたすつもりです。

カレー

 

 

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2018始動

新年おめでとうございます。

1月5日から小寒に入り、寒さはこれから本番を迎えます。 20日に大寒も控える中、熱海では日本一開花の早いと言われる梅園まつりが6日オープン。 皆様も暖かい春が来るまで、くれぐれも健康にご留意頂き、新春を穏やかにお過ごし下さい!

さて、2日が休暇でしたので、テレビの前に陣取り箱根駅伝往路を見届けました。 個人的には東洋大学を応援。 私の思いが通じたか、往路では辛くも優勝しましたが、復路において青山学院大のレベルの高さが際立ち、4連覇の総合優勝で幕を閉じました。 yjimage[7]今年は東海大・神奈川大の前評判が高かったものの、東海は5位、神奈川に至ってはなんと13位。 11月の予選会落ちという厳しい結果です。 上位の大学は、いずれも素晴らしい成績でした。 来年も楽しいレースを期待します。

今年は明るい話題をブログにアップしたいと思います。

                            本年も宜しくお願いいたします。

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高いお肉じゃなくたっていいんです 下

本多勝一著「中国の旅」(朝日文庫)を読んだのは、受験のプレッシャーから逃れようと活字三昧に浸っていた中学3年の冬だった。 そうはいっても、何を理由にこの本を購入したのか、今となって定かでない。

51QKNW7MY2L._SX330_BO1,204,203,200_本多勝一といえば、「日本語の作文技術 」(朝日文庫)で大いに影響を受け、自分の文章というか、句読点の打ち位置やセンテンテンスの切り方などは、この人の指南から今もって抜け切らないままでいる。 馴染みの作者だったから購入したのか、書店に山積みとなった本の中で殺風景な表紙とタイトルが逆に目を引いたためか、あるいは新聞の書評欄を目にしていたためかもしれない。 怖いのは、事実の裏付けなく結果的に自国を貶める行いに終始し、一方で価値観の全く異なる隣国を正当化するような危険な書物が、朝日新聞という有名ブランドによってあたかも正当性を裏付けてしまう、つまり書いてあることは“真実”だと思いこまされてしまうことだ。

日中国交“正常”化に先駆けること1年、1971(昭和46)年8月から12月まで、朝日新聞の花形記者により掲載された「中国の旅」。 その文庫化された本は、あまり目にしなくなった「ルポルタージュ」という手法でつづられていく。 自ら現地に赴き、取材した内容を放送・新聞・雑誌など、各種メディアにニュースとして報告することを指す。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)が世界記憶遺産に登録してしまった「南京大虐殺30万人説」、2人の将校のどちらが先に100人を斬るか競ったとされる「百人斬り競争」、10万単位にのぼる中国人労働者が何重にも重なる人骨の山「万人坑」 、日本軍による計画的大量殺害「三光作戦(殺光・焼光・奪光)」と、理解を超えた悪行の数々が、生き残った人達の証言として語られていく。

読み進むほどに、旧日本軍のおぞましさに戦慄し、吐き気を催す。 ある村で、日本兵が生まれて間もない幼児を母親から引きはがし、中空高く放って落ちてくるところを銃剣で貫く描写に及んでは、号泣までした。 「ごめんなさい、ごめんなさい」と顔をぐちゃぐちゃにしながら手を合わせ、中国の人達に謝罪した。 なんと残虐で猟奇的な民族の血が自分の内に流れている事か、恥じ入るしかなかった。 しかも証言する人たちは例外なく、悪いのはあくまで時の日本政府(軍)であり、日本国民を恨むことはないとまでおっしゃられたのだ。

140205616167474825225_tianamen-square-cover1今となって、素朴過ぎる少年の一時の感情に過ぎないが、この本に影響を受けた日本人は少なくないはずだ。 こうした「自虐史観」は、70年安保闘争が沈静化し、日中が交流を開始し、高い年間レンタル料のパンダ(実は中国共産党に侵略される前のチベットの生き物)がやってくるのと前後して、刷り込みの度合いを刻々と増していったように思う。

