クォ・ヴァディス、タカハシクン その5

警視庁巣鴨署・生活安全課からの問い合わせによると、「そちら様に、タカハシ●●さんという方が在籍されておられるようですが・・・」  はい。 退職の届けに従えば、1週間後まで弊社と雇用関係にあります。 あくまで有給消化のための措置であって、実際の勤務は終了しております。

「本日、豊島区駒越にて気分を悪くされたそうで、ご自身で119番され、救急車で病院に搬送されました。 つきましてはその・・・タカハシさんの言動がどうも・・・普通の方とはだいぶ違うようでして・・・なぜ自分がここにいるのか、まったく記憶がないと申しております。 人物照会し小田原署で確認できたのですが、その時の身元引受人がアノ、そちら様だったものですから・・・ご事情をお聞かせ願いますでしょうか」

そこで、これまでのいきさつを述べる。 本人の振る舞いが尋常でないのを理解したうえで、しかし当社として他に取るべき手だてもなく、最後はタカハシクンの意志に従い、小田原駅で別れました。 身元引受人に署名したのは事実ですが、彼の身柄を託したいという主旨でしたら、正直、我々も困惑してしまいます。

「なるほど、よく分かりました。 実はご本人によると、気分が回復したので、すぐにここから出て行きたいとおっしゃっています。 ですがタカハシさんのご様子をみれば心配になりますし、身内の方が引き受けを拒否されるようであれば、福祉の方との手続きを進めたいと思います。 あとは私どものほうで全て対応しますので、ご心配なさりませんように。 それでは、失礼いたします」

ナニこのおまわりさん、めっちゃいい人やんけ。 良かったなぁタカハシクン、ちゃんと保護してもらって。 まずはいずこかの施設に落ち着いて、心の回復に専念するんだぞ。 それにつけても、さすがは東京。 タカハシクンのような寄る辺なき存在を、ちゃんとワンストップで保護してくれるなんて。 キミは意識せずして、自らの未来を立派に切り拓いたじゃないか。 ちゃんと宣言通り、みごと “突破” してみせてくれたじゃないか。

それから数週間経った、平日朝。 業者との打合せが終わり電話を切ると、事務の森上さんの筆跡によるメモが机にのっている。 「お疲れ様です。 タカハシ●●さんの連絡先です。 対応お願いします」

おや、タカハシクン。 携帯、替えたのか。

もしもしタカハシクン。 元気か? 「常~務~。 あれから無事でした? ボクね、ホント心配になっちゃってぇ。 ボク、あの時ヘンだったんですよ~(知ってる)。 それでね、あんな夜中なのに騒いじゃってぇ。 もしあの件で常務がクビにでもなっちゃったら、申し訳ないなぁと思って。 クビになってないですか? 所長とか、ほかの人もクビになってないですか? それでね、ボクもう、60%回復してるんですよぉ。 それでね、また住み込みで働けるんで、お願いできないかなぁと思って」

あれ、タカハシクン。 キミ、東京で保護されて、どこか施設入れてもらったんじゃないの?

「ボクね、ボクね、もう、出っちゃったんですよ~(ドコから?)。 それでね、常務にボクが何処にいるか言っちゃうと、きっと常務は皆にしゃべっちゃうから内緒なんですけどぉ。 常~務~、浅草のロック座って知ってます? ボクね、ボク、その近くのネットカフェにいるんですよ。 それでね、もうボク、60%回復してるんですよ。 だからもう1回、働きたいと思って。 ボクね、みんなのこと、もう何とも思ってないですからぁ。 クスリもちゃんと3錠飲んでるんで、大丈夫ですからぁ」

うん、タカハシクン。 キミの声の調子から察するに、60%回復という判断は適正と思うよ。 ついてはタカハシクン。 元の職場に、残念ながらキミは戻れないんだよ。 あの夜の事はナイトフロントさんを通してホテル側に伝わっていてね、まずお客さんがイイって言ってくれそうにないからね。 それで、お金とかどうしてるの?

「少し、東京で貰ったんですよぉ(だれに?)。 アソコいてもね(アソコってドコ?)、ボク、もう嫌ンなっちゃって、それでね、あれだけ長く働けたのってボク生まれて初めてだったから、住み込みだったらまた働けるかなぁって思うんですよ。 でもね、友達に相談したら、行政に相談しろって言われたんですよぉ」

僕もそう思うよ。 まず、役所の窓口に行っておいで。 それとね、また落ち着いたころ連絡するけど、キミ土地の権利書とか置きっぱなしで出て行ったよね。 まとめてあるんで、時期が来れば渡すつもりでいるから。

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