赤いハイヒール

世にCDが出回る以前だからもう40年も昔、「無人島にもって行く一枚」という企画が流行った。 LPレコードの時代である。
再生装置があって電気は通じているのに、何故かレコードは一枚しか持っていけないという設定だ。

「レコードコレクターズ」とか「ジャズ批評」だけじゃなく、少年誌・週刊誌に至るまで特集が組まれていた気がする。 クラシック、ジャズに始まり、ロックも歌謡曲も、有名無名の書き手が「それしか聴けない」という究極の条件に相応しい一枚を選んでいた。 想像する側・読み手側ともに、そのシチュエーションを大いに楽しんだはずだ。

たった一枚しか聴けない前提と、まったく音楽がない状態の間には、どれほどの差があるのか。 聴けないと最初から諦めるより、一枚だけを聴き続ける方が、かえって渇望を募らせたりはしまいか。

だから、なまじ再生装置など不要である。 無人島で音楽は聴かないと、まずは腹をくくる。 そうはいっても絶対に、100%、持参しなかったことを後悔するのはわかっているけれど。
でも、レコードは持っていくつもりだ。 CDじゃなくて、ましてノート・パソコンに1テラバイトのハードディスクでは明らかに反則だし(それだとオーディオ装置が欲しくなるし)、ドーナツ盤と呼ばれたシングル・レコードにする。 A面1曲・B面1曲しか入っていない、これこそは究極の一枚となる。

太田裕美の「赤いハイヒール」。 確認すれば1976年6月1日のリリースとあり、中学二年生だった当時の記憶と、ピタリ合う。

「イトー・ミュージック」は京成「大久保駅」から商店街の通りを、数分歩いたところにあった。 高価なレコードを買うなど年に数えるほどもない当時の僕は、次の一枚を吟味しようと週の半分ほどを、夕時の「イトー・ミュージック」まで通った。

images腰ほどの高さに並んだレコードを、一枚一枚引き上げてはジャケットを見つめ、帯にある謳い文句と共に中身を想像していく。 レコードはずっしり重くて大きくて、加えて独特の匂いもあって、実在感ある表紙を眺めるその行為だけで、幸せな気分に満たされた。
中学校生活は最悪だったが、多分、それは今も昔も変わらないだろう。 街にレコード屋があって、当時の流行歌があちらこちらから流れていて、惣菜屋・八百屋・肉屋・花屋の匂いが混然と通りを満たしていたあの時代。 本屋で文庫本を開けば、角川には角川の、新潮には新潮の、創元推理文庫には創元社なりの、出版社特有の紙の薫りがあった。 無味無臭の今では決して味わえない、生活に密着したところに文化が息づいていたのだ。 限られた情報はすべて紙媒体で、世界はまだ見ぬ不思議に溢れていた。

その時代に、戻りたいと言うのではない。 取り戻せない過去があり、取り返しのつかない今があるという、認識を持っているに過ぎない。

少年がいつものようにレコードを漁っていたその日、とつぜん女声の澄んだファルセットが店内を包んだ。 サーと、心地よい風が全身を吹き抜ける。 そして音楽が、体の深いところにまで浸み渡っていくのを感じた。
レジ横に据えられたレコード・プレーヤー手前の「NOW PLAYING」に、レコードジャケットが立てかけられている。 それが、「赤いハイヒール」。

前年の冬リリースされた太田裕美「木綿のハンカチーフ」は、「およげ!たいやきくん」「北の宿から」に次ぐ大ヒットとなった。 それでもビートルズ、ディープ・パープルなど洋楽一辺倒だった当時の少年にとって、興味の外にあったらしい。 初めて耳にしたこの世のものと思えぬ声に吸い寄せられ、足がレジへと向かう。 そこで出会ったのはどこか大人びて、一方で少女の面影残す裕美ちゃんのポートレート。 瞬間、恋に落ちた。 少年はそれを自分に向けて、容易に認めはしなかったけれど。

では、その場で「赤いハイヒール」を購入したかといえばさにあらず。 しばらく間が空いた記憶がある。 その日は何も買わず帰宅し、600円のシングルを買うか否か、悶々とする時間を過ごした。 全ては少年の、自意識過剰さのゆえである。 洋楽は世界的に認知された音楽であるのに対し、島国の、しかもアイドルの音楽なんて聴いてイイのだろうか、本当に悩んだのだ。 結局、裕美ちゃんの圧倒的な魅力に抗う事は出来なかったが。