なぜ、自分が生まれた国をことさら貶めようとする心理が働くのか、朝日新聞をはじめとする大手メディアの思惑には、様々なものがあるだろう。

たとえば戦後GHQの指導により、保守的な思想を持つ学者や政治家が公職から追放され、戦時中に冷や飯を食わされていた共産主義者が台頭してきたという背景がある。 その当時の連合国の言い分に乗っかって報道したのが、今の大手メディアである。

たとえば日本と中国の間には、1964年に取り交わされた「日中記者交換協定」という不可思議な協定が今も存在し、中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない・20160826_1400590日中関係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定しないことなどが取り決められている。 違反すれば、記者が中国国内から追放される。 天安門事件においては、さすがの日本各紙も欧米同様この大量虐殺を批難し、一時支局閉鎖を余儀なくされたが、唯一の例外が朝日新聞だったというのを後から知り、さもありなんと思った。

たとえばNHK放送センター(東京都渋谷区)の中に、何故かCCTV(中国中央電視台)日本支局があり、同センターに電話をかけると内線で繋いでくれるというのだが、普通に考えておかしい。 中国共産党・宣伝機関との癒着が疑われても仕方がない。 まさか家賃は取っているだろうし(取っていなかったらそれこそ異常だが)、利害関係が成立しているからこそ、チベットやウイグルの人たちの弾圧も見て見ぬふりをしたり、天安門事件の被害者数を著しく低く見積もろうとしたりするのだろう。 少なくとも、NHKが取材によって得た日本の情報が、中国にわたっていないと彼らが保障したことはない。 なぜ、NHKにかつて「シルクロード」という番組が成立したのか、闇は深い。

戦前は国威発揚・日米katazusite1開戦までを徹底的にあおった新聞社が、戦後は手のひら返しを返したように、しかも明確な根拠なく反日に終始する。 理由は、そうした姿勢を欲する購買層が、少なからず存在するためである。 販売部数が伸びるからこそ、以前であれば戦争をあおり、今なら事実を歪曲してまでも、倒閣運動に励むのだ。

かつて朝日新聞のスター記者だった本多勝一氏が、日本軍による虐殺の証拠として使ってきた写真が、実は捏造であったことを、本多氏自身が初めて認めました。
問題の写真は、本多勝一氏の『中国の日本軍』に掲載されたもので、日本兵が中国の婦女子をかり集めてこれから虐殺するところであるとの説明がなされています。
ところが、この写真の出所は、実は本多氏が当時勤めていた朝日新聞社発行の『アサヒグラフ』(一九三七年十一月十日号)に掲載されたもの。 日本兵は家路につく少女たちを護っていたとのキャプションがついていて、少女たちの笑顔もはっきりと写っており、「南京大虐殺」とは何の関係もない写真であることは、誰の目にも明らかです。
この矛盾点を問われた本多氏は、週刊新潮(9月25日号・下写真)に次のようなコメントを寄せています。
「『中国の日本軍』の写真説明はすべて中国側の調査・証言に基づくものです」「『中国の日本軍』の写真が、『アサヒグラフ』に別のキャプションで掲載されているとの指摘は、俺の記憶では初めてです。確かに「誤用」のようです。」
本多氏のこの時の取材は実にいい加減なものでした。 中国共産党が用意した証人の証言をただ聞き書きしただけで、一切裏付け取材を行っていなかったことを、本多氏bTZAeN2y自身も後に著書の中で認めています。
また、「中国の旅」の記事で「日本人による虐殺があった」と紹介された炭鉱に勤めていた日本人が、記事は事実と著しく異なると本多記者に抗議の手紙を送ったところ、本多氏からは「私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば中国側に直接やっていただけませんでしょうか。」という、無責任な回答が返ってきました。
証言が真実かどうかを調べるのが記者の仕事ではないでしょうか。
これが『中国の旅』の報道の実態です。 japan-plus.net/182/

