月別アーカイブ: 10月 2016

限られた人の世を生きる その17

前回に続き、音質が向上したもう一つの件について記す。

これも前にふれたが、RadikoolというソフトでNHK-FMの番組を録りまくっている。 使い始めが昨年暮れからで、1年近く経つ。 曲が選べない分、自分では買うはずのないジャンルや演奏家の音楽まで、ビシバシたまっていく。 最近は寝酒をしないので、日付が変わる1時間前には部屋を暗くして、意識を集中しながらその日録った音楽に耳を傾ける。

51x6cwqkyhlとてもありがたい半面、聴く時間とたまっていく音楽のバランスが、悪くなる一方である。 いま確認しただけで、1,227曲ある。 3分で終わるものもあれば3時間かかるオペラも、同じ1曲のカウントだ。 仮に1曲を30分平均としてこれを24時間流し続けるだけで、25日間かかる計算になる。 実際に鑑賞できるのは1日平均2時間程度だから、全ておさらいするまで3年半近くかかってしまうわけだ。 このペースを崩さず録り続けるなら、「100万回生きたねこ」にでもなるしかない。 ちなみにこの絵本の最後を思い出したら、ダメだ、もう目頭がうるうるしてきた。

もう一つ、音質が御世辞にもイイと言えない。 Radikoolは番組を録りこむ際、MP3という方式に設定されている。 良い音にこだわるならWAV方式が理想だが、データを圧縮しないぶん容量がデカくなって、保存を重ねるほど記憶装置のいっぱいになる日が早くくる。 僕はこのMP3を一切いじらずに、最近まで使っていた。

MP3とは、実は自分自身それほど分かっちゃいない上にざっくりした説明で恐縮だが、人間の耳には聞こえない(とされる)部分を削除してデータを少なくし、そのうえで圧縮をかけて最初の情報の10分の1くらいで記録する方式の事である。 再生するとき元のサイズに戻すのだが、削除されてしまった部分は復元されないため、不可逆圧縮と呼ばれる。
ちなみに昨年暮れ、日韓外相会談で合意された慰安婦問題の、最終的かつ“不可逆”的な解決というあまり聞きなれない表現があったけれど、これなど韓国がいつものように後からごねても、“不可逆”的に解決しているんだからもう聞く耳持ちませんよと、念には念を入れる意味で使用された言葉である。 それなのに自らの約束は何一つ履行せず、とうに10億円振り込んだ日本を批難し続けているというのもスゴイ。 恥知らずも国際的には有効なのかもしれんが、いつまでもえげつなく度を超し続けていると、最後はどこからもそっぽ向かれるよ。

それで話しを戻すと、たとえば冬布団を収納するとき、かさばるからと圧縮袋でぺしゃんこにしたとする。 空気を入れれば元に戻るので、この状態なら可逆圧縮だ。 掛布団の綿を「オレは暑がりだから」と一定量とってから圧縮袋にかければ、戻しても買った時の分量には当然満たないので、この場合は不可逆圧縮となる(のか?)。 本人にすれば少ない量で満足なように、MP3でも原音との違いが分からなかったり、この程度でいいやと割り切ったりしている人ならば、記憶機器容量の限界とバランスがとれるので極めて有効である。

僕の場合、小編成の室内楽や声楽などは許容範囲でも、オンマイク主流の60年代ジャズやオーケストラあたりだと、今一つ聴く気になれない。 音が薄くて拡がらないし、fff での息苦しさが気になるのだ。 実は歌謡曲だって、違いは歴然としている。 それでも、しょせんFMの音質なんてこんなもんだからくらい、割り切っていた。

ひょっとして・・・と思ったのがつい最近。 使い始めのころは音楽がたまっていくこと自体が嬉しくて、質より量で録っていた。 いくら録ってもタダなんだし。
それが今みたいに飽和状態になると、後で本当に聞くのかなと、ずいぶん冷静になってくる。 平均寿命の80歳まで、健康で認知症にならず生きられたとしても、25年程しかないのだ。
これからはめくら滅法(←差別用語)録るのはやめて、ライブラリーを厳選しようと決意し、するとストックを限るならちょっとでもいい音で残したいと思い始めるのが人情である。

それで試しに画面左上のポッチ「Radikool▼」を押してみたところ、「39a4dツール」→「設定変更」→「録音形式」となったので、「MP3」を右クリックしてみた。 そしてこの中の「ビットレート」を128kから256kに、「サンプルレート」を44100から48000に変更した。
この、「ビットレート」やら「サンプルレート」やらの変更によって、記憶される容量がこれまでの倍になる。 同じMP3で不可逆圧縮であっても、あらかじめ削ってしまう量と圧縮率が減るので、そのぶん高音質になるというのが理屈である。