数日後レコードを購入し、足早に帰宅すると自室のドアを閉め、興奮に指を震わせながら針を落とす。 彼女のアカペラに始まるこの編曲は、今聴いても新鮮に響くはずだ。

「擦り切れるまでレコードを聴いた」「ワカメ状になるまでカセットを繰り返した」 当時の人達は、夢中になって音楽を聴いた経験をそのように表現している。 僕もそうだった。 何度聴いても、飽きると言う事がなかった。 昔の自分が羨ましいくらい、音楽に集中できた。

正直言って「赤いハイヒール」は、前作「木綿のハンカチーフ」の二匹目のどじょうである。 男女の対話に物語がつづられる斬新な展開(絶頂期の松本隆!)は、そのまま本作にも継承されている。 ヒットする要素だけなら前作の方が間違いなくあるし、今でも太田裕美の代名詞と言えば、「木綿のハンカチーフ」である。

「木綿のハンカチーフ」では都会に出ていく男と故郷に残る女との対話が歌われるのに対し、「赤いハイヒール」で地方から上京するのは女の方であり、故郷に連れ帰ろうとするのが男となる。 前作が離別を描くのに対し、本作は未来の幸せを予感させて終わる。 「木綿のハンカチーフ」が素朴な地方を連想させるタイトルであるのと対照的に、「赤いハイヒール」というタイトルからは先進のファッションであったり、工場における大量生産だったりを連想させる。 いずれにしろ、どちらも傑出した詞の世界である。

では、曲の方はどうだろう。 こちらも不世出の大作曲家、筒美京平の手になる。 松本・筒美コンビと言えば、世評に高いのは松田聖子一連のヒット曲だが、太田裕美の時代こそ絶頂であったと、僕個人は断じてしまう。 「赤いスイトピー」はいつか枯れるが、「赤いハイヒール」の色鮮やかなエナメルは、永く輝きを失わないだろうから。

「木綿のハンカチーフ」では、一貫して長調が保たれる。 明るい曲調が却って、愛の喪失の大きさを浮き彫りにする。 スゴイ。 今も聴き継がれるにふさわしい傑作だ。

「赤いハイヒール」では、女の独白が短調、男が女に心の回復を呼びかけるとき長調に転ずる。 単純だが、その効果は絶大。 都会の中で自分を見失い、諦観のうちに日々を送る女に、「ぼくと帰ろう」と男が唄う。  「緑の草原 裸足になろうよ」と。

東京駅、ハイヒール、アランドロン、マニュキア、タイプライター。 資本主義を象徴する単語の羅列が続いた最後に、「緑の草原」がとつじょ現れる。 「裸足になろうよ」とは、虚飾の象徴であるハイヒールを脱ぎ、心を開放すれば「倖せ それでつかめるだろう」との思いからだろうか。

何たる楽観主義、何たるせつなさ。 女からのアンサーはなく、曲は閉じられる。 そう、女の側は自らと現実のみを見つめる事に終始し、男の祈りにも似た愛は、おそらく報われることなく終わったのだ。 この、巧妙に仕組まれ隠された悲劇。 行き着くところまで行かずにはすまない人間の性は、自然への回帰という祈りを理解しない。 「死ぬまで踊るあゝ赤い靴 いちどはいたらもう止まらない 誰か救けて赤いハイヒール」

戦争の危機を、これまでにないほど肌身に感じさせる今という時代に、不可逆性の、進化と優位性への希求という意味において、両者は繋がっている。 動き始めた悲劇は、「もう止まらない」のかもしれない。

女が「ふるさと行きC6JeY4lVMAENXdxの切符を買う」ことはなく、男がひとり「緑の草原」を「裸足に」なることもなかったはず。 長調で締めくくられるのは「木綿のハンカチーフ」の踏襲のようでいて、より深き所からの哀しみが、聴く者の心を震わせるのだ。

ところで僕が無人島に「赤いハイヒール」を持っていくのは、A面ではなく、B面ゆえなのだ。 聴くすべのないレコードをわざわざ持っていくのも、B面を知ってしまったからこそである。 たぶん次回、そのことについて書く。 太田裕美について書きだしたら、「もう止まらない」かもしれない。

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