いま朝日新聞は、森友・加計(かけ)学園問題を題材とした著書で名誉を傷つけられたとして、文芸評論家の小川栄太郎氏と出版元の飛鳥新社(東京)を相手取り、計5000万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴えを東京地裁に起こしている。 公称600万部を超える大新聞社が、小川氏という個人を相手取り、しかも同紙からの謝罪や訂正、賠償を求める申入書に誠実な回答書を返したのにかかわらず、とつぜん訴訟に打って出た。 小川氏の回答書はネットで公開されているが、その書き出しはこうだ。

朝日新聞EltlFYyよ、新聞社として恥を知りなさい。

朝日新聞からの申入書への回答に先立ち、貴紙による一連の森友・加計報道について、総論的な結論から申し上げます。

朝日新聞は日本を代表する言論機関です。

法的構成が不可能な言いがかりで一個人を恫喝するのではなく、言論には言論で勝負していただきたい。

朝日新聞は2017年6月の販売部数からだけでも、毎月3万弱のペースで部数を減らし続けている。 このまま順調にいけば、2018年上半期(1月〜6月)の平均販売部数で、500万部台まで目減りすることになりそうだ。
実際には配られないのに新聞社が印刷し、販売店に引き取らせて配ったことにしている「押し紙問題」もある。 朝日の内部文書によると、2016年の発行部数は654万部と発表されているが、「残紙」の割合は32%にもなり、実際に読者に配られた実売部数は444万7千部だったとか。 実に3部に1部が配達されずに古紙回収業者を通じて処分されている計算だ。 なんという資源の無駄遣い。 そして32%の割合を適用すれば、実態は400万部程度まで販売数が落ちていると推察される。

昨年3月末、朝日新聞社は公正取引委員会から、この「押し紙問題」で注意を受けている。 このような、害ばかり多く益のない新聞社は、早くつぶれて頂くに越したことはない。 一方で、思想が偏れば偏るほど、これを是とする人たちが存在するのも、民主主義の国ゆえ否定は出来ない。

「中国の旅」を読んで、謝罪の気持ちでいっぱいになった僕を冷静に振り返る時、そこに倒錯した陶酔のようなものがあったことを認める。 僕はあくまで当事者でないから、“罪”を負ってはいない。 しかし日本軍の末裔として、過去の悪行を無かったものにせず、キチンと向き合う姿勢は高尚なものであると、だから他の日本人が否定されても僕自身は中国の人達と分かり合える存在なのだと、言語化していたわけではないが、そのように捉えていたのではないか。 一種、幼稚な特権意識であり、個人の特殊な事例かもしれない。 一方で、そのように読み手が意識を“操作”されていたのだとしたら、制作側の意図は的中したとも言えて、少なからぬ人たちが同じ思考回路から偏った思想を抱かされた可能性がある。

imagesあんまり長くなったのでこの辺で止めるが、素材を選ばずおいしくなると胸を張った「エバラ焼肉のたれ」こそ、日本人の矜持である。 たとえGDPや教育水準で他国にいくら抜かれようと、この精神さえ失わなければ日本は世界に冠たる国家であり続ける。 今こそ月の家圓鏡の精神に帰る時だヨイショッ!

じゃないかもしれない。

 

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いろいろ・・・?