でもしょせん、FMだから。 なーんて先入観は、おウチで聴いた途端にぶっ飛んだ。

何コレ、エエ音やんけ。

アラを探せば、音質が劣化していること自体は否めない。 耳慣れた(セロニアス)モンクの「キャラバン」が、こもって聴こえてしまうのは致し方ない。 それでもちゃんと、“音楽”になっている。 だから全然、文句がない(←モンクとかけているつもり)。
ここでいう“音楽”とは、あくまで僕が聴いて判断するもので、極めて個人的体験である。 好き・嫌いとはちょっと違うのだが、痛いとか寒いとかの生理現象とほぼ同等に、これは“音楽”でそれは“音楽”じゃないと、頭でなく感覚で、しかも厳然と分けられてしまうものなのだ。 おいしいかまずいかの感覚に近いのかもしれないが、そうすると好みの世界になってしまうし、こればかりは聴いて解っていただくしかない類いのものである。 でも、どなたであっても、聴けば“音楽”かそうでないかは歴然としている、そのことを了解して頂けるはず。

たまたま試し録りしたその夜の「ベスト・オブ・クラシック」は、モーツァルトとブラームスの弦楽五重奏曲のライブ放送だった。 ドイツ・ケンペン「フランシスコ会修道院」は残響豊かな会場で、バイバ・スクリデという僕は全く知らない若手美人ヴァイオリニストが中心の、演奏会の録音だ.。

モーツァルトの弦の、何と可憐ではかない事か。 ブラームスの憂愁の、いじらしく心に沈殿していく苦みと醍醐味。 音がスピーカーの存在を離れ、部屋を満たす耳の42e4b7be00320fc03e0e7f61bf77110f快楽。 よもやちょっといじっただけで、こんなおそろしいことになろうとは。

このブログを打っている本日19:00から、トゥガン・ソフィエフ指揮 NHK交響楽団の生中継がすでに始まっている。 このソヒエフという人、個人的にイチオシの指揮者である。 もともと楽しみにしていたプログラムであったが、それを劇的に変わった今の音質で拝聴できるなんて。 マンモス嬉ピ~! さぁ今 銀河の向こうにぃ 飛んでいけ~

そして、今日も羽ばたく。

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限られた人の世を生きる その16

年々、金を使う機会が減っている。rankingshare-9da4fcf0acd311e4855706f78209233fe5ffbebfe011dff4a2

ほぼ毎日コンスタントにかかるモノと言えば昼食代くらいか。 それだって600~700円程度の定番ランチか、HottoMottono和風幕の内弁当・税込500円で充分満足である。 奮発するならデザートに、随分値上がり感のあるスーパーカップ140円を買えばよい。 カップアイスを置いていない愛鷹サービスエリア下りのコンビニならば、森永チョコモナカジャンボ同じく140円だって、中々のものだ。

最近、家で酒も飲まんしタバコはもともと吸わんし、本は図書館かブックオフの108円コーナーだし、音楽なら過去に買うか借りて焼いたCD(何千枚かある)をPCにリッピングするなりRadikoolで録ったFM放送をMpDirectCutで編集して聴くなりするため、消費活動から遠ざかりがちな毎日である。
BS放送では、飽きはじめた2時間ドラマ以外も「刑事コロンボ」の再放送やっているし、それにしてもコロンボってテーマ曲(ヘンリー・マンシーニ作曲)もあらすじも、全て咀嚼しきっているはずなのに何故かこちらは飽きがこない。

加え%e3%82%88%e3%81%a1%e3%82%88%e3%81%a1%e6%ad%a9%e3%81%8dて、女遊びも男遊びも動物遊びもしないし、しかるに近所の山田さんちの初孫がよちよち歩きを始めて、じぃじぃとなった正さんが歩道で坊やをあやす場面を2階自室窓から見下ろした日にゃあ、何でウチには“あんなの”がいないんだろうと、妬ましくて羨ましくて切なくて、何より可愛くていじりたくてほぞを噛んだとしても、それが消費行動に影響するものではない。 もちろん、“あんなの”が我が家にデビューしたとなれば、西松屋とか赤ちゃん本舗とかに入り浸り、激しく消費にいそしむだろうが。

