「夜が掴む」ので「うまくできない」

何も書きたいことがなくて、それにも増して書きたい気分じゃなくて、エラそうにスランプなどというのではなく、現実のお仕事でいろいろあったがためである。 でも一応、月の最後にブログを仕上げることを、ここ数年ささやかなおのれの使命にしていて、意欲を掻き立てるネタが何かないものかググってみると、今日(10月31日)はつげ義春の誕生日とあった(Wikipediaだと10月30日)。

1937年の生まれだそうで、してみると御年80歳。 今もご存命なこと自体、大げさでなく言葉本来の真っ当な意味から“奇跡”と思われるし、この世に呼吸を続けているそのことだけが嬉しいというか、有り難いことに思えてくる。
今さら新作など望むべくもないし、でも近影がちゃんとウェブ画像にあって、その佇まいにあるのは思想や集団から最も遠く、でも孤高という程に屹立としてもない、違和感と“らしさ”が同居し、互いを阻害し合わないといった様相である。

migつげ義春は、描く作品を芸術の域にまで昇華した、おそらく歴史に唯一の漫画家だろう。 手塚治虫を巨匠とは呼べても、壮大な「火の鳥」をもってしてさえ、“沈黙”とは対峙しえない。 つげ作品のみが、“沈黙”の比重に釣り合っていると感じられるのだ。
今も時々、作品集を開く。 若いころの過剰な思い入れも抜け、再読する「李さん一家(1967年6月)」や「大場電気鍍金工業所(1973年4月)」、「夜が掴む(1976年9月)」や「必殺するめ固め(1979年7月)」。 いずれもノスタルジーでなく、あたかもいま初めて接したような、色あせぬ、初々しいまでの感性と果てしのない線の拡がり。 つげ義春を通し、僕の人生は豊かになったと断じ得るほど、彼の諸作品が奥深くにまで浸みている。 雪舟の系譜を、継ぐとみた。

つげ義春を表現しようとしても「いい」と言うほかはなく、それ以上付け足すことがない。 できるだけ長く、この世に留まっていて頂きたい。 意外とご本人は、健康に気を使われているのではないか。

ここから先、最近相次いで逝去した遠藤賢司と平尾昌晃(先月前振りしておいた)に話しを繋ごうとするも、半端ない虚脱感にギブアップする。 あぁ・・・夜だ。

うわー

じゃあもう1回、もう1回だけ(日を改め)やらせて下さい!

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