皆さま毎日寒い中、お仕事お疲れ様です。 ありがとうございます。

さて今回、私の昔話・懐かしい体験をアップさせて頂きます。

私が静岡に暮らすようになって、早いもので20数年が経ちました。

以下は移り住んで間もないころの、居酒屋での出来事です。

友人とキャバ(キャバといってキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの事じゃありませんのよ前川前文部事務次官もご執心だった夜のオネエ様が殿方を歓待する場所の事ですのよ)に行く前、腹ごなしをしようとなりました。

入った居酒屋で、静岡おでんを注文。

黒はんぺん

店内に入り、いろいろと注文していくうち、関東では馴染みのないアイテムに出くわします。 みそって?何に使うの? そして真打、静岡“はんぺん”の登場に目を見張ります。

はんぺん

普通、はんぺんって白ですよね。 紀文のはんぺんはだてに気分で白いわけじゃありません。 なぜに黒? しかも固くちで、やけに魚臭が強い。 いまだに馴染めない私です。

飲んだ後にはキャバもヨシ! おっ○いパブもヨシ! でもやっぱり、〆はラーメンですよね。

ラーメンには多少拘りを持つ私ですが、とんこつは苦手ですね。 店内に立ち込める臭いはコンディションによって、もどしてしまうほど苦手なのです。

さて、最近のラーメンは“なると”、見かけないですよね? 昔ながらのラーメンには出てきますよね。ラーメンには“なると”、必要不可欠ですよね。

なるとラーメン なると

なるとから皆さん、連想するに何が浮かびますか?

私ならアニメの「元祖天才バカボン」ですかね。

バカボン

バカボンの頬は、なるとそのものです。 さらにバカボンから実在する人物として、私の中では、漫画家の蛭子能収さんが連想されました。

えびす

話しはどんどん変わりますが、最近、大型ショッピングモールなどで駄菓子屋さんが流行っているようでよく目にします。 実家の近所の駄菓子屋さんに良く買いに行った事は覚えておりますが、持ち合わせがなかったのか、買いたくもないお菓子を持ち帰った記憶が有ります。

皆さん ご存知ですか?

駄菓子屋でおなじみのチロルチョコ、現在は300種類有るそうです。

チロルチョコチロル種類

以上、とめどなく無意味な情報を垂れ流し、最後のブログを閉じさせていただきます。 短い間でしたが、皆様、いろいろとお世話になりました。 これにてお別れです。 お元気で。

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高いお肉じゃなくたっていいんです 上

今年の流行語大賞を選ぶなら、「忖度」などでなく「フェイク・ニュース」とすべきだろう。 ここでの「忖度」の意味が、日本人が本来美徳とする善き心遣いとは真逆の、悪しき官僚の解釈として多用されたこと自体、フェイクそのものである。 「忖度」選出の理由となったいわゆるモリカケ問題(森友学園・加計学園問題)こそ、2017年を後に振り返った時、「フェイク・ニュース」の象徴的な事例に変わっているだろう。

「森友」は、籠池夫妻という稀有なタレントを見れば、総理の関与など論外なのは分かるはず。 安倍明恵夫人という、こちらもちょっとユニークなキャラクターの方の名前が、「名誉校長」とやらで悪用されたにすぎない。 朝日新聞が籠池被告の証言をもとに、5月9日付で「開設予定の校名として『安倍晋三記念小学校』と記載したことを朝日新聞の取材に認めた」との記事を掲載。 黒塗りにされた設置趣意書が公開されれば、『開成小学校』であったことが分かる。 『安倍晋三記念小学校』は9文字、『開成小学校』は5文字。 公開されている部分のフォントをみれば、最初から9文字なんて入るはずないのは明白で、ただただ安倍さんを貶めたい悪意が伝わる手口だ。

kato-media-2「加計」に関しては、2017年7月10日の閉会中審査における加戸守行・前愛媛県知事の答弁をもって、すべて解決済である。 「(前川氏の)『行政がゆがめられた』という発言は、私に言わせますと、少なくとも獣医学部の問題で強烈な岩盤規制のために10年間、我慢させられてきた岩盤にドリルで国家戦略特区が穴を開けて頂いたということで、『ゆがめられた行政が正された』というのが正しい発言ではないのかなと思います」。