そのかわり、演奏会に足を運ぶ頻度が少し増えた。 先月だと静岡に五嶋みどりがやってきて、広上淳一指揮・京都市交響楽団でチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」を弾くのに行った。 グランシップ中ホールという、収容人員千人未満の、オケを聴くにはかなり贅沢な会場である。 莫大な年間維持費垂れ流しの、地方都市特有のバブリーな施設なのだ。

五嶋みどりは、異形だった。 それまでCDに聴く彼女は、技巧的に文句なく特級品で、負荷などそよとも感じさせない美しさまでは認めるものの、湖面に深く浸からず流れていく紙の船のような、良くも悪しくも小粒で軽めの肌触りと感じていた。 つまり僕にとって、“残らない”音楽だったことになる。 それがヴィジュアルに接すると、がらっと印象が変わる。

去年だと、ホント夢にまで見たチョン・キョンファのリサイタルに相模原まで出向いたものの、露天で食い物売ってるどこにでもいそうな韓国のおばちゃんが、サンダルつかっけ喜色満面の笑みで登場したもんだから驚いた。 その佇まいに、オーラなんて微塵も感じられない。
僕が永年心に抱き続けたチョン・キョンファの実演は、むき出しになった奏者の精神が聴き手の神経に直接突き刺さるような、時に息することも忘れてしまうような緊張状態に叩き込まれるもんだとばかり、思いこんでいた。
たしかにグリーグのヴァイオリン・ソナタなど、超一流を感じさせる演奏ではあったが、そして何よりアンコール曲「愛の挨拶」の、フォルムをくずしに崩しそれでも音楽をこの上なく高貴に成立させてしまう技量に圧倒されもしたけれど、やはり悔いの方が強く残った。 たまたまその日のコンディションが不調であっただけなのか、それとも年齢からくる限界であったのかまではわからない。 限られた人生に、一期一会の出会いが全て最善とは限らない。 当たり前の話ながら、妄想の中のチョン・キョンファをCDでだけ聴いていれば良かった、そう心で嘆いたのだった。

してみると当夜の五嶋みどりの方が、永く抱き続けたチョン・キョンファのイメージに、よほど近かったよう感じる。

神がかりとも巫女的とも、もしくは狐憑きともニュアンスは違うのだが、敢えて言葉にすれば彼女が、ネックを左手に押さえ右手で弦をこするその脇で、ポッカリ空いた異界からこの世d0160cdaのものでない、得体のしれない何ものかを力づくでこちらの世界に引っ張り込もうと悪戦苦闘しているような、凄惨なまでの姿に貫かれていた。 一方で実際に紡がれていく音は、青ざめるほどに澄みわたり、重力から解放されたかのような、独自の美を感じさせてやまない。 静謐で、同時に、禍々しいまでの美である。

刹那に現れ瞬時に消える目には映らぬモノと、実体としてのパフォーマンスの間に、これほど激しいギャップを感じたことはない。 協奏曲に求められる楽しさも、聴く喜びの欠けらもないチャイコフスキーだったが、だからこそ一聴の価値があったと言える。 そしてこのひたすら“ヘン”で気持ちの悪い音楽に、熱烈な拍手と「ブラボー!」で応えた当夜の聴衆に対して、底知れぬ不気味さを感じたものだ。 それだって僕の感性が、ヘンなだけかも知れないけれど。

五嶋みどりの音楽は、晴天の冬空の下、そよとも動かぬ澄んだ湖面に浮かんで日光に照り返し黒光りする、死体入りビニール袋のようだ。 遠目にあって、中味は確認出来ずとも気配のみが濃厚に漂い、届かぬはずの屍臭に吐き気まで覚えながら、しかし片時も目をそらすこと敵わないその情景を、ただ醜悪にして“美”にあらずとは、決して断じ切れぬように。 尋常ならざるものとの邂逅は、是も非も含み込んで掛け替えのない、人生の好機だと思う。 それ以降は、音楽の“正体”がなんであったのかに想いをいたし、今に至るも答えの当てもヒントもない。 だから事あるごと考えざるを得ないし、わからないまま一生が終わったとして本望である。 理解できない対象がある贅沢を味わい尽くすには、人生はあまりに短いのだから。

