月別アーカイブ: 6月 2016

我が人生の師・半田平作

お疲れ様です。

今回ご紹介するのは、私も同じ現場で一緒に汗を流した事がある、伊藤さんです。

皆様、お疲れ様でございます。
私は静岡県東部の熱海市にある「マリンスパあたみ」で、主に設備保守管理に従事している男です!
伊藤哲也(52歳)と申します。 今回が、ブログデビューです。
社内でも初めての方が多いと思いますので、簡単に私の生い立ちを綴ります。
性格は一言、おおらかと自覚しています。 趣味はスポーツ観戦と映画鑑賞、妻と一女二男の、5人家族です。

エス・ビー・エムに勤務して、かれこれ10年になります。 はじめは、現職場でもある「マリンスパあたみ」で2年勤務し、次いで「ゆとりあの郷」「天成園」。そして再び古巣の「マリンスパあたみ」へと、流れ流れの風来坊?

これらの移動には紆余曲折あり、最初の「マリンスパあたみ」では指定管理者制度の2年間、従事しておりました。

続いて「ゆとりあの郷DSC_3157」。 ここである意味、我が人生のターニングポイントとなる人との出会いがありました。 今も心の師と仰ぐ、現・KKR熱海の所長である半田平作氏です(半田「浩幸」氏ではありません)。 所長と一緒に仕事をさせて頂くなかで、ただ実務をこなす能力だけで無く、仲間を思いやる心を育てて頂きました。 現場は1人で回るはずもなく、365日・24時間、全員が気持ちを1つにして取り組む姿勢を、所長は自ら実践されながら我々に示して下さいました。 この機会に改めて、感謝申し上げます。

その「ゆとりあの郷」も、先方の(おそらくは多分に政治的理由から)契約更新ならず、仲間はバラバラに別れ、私は箱根湯本「天成園」に移動となりました。
「天成園」は新規契約の現場で、立ち上げ時には従業員数や経験不足からくるトラブルの連続、さらに通勤と拘束時間の長さも手伝い、一度は挫折も経験しました。

ところが、他の会社に移籍して縁が切れたはずの私にも、半田所長から「テっちゃん、最近はどうだ?あんまり無理するなよ」、いつも近況を気遣う電話を、変わらず頂いておりました。 何の打算もなしにかつての部下を思いやるこんな方を、私は他に知りません。

半田所長の温かい気持ちにお応えしたくもあり、私は再びエス・ビー・エムに復帰する運びとなりました。 そんなこんなで、今は「マリンスパあたみ」に移動させて頂き、週1回程度、KKR熱海にも従事する事になりました。
縁は不思議なもので、短いながらも「天成園」で一緒に勤務した小井戸くんが責任者に就いていて、KKRには半田所長がいらっしゃいます。 お陰様で現在は、安心して仕事に専念できております。

マリンスパの小井戸責任者は、まだ24歳とエス・ビー・エム最年少です。 私の経験の範囲でフォローをしながら、小さいながらも皆様に負けない現場づくりに精進してまいります。

これからも小井戸共々、宜しくお願い致します。

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最近見つけた便利なグッズ

最近では各メーカーとも、材質(建材)をいためず簡単に汚れを落とせるアイテムを発表しています。

今回ご紹介する清掃用具は、レックさんのセラステックです。 もちろん類似品もあり、そのすべてを比較したわけではありませんが、この商品はスグレモノです。

th[8]写真のように、今までカラン廻りに堆積した水垢を除去する場合、ドライバーで削ったりヤスリで擦ったりして、建材を傷めるケースがよくありました。

このセラステックは、水アカを特殊樹脂によって削り落し、ミクロの凹凸に溜まった汚れはガラス繊維が掻き出し、ダブル効果で除去します。

うわぐすり(釉薬)よりやわらかく、水垢より硬いので、th[5]陶器表面に傷をつけずきれいに落とせます。

その他、小便器の縦ジミや大便器の輪ジミ除去にも、大きな効果が期待できます。

お値段は2,000~3,000円程度。 インターネット通販でお気軽に手に入れられます。 ご興味ありましたら、一度お試しあれ。

※ うわぐすり(釉薬)とは、素焼きの段階で陶磁器(この場合はトイレの便器ですね)の表面に塗っておく薬品です。 焼成(しょうせい)によってガラス質となり、水の浸透を防ぎ、つやが出ます。 便器がピカピカしているのは、このうわぐすり(釉薬)のおかげなんですね。

