月別アーカイブ: 3月 2015

お久しぶりです 2

皆様、どうお過ごしでしょうか?
寒さの厳しかったこれまでと一変して、昨日と今日は春本番を感じさせる日和ですね。 町のいたるところで、桜の開花の見られる季節となりました。

前回のブログに引き続き、日本ジャンボー湯河原本店・泉事業所の工事内容と様子を、ご紹介して行こうと思います。

まずは、湯河原本店の2Fに新設したLEXTAと言う現像機の紹介です。
大伸ばしと言うタイプで、小さいサイズでA3から、ポスター以上のかなり大きいサイズまで現像出来る、比較的プロカメラマンなどからの発注が多い機器です。

湯河原本店2Fは以前、事務所として使用していました。 そのままでは搬入もおぼつかず、段取り的には、現像機が使える環境作りから始めます。
まずは、現像機のパーツや現像液を洗う大型の流しが必要となりました。
写真になる前工程のペーパー(現像前のロール状になっている原紙)を詰め替えるための、暗室と呼ばれる部屋(真っ暗な部屋?空間?)をあつらえます。

次に電気設備・換気設備と現像機1台を設置するのですが、結局はそれ以外一通りの設備も必要と分かり、想定したよりも大掛かりな工事となってきました。 よくある事なんですが。

大型の流しですが、先方が望む大きさが無く、納期まで余裕もない為、既存の薬品タンクを改造して(裁断、塩ビ溶接)、架台には低コストの2×4の木材を使用し、急場をしのぎました(笑)
暗室用に、暗幕(遮光を極力防ぐ黒いカーテン)を支給して頂きましたが、カーテンより天上の方が高い為、既存の天井から垂れ壁を作り、その中にカーテンレールを組んで暗室を完成させました。

市販されていたり、大工さんに作らせたりした格好の良い物ではありません。 それでも機能的には十分満たされていて、問題は無いはずです。
自分なりに考えたものがいざ形になると、本当にうれしいものです。

次回は泉事業所で施工した案件を、紹介して行きたいと思います。

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年度末。

春の風が近づいていますね。 桜も今週が見頃のようで、花見を計画されている方も多いのではないでしょうか^^ 飲みすぎ注意ですね笑

さてさて、世間は年度末… 皆様バタバタと、忙しい日々をお過ごしかと思います。 我々業界も、入札がほぼほぼ終わり、やっとひと段落… といきたいところなんですが。 ハウス(クリーニング)も含め、まだまだ忙しい日々が続きそうです、 嬉しい悲鳴です^^

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今を愛せぬ因果な音楽 フー・ツォン その1

若くして逝った祥子さんは、骨形成不全症という先天性の障がいを持っていた。 骨が全体的に細長く、骨密度が低いためくしゃみといった日常的な動作だけでも、時に肋骨が折れるという大事に至る。 2歳のとき発症したそうで、それまで歩いていた記憶がぼんやり残っていると、話してくれたことがある。 だから発症して亡くなるまでの20数年間は、車いすに座るかベッドに横たわっているか、いずれかで過ごした一生だった。

市街地から車で1時間以上かかる田舎町に生まれた祥子さん。 優しく素朴であって、不憫さゆえに娘を抱え込み、結果として生きる自由を奪い続けることになる肉親とその実家からの、独立を決意する。 彼女の口からはっきり聞いた事はなかったけれど、自らの限られた寿命を見極め、短くとも一度きりの人生を謳歌したいという思いがあったのだと、今なら分かる。 「(実家2階にある)私の部屋の窓から見える空と畑、登下校に響く子供たちの元気な声。 それが自立する前の、私の世界のすべてだったんです」

労働はおろか、食事の支度も洗濯も、排泄さえ一人では賄えない彼女が、駅から徒歩10分足らずの場所に古い木造平屋建てを借りて、一人暮らしを始めた。 今から30年ほど昔の話だ。

とうに時効とは言え、彼女の自立を現実にするため要した膨大な手続きに関しては、敢えて詳しい説明を避ける。 ただ、想像してみてほしい。 「最低限の生活もできない娘を一人にさせるのか、この人でなし!鬼!」と、(本音は金を出したくないだけの)役所から何度もなじられたご両親。 重度の障がい者を住まわすなどとんでもないと、断られ続けた家さがし。 そして何より重要だった、介護者のネットワーク。 基本的に24時間・365日体制で身の回りをサポートする人たちの存在が、自立のための絶対条件であり、その一員として紹介されたのが僕だった。