NHKをはじめとする地上波・大新聞に黙殺された加戸証言は、ネットで今も公開されている。 「女性の貧困調査」を目的に「新宿 歌舞伎町 恋活BAR LOVE ON THE BEACH」に通い詰めた文科省のトップ前川氏と、席を並べた加戸氏の尊厳あふれる佇まいの落差を目にするだけで、何が真実か、言わずもがなと思わされるはずだ。

今年を「メディアが死んだ年」と呼ぶ識者が、少なからず存在する。 以前であれば「報道しない自由」によって社会的にも抹殺されてきた「ファクト」が、ネットの隆盛によって白日の下にさらされている。 僕の20代の子供二人は、テレビも視なければ新聞も読まない。 そういう若い世代が今後増えていき、テレビしか視ない情報弱者は逆に減り続ける。 加戸・前知事の実況中継録画に、他者のいかなる情報操作も不可能である。 その証言を聴き、両者を見比べていかなる判断をするか、そこに既存メディアと真逆の印象を持ったとすれば、強固でねじれた意志の介入を感じるのは容易なはずだ。

「フェイク・ニュース」とは、メディアが初めから虚偽であることを認識しながら行う架空の報道や、推測を事実のように報道する行いを指す。 昨年の米国大統領予備選で、ドナルド・トランプ氏の言動をCNNやニューヨーク・タイムズなどリベラル系マスコミが悪意をもって報道したことに対して、「フェイク・ニュース(偽記事)」だとトランプ氏が反撃したことをきっかけに日本でも多用されることとなった。 虚偽報道・捏造報道などと口にすれば断定的で重たくなるし、カタカナにすることでイメージが拡散される効用があるのかもしれない。

B7CKiKVCAAAG3Qap5-20-1「フェイク・ニュース」の典型例としてまず、1989年(平成元年)朝日新聞珊瑚記事捏造事件をあげたい。

典型的な自作自演。 「沖縄県西表島のアザミサンゴに落書きがあることを発見した」カメラマンが、「百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の」日本人を嘆いている。 当時の石垣島は、海を埋め立てる新空港建設計画が進行していたさ中にあり、多分に政治的な意味合いもにじんでくる。 地元のダイビング組合が「サンゴにこれまで傷は全くなかった、サンゴに書かれた落書きは、取材者によるものではないか」と抗議。 東京本社の代表番号に電話するも、窓口の人間と称する男性は「朝日に限ってそんなことはない」「文書にして出してくれ」と、まともに取り合わなかったそうだ。 朝日新聞社は5月15日夜に記者会見を行ったが、カメラマンの「こすっただけ」という釈明を信じ、会見でも突っぱねるような印象を与えて反発を買っている。

さんざん虚偽を否定した挙句、動かぬ証拠を突きつけられてようやく謝罪。 カメラマンは懲戒解雇処分、当時の社長が引責辞任に追い込まれている。

この新聞社が戦前・戦中・戦後を問わず一貫した特異な体質を持つものとして、明快かつ象徴的な“犯罪”を、永く記憶にとどめ置くべきだろう。

img_3b98d43dd7ac1108e12be4a69b2ad0fb1263967朝日新聞といえば慰安婦報道問題。 日本という国家を貶める重大“犯罪”であり、32年もたって虚偽であったことをようやく認め、2014年9月11日、朝日新聞社長自ら謝罪会見を行っている。 しかしこの謝罪も訂正記事も、国内向けのポーズに過ぎなかった証左として、“当事国”には何の釈明も行っていない。 近くは米サンフランシスコ市において、民間団体が現地に建てた慰安婦像の寄贈を受け入れる決議案に、エドウィン・M・リー市長(その後まもなく急死。口封じ説も浮上している)が署名している。 碑文に「性奴隷にされた何十万人の女性」「大多数は囚(とら)われの身のまま命を落とした」とあることから、姉妹都市提携を結ぶ吉村大阪市長が、「日本政府の見解と違う」と抗議。 寄贈を受けた場合は「姉妹都市を解消する」と表明している。