次回もお楽しみに・・・

 

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新規現場紹介№24

新規現場を紹介するのも、かなり久しぶりな気がします。

日常現場としては初の、横浜進出となります。 自宅から近い(?)との事で、私が担当させて頂いております。

仕事内容は、「横浜ロイヤールパークホテル」4フロア(164室)のルーム・クリーニングです。

昨年秋ごろに照会があり、11月頃からスタートする予定のところ、諸事情から今年2月まで延びました。

東京の会社様がオープン当初から約23年間、こちらの業務を受けてこられました。 IMG_0144諸般の事情から廃業されるため、営業譲渡の形で当社が後を継ぐことになりました。 引き継ぎも、社長様のお人柄で順調に推移と思いきや、2~3月は移籍した従業員の退職等で、かなり厳しい人手不足の状態が続きました。

従業員の協力からなんとか苦難を乗り越え、今日を迎えています。

幸いいい求人媒体との出会いもあり、最近は安定した現場になってきました。

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限られた人の世を生きる その10

20160612010012566月10日、音楽評論家の宇野功芳(うの・こうほう)が逝った。 享年86歳、老衰と報じられている。 天寿を全うしたのだから、幸せな人生だったと言えるだろう。

彼の評論を読み返す機会も意欲も、今はもうない。
10代の頃だと、限られた予算で買うクラシックのレコードに、宇野功芳が解説を執筆しているか否かは大きな判断材料だった。
もしかすると当時は、なけなしの小遣いから悩みに悩んで購入した音盤以上に、宇野功芳が記す解説文の方をむさぼり味わっていたかもしれない。

宇野功芳と最初の出会いは、中学2年のとき初めて購入したクラシックのレコード。 グスタフ・マーラー作曲「大地の歌」。 ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、1952年のモノラル録音だ。

理由はつまるところ、安かったから。 メジャーの新譜が2,600~2,700円した当時、LONDONレーベル廉価盤シリーズの、消費税なんて無い時代にジャスト1,000円だった。
「大地の歌」がどんな曲かなんて、見当もつかない。 YouTubeなどと、開けばたちどころに全てが確認できる、便利なツールなど存在しなかった時代。
子供のころ観たCMで、「大地みたいに、悠々と、堂々と」とナレーションが入り、そのバックに流れていた音楽をずっと聴きたかった。 「大地の歌」と言うくらいだから、きっとこの中には、恋い焦がれたあの曲が収まっているはず。 とんでもない思い込みから手に入れたものの、あとになってその音楽は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番だと知った。 笑い話にもならないが、先にチャイコフスキーから西洋音楽に入っていたとしたら、嗜好する対象・おおげさに言えば僕のその後の人生まで、変わっていた可能性だってある。 マーラーは、それ以上に宇野功芳による解説書は、柔らかく壊れやすく、常に混乱し不安定だった当時の少年の心に大きな影響を及ぼした。 それは、こんな文章から始まる。

ワルター指揮のSP78402114で初めて『大地の歌』の第1楽章、あの「現世の寂寥を詠える酒宴の歌」を耳にしたときの全身の震撼を、ぼくは一生忘れることができないだろう。 終戦直後、10代の終わりの頃であった。 あれ以上の痛切さをもってぼくの心を貫いた音楽はほかにけっしてない。 自分の求めていた音楽を発見したというよりは、まさに自分自身がそこにあった。 ぼくという人間を知りたかったらマーラーの『大地の歌』、それも特に第1楽章を聞いてくれ、と口走ったりしたのである。 この楽章全体に繰り返される「生は暗く、死もまた暗い」という言葉が、なんと胸をしめつけたことだろう。

ぼくがマーラーを愛し、共感するのはまさにこの点にほかならない。 ぼくの人生は常に死との対決だったからである。 マーラーは自分の弱さを丸出しにする。 気どりもなければ乙にすましこんでもいない。 悩みも、疑問も、歓びも、哀しみも、すべて赤裸々に訴え、芸術のなかにぶつけてやまないのだ。 彼こそ魂の相剋の見本であろう。