たった2年に過ぎない祥子さんとの交友だったけれど、僕の人生にとって、それは掛け替えのない学びの時間となった。 バリアフリーなど望むべくもない時代。 車いすを押して、混雑する夕方の時間帯に、目的の駅に到着し家路を急ぐ。 すると手助けの一つ、して然るべき駅員は露骨にイヤな顔をしながら「時間くらい、考えて乗んなよ」と、吐き捨てるような態度にでることも珍しくなかった。 そうなると、僕も祥子さんも黙っていない。 「障がい者は、街を歩くなって言うのか!」「あなたたちのような鈍い健常者に分からせるため、こっちは身体張ってんのよ!」

健常者であることが当たり前の世の中に敢えて割り込み、啓蒙し、ノーマライゼーションを実践することが、当時の僕たちが掲げた正義だった。 本当の彼女の望みが他にあったとしても、僕のスタンスが実は“ごっこ”に過ぎなかったとしても、彼女を含む先人たちの轍によって、今日バリアフリー化が実現する一理塚となったことは間違いないはずだ。

通行人に声をかけては、車いすの四隅をそれぞれに掴んでもらい、階段を上り下りする。 時に親切そうな酔っぱらいのオジサンが手を差し伸べてくれるのだが、ひとたび指が滑り転倒でもすれば、祥子さんの人生はそこで一巻の終わりとなる。 まさに命を懸けた彼女の日常を目の当たりにして、自分の学生生活など如何ほどのものかと、大学への足は遠のくばかりだった。 たぶんあと1年長く彼女が生きていたら、間違いなく放校処分を受けていたに違いない。 幼い頃、「人には優しくしなさい」と育てたはずの母親は、「可哀想な人とは思うけれど、まず自分のことを大事にしなさい」などとブレまくり、青二才の僕は軽蔑の眼差しを返すのみだった。

祥子さんとも通った、ミロード5階にある新星堂レコード。 ここの店長には、本当にお世話になった。 お店とその客というよりも、音楽鑑賞の師弟関係と言った方が正しいくらい。 行けば必ず2時間や3時間、お薦めの新譜や再発のレコードを視聴用ターンテーブルに乗せて、尽きることの無い店長の講釈に耳を傾けた。 バッハやモーツァルト、ペライヤにルプー。 みんな店長のお気に入りで、僕が愛聴するようになった音楽でもある。 80年代当時、世の中の流れがどうであったか知らないが、そんな一風変わった商売人と客が、神奈川の地方都市で確かに存在していたのだ。

振り返ればなんて豊かな時代を、僕らは生きれたんだろうと思う。 その日、無理に売りつける素振りなど一切見せない店長が、「このショパンは、一生の宝物になるよ」そう言い祥子さんに薦めたのは、フー・ツォンと言う、聞き慣れぬ名前のピアニストが弾くノクターン(夜想曲)全集だった。

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こんなのもウチの仕事です!・・・№5

暑さ寒さも彼岸まで。 それがここ2日に限っては、寒のぶり返しからでしょうか、肌寒い日が続きます。

それでも今週末からは、春本番に突入する模様です(花粉飛散もピークを迎えて・・・ 私や中西主任など重度の発症者にとって、つらい日々がまだまだ続きます)。

今回ご紹介する現場は、さる大手の役員が利用されている保養クラブです。

決算時期がちょうどこの年度末に重なる影響からか、いろいろなお仕事を賜りました(配管洗浄・カーペット張替え・冷蔵ケース納品等々)。

その中で、普段はあまり依頼の来ない仕事をご紹介します。 作業は、地元箱根の協力会社にお願いしました。

一つ目は、庭へ出る屋根の撤去と柱の補修・そして塗装作業です。

二つ目は、風呂場排水溝の劣化したゴムパッキ
ン交換作業です。

三つ目は、女子風呂場床浮き上がり補修作業。

そして四つ目は、車寄せ見切り破損の補修工事です(約5m)。

あまり依頼先の思い浮かばないこうした修繕・工事等のご依頼も、弊社なら喜んでお受けします。

是非一度、お問い合わせ下さい。

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ある52歳の受験生の独白

先週末、息子の卒業と就職が、ほぼ同時に決まった。 まさに滑り込み、ぎりぎりセーフである。

これで家計に占める年間コストは相当に低減され、ひとまず胸をなでおろしている。 当人も親も、4月から一人暮らしをスタートさせる心づもりであったところ、県内にいくつも営業所をもつその会社では、当面は親元から通ってほしい、ついては近くの勤務先に配属するとのこと。 なまじ安い給料のうちそれなりのアパートなど借りて、経済的負担から仕事に影響がでるのを、回避したい意向なんだとか。 今の世の中、過保護なのは親ばかりでないらしい。 市内の営業所は清水区か駿河区のどちらかだが、葵区にも1店舗進出する予定があるらしく、異動も考えれば、しばらくは自宅通いするのが確かに無難であろう。 母親の方は内心、息子の同居を喜んでいるはずだが。