1977年、軍の命令により済州島で女性を強制連行したと吉田清治が“告白”。 80年代に入り、朝日がこの人物を報道したことをきっかけに著書が韓国で翻訳され、国際問題化していく。 火のない所に、煙を立てたのである。

日本軍によって強制連行された韓国女性は、20万人に及ぶとされる。 しかし娘や姉妹、妻を奪われたとする韓国側の証言は、過去ひとつとして存在しない。 常識的に考えれば、すぐに分かる事だろう。 自分の愛する肉親が連れ去られようとするとき、これに抵抗しない親や夫、兄妹がどこにいようか。 命の危険を顧みず抵抗する方が自然で、そうなれば現場は、(何しろ血も涙もない悪魔のような日本軍なのだから)大へんな惨状を呈しただろう。 しかし現実は、そうした公的記録など一切ないのだ。 だいたい20万人の性奴隷を収容し、もてあそべるほど日本軍がヒマであったはずも、精力絶倫のはずもない。 日本男子なら、自らの身体に訊けばすぐわかるだろう。 タイガー・ウッズのレヴェルで女性と勝負できる男など、日本では想像もつかない。 しかし内外反日団体のたゆまぬ印象操作によって、性奴隷(なぜか日本の弁護士が命名。実際はただの売春婦)の被害者は、時間が経過するごと年々増加の傾向にある。 まさにフェイクだ。

512MuE46xcL._SX339_BO1,204,203,200_吉田清治の長男によって、『朝鮮人強制連行の記録(未来社)』がすべて創作であったことが明らかにされている。 懸賞マニアで生活に窮していた父親が、昭和38年、『週刊朝日』「私の八月十五日」の手記募集に投稿したのが発端である。 特選から佳作に至るまで、すべて戦争の被害者としての立場から八月十五日を想起したものばかりであったのに対し、吉田だけが加害者の立場から回顧している。 いわゆる、ウケ狙いだった可能性がある。 「森友」の籠池夫妻同様、疑ってかかるのが常識なはずの大新聞が、日本を貶めるためなら裏も取らず“証言”をそのまま掲載する。 どういう精神構造であるのか、彼ら自身がGHQの洗脳から70年以上経過した今も解けていないのか、理解に苦しむ。

大阪市長の英断に、あろうことかネタ元の朝日新聞が「ちょっと待ってほしい。姉妹都市の関係のもとで育まれてきた交流は、双方の市民の歴史的財産である。市長の一存で断ち切ってよいものではない」などと、社説で説教しているのだから噴飯ものである。 こうした「われこそ正義なり」の上から目線、厚顔無恥によって、如何ほどに先人の名誉・史実が損なわれてきたか。

20171122010916954その朝日新聞、戦後最大の“犯罪”報道は南京事件にとどめを刺す。 僕がここまで憤っているのも、多感な時期に本多勝一「中国の旅」を読み、長く信じ込んできたからに他ならない。

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今年もあと少し・・・

今年も残り20日を切りました。 まだ、実感が湧かずにおります。

箱根では紅葉も終わり、季節は冬に入りました。 なんだか今年の秋は、例年に比して短く感じます。

冬は寒くて嫌いです。 ところで今年の冬は、全国的に平年より気温が低くなる予報がでていますが!雪

写真は昨年11月24日。 箱根に初雪が降り、近年にない早さに驚きました。 折よくこの時、タイヤ交換を済ませておりました。 秋の行楽シーズン真っ盛り、ノーマルタイヤで来られた観光客の皆様は往生されたことでしょう。 今年は来週、スタッドレスタイヤに変える予定です。

寒くなると心配な事がもう1つ、インフルエンザです。 2年前に罹り、大変な目に遭いました。 報道によれば、一部予防ワクチンが不足との情報も・・・ 予防接種の価格が診療機関ごとで違うことも、最近知りました。

何と言っても健康第一に、年末から新年にかけて無事乗り切って行きたいものです。

来年も宜しくお願いいたします。

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