無限の宇宙や永久の時の前に、われわれの一生はあまりに短く、あまりにはかなく、われわれはあまりに小さい。 そこに神の存在と人生の本質、その認識への祈りが湧いてくる。 この本質を直視せず、現実の架空のことどもに狂奔している人間の姿ほど浅ましいものはない。
「ブルックナーは神を見た。 しかしマーラーは神を見ようとした」とワルターはかたっている。1908年、狭心症の発作が起こり、健康を害した48歳のマーラーは、愛する現世への告別の歌として『大地の歌』を書いた。 そこには現世界への激しい愛と、死の恐怖、そして彼岸への痛切な願いが渦巻いている。 これこそマーラーの総決算であり、彼はこの曲を書くために生まれたのだといえよう。

こんな調子で、ジャケット内袋に収められたわずか1,000円の商品に不釣り合いなほど全身全霊の思いが、連綿とつづられていく。 いま読み返して、ブリジット・フォンテーヌ「ラジオのように」における間章(あいだあきら)の夜の果てを旅する著述と、双璧をなしていると改めて思った。 宇野功芳はこの時、音楽にまこと誠実に向き合い、生き方として真剣そのものだったのだ。 偏向しているなどのそしりをいっさい恐れず、「ダメなものはダメ」と言い切った。 業界の帝王カラヤンのレガート(音と音の間に切れを感じさせず,滑らかに続けて演奏する方法)を、「気持ち悪い」の一言で切り捨てた。 ある者はそれを痛快にして潔しと喝采し、ある者は独善に過ぎると嫌悪する側に回った。 聴き手を、信者とアンチに分断してしまうその手法は、意識的であるか否かは別にして、どこかドナルド・トランプの演説に似ている。 彼の言葉や身振りのテンポは、英語を解しない僕にも、心地よいリズムを感じさせる。 実によく、スイングしているのだ。 宇野功芳が絶頂だった頃の文にも、見かけはまるで違っても共通する意識の流れのようなものを感じる。 理屈やデータの集積でなく、まずは自らの感性に徹頭徹尾、正直であろうとするのだ。 それでもトランプさんに限って言えば、核のボタンを押せる立場になる可能性があるだけに、感性だけで動かれてはちょっと始末に悪いのだけれど。

幼稚すぎる勘違いから、僕はマーラーの、それも一番暗い音楽と最も多感な時期に出会い、宇野功芳の真骨頂といえる文章に接することが出来た。 繰り返すが、ほとんど全てがたちどころに検索可能な今の時代に、こんないびつなめぐり合わせは不可能である。 自らの想像や妄想から生まれる個人的な“真実”の世界、もしかしたら一生の間に、対照もされず現実と異なるのも判明しないまま終わるかもしれない不正確に支配された時代は、却って人間にとって、豊かで幸せな過去だったかもしれない。

いつしか宇野功芳は、時代遅れになっていた。 彼自身も、齢をとるほどに文章は丸みを帯び、いつしか好々爺とさえ呼ばれるほど変化していった。 紋切り型の「・・・だといえよう」はマニアにとって定番の表現で、むろん茶化して使用されている。 その精神に正面から向き合うなどきわめて古臭く、象徴としてだけの存在になっていくよう感じていた。 僕自身も音楽を聴くとき、かつてのように評論を当てにすることはなくなり、むしろ一般の人達のブログなど読みながら、演奏家や作品に向けた視点の多様性を楽しむようになっている。

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それでも、思うのだ。 売文家とそしられようと、ここまで自らを晒し恥じらうことなく、想いを音楽と一体化させた宇野功芳という存在がいてくれて、本当に良かった。 14歳の僕は時に甘美な自殺を夢見たし、夜に目を閉じるときこのまま意識が戻らなければいいと心から願う日が、1日ならずあった。 マーラーがいて、宇野功芳がいて、テノールのパツァークの「生は暗く、死も暗い!」の咆哮を耳にすることが出来て、僕は何とか困難な時間を持ちこたえることが出来た。 だから宇野功芳には、改めて感謝を寄せたい。 なお、宇野先生とか宇野さんとか敬称をあえて省いたのは、評論家としての彼を心から敬愛している自分なりの配慮からである。

本当にありがとうございました。 あなたの名文にすくわれたものの一人です。 どうか、安らかにお眠り下さい。

はかなければはかないほど人生は尊い。 哀しみや寂しさも忘れがたい人生の味だ。 自殺を想うほどつらくとも、この世の美しさに執着せずにはいられない。 それを煩悩と諦めて永遠の平和のなかに帰ってゆくことが本当に幸福なのか。 永遠はおそろしい。 死んでしまったら取り返しがつかないのではないか。 苦しくても、まだ生きているほうが幸福なのではないのか……。 この部分を聴くと、マーラーが晩年に神を信じたという説はまことに疑わしい。 ここには虚無と永遠への恐怖、死への痛切な拒否が荒れ狂っているではないか。

