深い人の音楽 続き

アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ トリオのチケットを買いに行く。 早くしないと売り切れてしまうという焦りからだ(ウソ)。 販売しているのは、静岡いちばんの繁華街に位置する一軒のみ。 車で行くと停める場所に苦労する、逆に不便な場所なのだが仕方ない。 本屋とCD屋、文具と喫茶が同じスペースに共存するこジャレて広めのフロアで、レジは一か所しかない。 ここで売っているんだろう。 長い髪のおねえさんが受付に立っている。

evan-parker-alexander-von-schlippenbach-paul-lovens-ff668f94-2c58-4883-a3d9-6728d573f7efいきなりシュリッペンバッハ御大の名を口にするのも、何となくはばかれる。
「11月25日の青嶋ホールのチケット欲しいんですけどぉ」などと、まずは軽めのジャブで様子をうかがう。 「何のライブでしょうか」 チッ、にぶいネェちゃんだぜ。 こいつぁいよいよご隠居の印籠の威力、見せつけるしかあるまい。
アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ! トリオです」 するとネェちゃん、怪訝な顔で引き出しの中からチケットを取り出し、めくり始める。 何だよ、これだけの高名を耳にしておいてパッと取り出すくらいの器量、ないもんかね。

「すみません、ウチでは扱っていないんですけど…」
全然すまなくなどなさそうに、そうほざいたもんだ。
はぁ? 何だって? コヤツ共産主義国家のスパイか。 フリー・ミュージックが我が祖国に広まることを、全力で阻止する企ててでもあるのか。 たしかに情報統制社会とは、真逆に位置する音楽ではある。 あらかじめ定められた何もの(音符・メロディ・リズムとか)にも頼らず、瞬間瞬間その場で創造行為を繰り広げる、まさに命を削るパッとしたチョホーマンスなのだ。

「ここで売っているって、チラシの案内に出ているんだけど」
すると無言で、再び違う引き出しを探り始める。 「あっ、ありました。 申し訳ありません。 4,000円になります」
申し訳なさそうな素振りなどおくびにも出さず、清算を始めたものだ。 本来であれば「責任者出てこい!」くらいの失策ではあろう。 しかしそこはオレ、好い人(続・夕日のガンマン)。 笑顔で頷き了解の意を示す。 物事は常に、いい方向で捉えたいものだ。

きっとこちらが、ファースト・コンタクトを誤っただけなのだ。
考えてみれば、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハは私にとっても伝説のミュージシャンだ。 二十歳を過ぎたかそこいらのお嬢さんが分からずとも、責めるのは酷というものかもしれない。 もう一度最初からやり直せるなら、「エヴァン・パーカーが共演するライブなんですが」と、優しく話しかけることだろう。 するとさすが曲者のき奴も破顔一笑、「サーキュレートブレージング奏法のエヴァン・パーカーですね。 私もチケット、ゲットしたんですよぉ! INCUSのアルバム「At The Finger Palace 」、昔から愛聴盤なんですぅ」くらいの会話は可能だったはずなのに。 しくじったなぁ。
ま、何はともあれ、売り場のネェちゃんの今後に、幸多きことを。

Y308494007う一つ、9月28日はラトル指揮ロンドン交響楽団の演奏会にも行ったんだっけ。
こっちは… なあんかなぁ・・・  一流の板前が盛った刺身料理の味わいとでもいうか。 どの肴も超新鮮で、脂がのって分厚さも十分。 豪快な量に見た目のインパクトも申し分ない。
でも、所詮は完成品をポンと目の前に置かれた印象を拭いきれず、音楽が今この瞬間生まれてくるという、次に何が来るかわからないスリリングさからは縁遠かった気がする。
ピチピチとはねる魚をまな板に載せ、首筋からトンと降ろす包丁一閃、痛みを覚えるヒマもなく命を奪う調理人のわざの冴え、味わいたかったのはソレなのに。

あまりに予定調和に過ぎるというか、マーラー9番白眉のはずのフィナーレに向かうほど、醒めてきちゃった。 会場自体は終演後、熱狂的な拍手が鳴り止まなかったから満足できた人が殆んどだったんだろう。 珍しく、最初のカーテンコールで席を立ってしまった。

感性が衰えたためだろうか。 間違いなく、その要素はある。

昔はオーケストラを、音のかたまりとして聴いていた。 今では複雑な楽器個々の音の連なりも、ちゃんと聴き分ける術が身に着いている。 鑑賞の技術としては向上しているはずが、一方で波のように押し寄せる音塊に身を委ねた、かつての素朴で圧倒的な感動からは遠のいてしまった。 自室で、FMからPCに録った音源を聴く分には充分満足なのだが。

っていうか最近では、RadikoolというソフトからWAV方式(ビットレート512K、サンプルレート48,000に設定)で録っておいて、可逆性圧縮方式のFLACに変換する技を知り、これがCDのリッピングよりはるかに“いい音”なもんだからご機嫌なのである。 しょぼいはずの日本の地方オケのライブ音源が、生のロンドン響よりはるかに豊かに響くんだからスゴイ。 お金が全然かからないのが、更に凄い。

41ipFi3mpjL._SY355_今度の土曜日は、サントリホールでメナヘム・プレスラーか。 楽しみにしていたところ、演奏会中止のお報せメールが入る。

でも、これはまぁ、しょうがないか。 今年12月で95歳になるジイチャンが、昨年に続いて日本に来る気概を見せてくれた、つかの間の夢にだけでも感謝せねば。 ジイチャン、長生きしてね。 って、十分生きてるわな。

「月の光」ってタイトルのフランス小品集のCDで、満足するとしよう。 いいよお、コレ。

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