22歳の春。 そのころ自分は、何をしていただろう。

同じく大学4年生だった僕は、最初の留年が決まっていた。 結局さらに2年間ほど足踏みし、しまいには学生課に呼び出されて、「高い学費と仕送りを負担されている、お父さんお母さんに申し訳なく思わないのか」などと説教を受け、ついには「4年生を3回繰り返したのは、開校以来キミが初めてだ」と、呆れられるに至った。

就職、というか、初めて給料をもらったのが今の会社で、それが32歳・3月15日の振り込みであったから、息子よりほぼ10年遅れの社会人スタートである。 その日まで、学生時代の僅かなアルバイト経験以外、給与を取得する経験なしに生きてきた。 最後の1年こそ親の遺産を生活費に充てていたが、20代の僕は財布はカラなのにとりたてて衣食住に不足しないという、説明するにもちょっと手間がかかる生き方をしていたことになる。

してみると、遺伝子を引き継ぐジュニアは、これまでのところ親より余程まっとうな人生を歩んでいる。 今も同棲中の彼女とは、順調にいけば近い将来一緒になろうし、無病息災・太平無事に、社会人としての自覚をもって充実した人生を過ごしてもらいたいものである。 納税・選挙・墓参りこそ、人の道なのだから。

なぁんちゃって。

肚では少し、気の毒に思う。 人の世は、システム化の進んだ今日にあっても千姿万態。 若き日にドロップアウトした時間を過ごすのも、あながち無駄と言い切れない。 学生から勤め人になって、定年まで無事に過ごすマジョリティな生き方は、決して楽ではないし否定もしない。 それでも、成熟した後からでは決して感受できない、“それ以外の人生”に価値を見出す機会を逸することは、経験した者からすると、もったいない印象をぬぐえないのだ。

なんにしても保護者の勤めはこれにて終了。 これより後はどうしろこうしろ、まったく何もございません。 好きに生きてちょうだい。

さて、今年7月で53になる僕の方は、この歳にして国家資格に挑戦する羽目となった。 衛生管理者という試験である。 本当は以前から、当社でも資格者を配置しなくてはいけないところ、罰則もないしずーっととぼけてきたのだが、最近になって行政からのプレッシャーがキツくなり、しゃあねえなここらで取るかとなった次第。

誰か、受けたい人~? 本社の皆さんに問うたところ、奥ゆかしくも誰もが視線を逸らし、押し黙ったままそんな問いなど耳に届いていなかったかのように、事務処理などせわしげに励んでいる。 ヒマなお前が行けよと物言わぬ横顔が物語っているようで、僕もいよいよ観念した。

試験日を決め、受験対策のテキストも用意するにはしたが、一度開いただけで先に進まない。 とくに労働生理という項の「人体の組織及び機能」なんて、医者になるわけじゃあるまいし、「血漿タンパクは肝臓で作られ、これはアルブミン(血液浸透圧の維持)、グロブリン(免疫物質の抗体)とフィブリノーゲン(繊維素原)からなる」なんて、未知のカタカナの連続に、端から頭が拒絶反応を示してしまう。 朝出社する前は、今日こそ始めるぞと固く決意し家を出るものの、いざ机を前にすると、そうだ、オレはこんな試験勉強をやってる場合じゃないと自らを偽り、運命の4月9日(試験日)は刻々と、無為のうち近づく。

寿限無寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末・・・ なら最後まで言えるし、フルトヴェングラーのフルネームもちゃんとそらんじているのだが、それにスロッビング・グリッスルのメンバー4人の名前も憶えている自分が、衛生管理者の知らない単語の羅列についていけないでいる。 そして会社のブログに、身の不運を嘆いたりしている。 助けてコージー!