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謎の貝

今回のブログは仕事を離れ、プライベートのお話しです。

我が家で飼育している、謎の貝が不気味なんです。 水槽にはアカヒレ4匹、ミナミヌマエビ1匹、メダカ4匹、そして謎の貝が5~6匹います。 貝が水槽の住民になって以降、毎日のように観察していますが、日に日にメダカの数が減少していくのです。 しかし、その死骸がありません。 謎の貝がメダカを捕食していたのだと、最近になって気づきました。 謎の貝は吉田公園で捕まえて来たものですが、大きな過ちでした。

自然に住み着いている物をむやみに採ってはいけないと、今回の件で学んだ次第です。 メダカさん、ごめんなさい。 しかしこの貝、エサ(メダカ)がいなくなったらどうして生きていくんだろう・・・ 諦めて死滅するか、それとも他の住民にまで魔の手を伸ばすのか。 水槽の中に、カオスの予感です。

ちなみに、どんな貝かって? それは秘密です。 なぞは謎のまま、我が家の水槽でいつしか朽ちていけば良いのです。

 

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シロアリってやっぱり怖い!?

6月に入りました。 沖縄から順次、梅雨入りしていく季節です。 日本ではすでに、ゴールデンウィークを境に虫たちが活発に動き出しています。 虫の盛りは夏だと思っている方が多いかと思いますが、多くの虫たちは猛暑より、程よい暖かさを好むものです。imagesCAGBZ12C

一口に虫と言っても、可愛らしいのもいれば、グロテスクなものまで千差万別です。 とりわけ害虫といわれる、人の生活に悪影響を及ぼすものは、先入観からでしょうか、見てくれもあまり良くありません。 その中で今回は、家屋に深刻な被害をもたらすシロアリについて、触れたいと思います。

シロアリは「木を食べる白いアリ」と思っている方が多いかもしれませんが、実はアリではなく、ゴキブリの仲間なのです。 ゴールデンウィークが終わるあたりから梅雨前にかけて、羽アリとして巣立つシロアリを私たちは目にしているはずですが、実は羽アリのうちは黒いのです。 それで、シロアリと気づかない方が多いといわれています。

日本には、全国に分布するヤマトシロアリと、南部に分布するイエシロアリがおります。 静岡県は、このイエシロアリの分布境界線に当たります。 どちらも大事な家の木材に巣をつくり、食害を発生させますが、1つのコロニーが数万匹程度のヤマトシロアリに比べ、数百万単位で発生するイエシロアリの被害は甚大です。 よって新築時の木材にはシロアリ防除加工を施しますが、10~15年で効果がなくなります。 さらに最近は規制が厳しくなり、強い薬剤は使えないため、5年程度で薬剤効果がなくなるといわれております。images

シロアリは自然界に多く生息しており、特に山間部や海の近くほど数が増えます。 市街地でもちょっとした公園など、木のあるところには生息しておりますので、ほとんどの家で被害にあう危険性があります。 シロアリは地面の中から這い上がり、床下の柱から食い荒らします。 部屋の柱などに被害が出てから気づいたのでは、床下が悲惨な状態になっていることも少なくありません。 そこで定期的な防除施工を行うことが、不可欠になります。

SBMでは、このようなシロアリ等の調査・防除作業も行っております。

先日、山間のお宅で調査した際にシロアリの生息が確認されました。 その後、羽アリが家の中でも目撃されましたので、すぐに防除作業を実施しました。 作業は主に、家の床下を中心とした木部全体に薬剤を注入していく方法で行います。 その場にいたシロアリはもちろん、逃げ帰れば巣の中のアリたちまで駆除できます。 さらに5年間、薬剤効果でシロアリが発生しない保証もお付けします(それ以外の害虫の発生も、抑制できます)。

大事なマイホームがシロアリに食べられては大変ですし、被害が進行してからでは多額の修繕費が掛かります。 イエシロアリが多く分布する九州地方では、5年毎に必ず防除施工をする家が多いそうです。 地球の温暖化に伴い、北上してくるイエシロアリの被害にあわないたDSC_0295めにも、ぜひSBMにご相談ください。imagesCA3FFJYD

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