って、なに書いてたんだっけ。 おお、そうじゃ。 ブログのまくらことばにと、物欲・肉欲の衰え始めた老境の域一歩手前にある我が身を顧みようとしたら、意識がちょっとだけ、無限のかなたまで飛んでしまっただけなのさ。 本当は最近、Exact Audio CopyというソフトでCDをリッピングし、AIMP4というPC音楽プレイヤー・ソフトで再生したら、めちゃ音楽の密度が濃くなって嬉しくて、だって2つのソフトとも無料でダウンロードできるし、みんなも試してみたらとお勧めしたいだけだったのである。

カーペンターズの「イエスタデイ・ワンスモア」も、マイルスの「カイド・オブ・ブルー」も、ホロヴィッツが弾くリスト・ソナタの立ち上がり、音楽が始まる刹那の息遣いまでが生々しくて、ささやかな日常にとんでもなく驕奢な供物のあったこと、ここにお伝えしておく。 この戦慄、故・今野雄二にゃわかるまい。

そして、羽ばたく。

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大事な大事な 消防設備点検

dsc_0499あっという間に、10月に突入しました。

齢を重ねるほど1年経つのが早くなると言いますが、正に実感です。 ついでに、老眼の兆候が出てきた今日この頃です…

SBMは9月決算ですので、新年度のスタートを切ったばかりとなります。 前年度は業績回復が確定していて、今年度はさらなる売上向上に取り組もうと決意しております。

企業にとって営業成績はむろん大切です。 実はそれ以上に、安全に事業を行うことが必要不可欠となります。 安全は、会社の財産となります。 財産には不動産・動産はもちろん、社員(人財)も含まれます。 SBM関係者はもちろんの事、管理させていただいているお客様の大切な財産を守ることが、私たちの大切な仕事です。

ビル管理業を営むSBMにとって一番大きなリスクは、何と言っても火災でしょう。 火災が発生しないよう細心の注意を払うと同時に、万が一発生してしまった時には、自動火災報知設備・消火設備が有効に作動するようメンテナンスをしっかり行う。 日ごろから初期消火や避難誘導の訓練を欠かさないことも重要です。

その大切な役目として、「消防設備点検」があります。 6か月ごと総合点検と機器点検を繰り返し、消防設備の正常な動作を確認するとともに、安全に支障となる建物使用がないかdsc_0497などを点検し、必要とあらば都度、修理・改善を顧客に要求するものです。 人命にかかわる災害を防ぐ業務となります。

9月下旬「万葉の湯」町田館の消防設備点検を行いました。 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、こちらは24時間営業の施設です。 各所ごと点検できる時間が限られていたり、女性のエリアがあったりで、一筋縄ではいかない施設となります。

この日は女性を含む10名以上の点検技術者が、息の合った作業をてきぱきとこなしてくれました。 目立った不具合箇所もなく、一安心でした。

 

 

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待ってろJ1

J2リーグも、残り8試合となりました。

現在5位のエスパルス。 10/2に行なわれたセレッソ大阪戦の幕切れは、まさかの劇的勝利でした。 アウェーでの試合経過が気になり、ネットで頻繁に確認していました。

途中経過は1-0、今日はダメかと内心諦めていました。 それが1-1に追いつき、すわ終了かと思われたアディショナルタイム、劇的ゴールが生まれ勝利しました。 前回の水戸戦に続き粘った末の勝ち点3、感動しました。

現状5位で状況は厳しいですが、必ず1年でJ1に返り咲いて欲しいです。 残り8試合、全力で応援します。

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最低賃金改定の10月が来た! №3

10月に入り、毎年の見直しが定着した感のある最低賃金のご報告、今回で3年目になります。

今年も事前に、厚労省から発表されております。e39e9b891

静岡県 783円→807円 神奈川県 905円→930円 に、賃金がアップされました。

箱根の現場でも、これまでの雇用契約を変更する方が続出しました。

従業員にとっては喜ばしい反面、実態は相も変わらぬ慢性的な求人難。 むかし箱根の相場と言えば街中より100円程度時給が高く、それが差別化となり遠くても応募してくる小田原の住民が、一定数いました。 だからと、最賃アップにスライドして賃金を上げていこうにも契約先のご理解は程遠く、結きょく箱根は、遠くて時給も最低、土日祝日年末年始の出勤が前提の、魅力のない勤務先になってしまいました。

ある現場では現在、派遣2社に協力してもらい、毎日を何とか乗り切っております。

そんな中、新しい業務の問い合わせも増えておりますが、労働する方がいないと正直、受注に二の足を踏むことしばしです。 ネガティブ発言

そんな中、営業取締役部長は毎日、新規受注獲得に飛びまわっております。

目指すは売り上げ、○○億円!

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