今度の日曜日、息子は下宿先の山梨から、我が家にリターンする。

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毎年必ずやってくる~年度末~

毎年、必ずやってくるこの季節… 何年たっても、決して好きになれません。

花粉症アレルギーのない私ですが、年度末の官公庁舎入札シーズンは、できれば避けて通りたいものです。 儲かる仕事が増えるのであれば「よろこんで~」となるのですが、その多くは原価ギリギリの勝負となります。 それでも現場で汗を流しているスタッフの顔を思い浮かべ、何とか死守したいと願うのは担当として当然ですが、営利企業である以上、赤字での札入れはできません。 加えて毎年のように、「なんでそんな価格が出せるの???」って、目を疑う業者が必ず現れます。 このような業者に、自社物件の入札は参加されたくないものですが… 思いもむなしく、狙われ奪われた物件が、今年も数件ありました。

そんな時、足取り重く現場に出向きます。 直接スタッフに結果を伝え、力不足を詫び、今後のことを話します。 私はこれで役目を果たしたような気持ちになりますが、現場のスタッフは4月からどのように身を振れば良いのか、心配や悩みは尽きないと思います。 それぞれ生活のために働いているし、自分に落ち度がなくても職を奪われる… 本当にやるせない気持ちになります。 逆に現場を守れた時は、互いに喜びを分かち合い、胸をなでおろすことができます。

入札というシステムは、公平さを保つ役割を担いながら、残酷な側面も避けて通れないものです。 古き良き時代なら、随意契約というものが存在し、入札を行うのは現業者に問題があった場合とか、仕様に変更があった場合に限られていたりしたようです。 これが癒着の温床になるとかで、現在のように変わってきました。

結果、業務単価は下落し、同業者同士で苦しい運営を余儀なくされます。 さらに安価で受注したため、価格なりの仕事しかせずに、施設の環境衛生を保てず利用者のクレームになる事案も少なくありません。 「これって、誰も得しないのでは?」そう思うのは、私だけでないはずです。

書くほどに愚痴っぽくなってきて嫌ですが、要は真面目にやっている会社やスタッフが正当に評価される、「単に価格だけの競争から抜け出すような健全なシステム構築」を、官民一体となって考えていきたいものです。

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超カンタン!! 『簿記塾開講』マトメ編(その1)

今までの「復習」を兼ね、数回にわたり総マトメを行います。

早速ですが、簿記とは通常、”複式簿記”のことです(H.25.10.15参照)。
複式簿記の「複式」を理解するためには、いきなり「貸借対照表」から入る方が、実は理解し易かったりします。

何故かって? 論より証拠、貸借対照表を実践してみましょう。
複式簿記の一番の原理・根源は、次の式となります。「資産」とは、例えば現金や商品・土地・建物など、いま現に手もとにあって価値のあるものです。 ひとまず、「財産」と同じと思ってください。
その「資産から負債(=他人から借りた資産)を引いた残りが、純資産(=純粋な自分の資産)」という式です。 言葉にすれば、当たり前のことですね。

この式を変形して、負債を右辺に移項すると、となります。 これは、前出(式①)のものと、同じことを言っています。
つまり「いまある資産は、他人から借りた負債と純粋な自分の資産との合計」ということを表しています。

この式②を表に直すと、以下のとおりです。

複式簿記の原理は、この表③・あるいは式①を覚えれば、それでクリアです。
「複式簿記は、借方と貸方があって、どっちが左でどっちが右で?」と難しく思われるかもしれませんが、そのレベルのハードルなら、この式②や表③でクリアできるのです(「借方」「貸方」は、次回説明します)。

そしてこの表③こそが、あの、貸借対照表(バランス・シート、略してB/S)といわれるヤツです。

例えばあなたが経営している会社が、
「あなた自身が出資した200万円と銀行から借りた100万円で合計300万円を現金で持っている」
とします。 そこでこの③の貸借対照表に当てはめ分かることは、

(1)ウチの会社は現在、資産(財産)として現金300万円ある。
(2)その内訳(出所)は、銀行からの借入金100万円と自分が捻出した資本金200万円から成り立っている。

ということです。
つまり、貸借対照表が表しているのは、(左側=借方)いまある資産(財産)は何がいくらで、(右側=貸方)その出所は何がいくらか(他人資本、自己資本それぞれ何がいくらか)、ということです。

これだけでもう、貸借対照表はマスターです。
繰り返しますが、式②やそれを表③にした貸借対照表のことを覚えるだけで、複式簿記の借方やら貸方やら、どっちが右で左で、とかいうレベルのことには煩わされなくなります。

次回は、借方・貸方の極意について説明します。

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濡れ床の本命はすべり止め?

去年よりご贔屓頂いていおります熱海の某病院から、

「浴場の床なんだけど、ヘルパーさんが入院されている方のお風呂介助をするとき、濡れていても滑らないように加工することはできないか?」

とのご相談です。

メーカーさんに問い合わせると、

「良い商品、ありますよぉ~」

と嬉しい返事。

さっそくデモを実施し、確認頂いたのち見積書を提出。 ぶじ受注の運びとなりました。

当日はメーカーさんも立ち合いに訪れ、作業工程の説明を受けながら進行します。

本社特掃・井上班長もしっかり習得してくれて、初回とは思えぬほど、順調のうちに終了しました。

お客様から、「グリップするね」とお喜びの声を頂き、私自身もキュッキュッと靴を何度も鳴らして、滑り止め具合を確認しました。 納得できる仕上がりです。 お風呂での転倒は大きな事故にもつながりますから、利用者様のメリットは計り知れません。

ただし、デメリットもあります。

使用頻度によりますが、2ヶ月~3か月程度の耐久性しかないのです。 表面のコートですから、どうしても限度があります。

お客様には、年間3回~4回の施工をご提案させて頂きました。

この様な変わったご相談にも応じます。 お困り事ございましたら、お気軽にご連絡ください。

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お久しぶりです(汗)

タイトル通り、ブログ更新は久しぶりです。

時が過ぎるのは早いもので、今年に入り2か月半が経とうとしています。
年が明けてすぐに、親会社にあたる日本ジャンボーから一報が入りました。 かつて全国に5か所あった現像所はすでに2か所まで圧縮されていたのですが、今回ついに西の大阪現像所を閉じ、熱海の泉現像所一つに統合するとのこと。 前回までの大規模な統合工事を手掛けたのも私ですが、写真事業における人と場所の合理化も、いよいよ最終段階を迎えました。

時代の流れとは言え、非常に残念な展開であり、現在の写真マーケットの状況をリアルに映し出した動きなんだなと、考えさせられました。

10数年前までは、写真の現像で全国展開を見せ、業界では一世を風靡したと言って過言でない日本ジャンボーでしたが、デジタル化(デジカメやスマートフォンの普及)が進み、データの保存が容易になったことからプリントのオーダーが激減します。 写真業界の雄・富士フィルムの事業撤退やアメリカ・コダック社の会社更生手続きなど、かつて想像も出来なかった事態が次々と現実化していきます。 気づけば日本ジャンボーは、斜陽産業における独占企業となっていました。 ライバルがいないとは、それだけ魅力が薄いとの同義語になります。

年々、同じ図体のままでの経営は大変となり、余儀なく縮小を繰り返し、とうとう今回、現像所の一本化に至ったわけです。

かつて東北にも九州にも存在した現像所が、熱海の1か所になる。 自分にとっても、節目となる工事です。 前回までは、経営者であった亡父の下で仕事をしていました。 今回は初めて、私が統括として全てを差配します。 なので最後まで責任をもって施工して行こうと、自分なりの決意を固めたわけです。 本社不在の期間、担当業務をフォローして頂いた仲間の皆さん、本当に感謝しております。 年明けにあわただしく始まった工事も、今月でほぼ、完了の見込みです。 ブログを更新する余裕が、ようやくできた次第です。

次回は、今回施工した現場の様子をお伝えして行きたいと思います。

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あれから4年・・・

東日本大震災から、今日でまる4年経ちます。 死亡者15,891人・行方不明者2,584人・避難者は約23万人。 想像を絶する規模です。

津波以上に、東京電力福島第一原発事故の影響から、住宅再建も遅々として進みません。

地元での復興めざす人あらば、あらたな新天地での再出発を余儀なく強いられた人もいた、この4年。

そのとき私は箱根事務所で、見積もりを作成しているさ中でした。

経験したことの無い激しい揺れに、慌てて部屋を飛び出し駐車場に退避しました。 目の当たりにする建物の揺れ具合から、ガラスが粉砕し飛び散るのではないかと、ハラハラし通しでした。

当夜と次の日は、コンビニやスーパーで様々な商品が売り切れる騒動もありました。

その後の事はこのブログでも、「震災2次被害のあおり」で4回連載しました。

改めて読み返すと、周辺の宿泊施設は鉄道の運休で観光客が来れないことや、被災した人達を想えば保養や娯楽を控えるべきとの気分が蔓延したことやで、GW前まで人の往来が途絶えていたことが記録されています。

当社も契約縮小や場所によっては即打ち切りなど、かなりの影響を受けました。 あの時は宿泊者ゼロの日が続き、いつロマンスカーが復旧するかも知れず、パート従業員に提供できる仕事が、そもそもなかったのです。

雇用にも、かなりのダメージを受けました(その影響は今も続き、慢性的な人材不足に・・・)。

今となればこの地域の宿泊施設は、近年まれにないほどの高稼働率に恵まれています。 それでもいつ災害は来るかわかりません。 それなりの準備と心がけで、日々の生活を送っております。

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