月別アーカイブ: 11月 2014

今を愛せぬ因果な音楽 水越けいこと松原みき

学生時代の友人・吉田さんは、2浪して大学に入ったので、同級生とはいえ齢は2つ上だった。
クレパスを絵筆代わりに、鏡を見ながら自画像を描くのが彼の日課である。 知人から指摘されるたび本人は否定するものの、自画像は暗い印象を抱かせる仕上がりばかりで、年を追うごと、スケッチブックが狭い下宿の片隅に積み重ねられていった。
「継続は力なり」とよく言ったもので、モノトーンの鬱々としたイメージの作品群は、回を重ねるごと観るものにそれなりの説得力を生んでもいった。
今もこの日課が続いているなら、吉田さん独自の世界観は、しっかりキャンバスに顕現されるようになっているはずだ。 天賦の才とまで言えなくとも、自画像を描き続けるという異才なら、充分持ち合わせていたことになる。 出来るなら、当時と今の“彼自身”を見比べてみたい。 すべての関係性を断ち、忽然と姿を消してしまったとの噂を、数年間から耳にしているけれど。
10代後半から20代前半にかけての2歳差というのは、かなり大きい。 僕の幼さからくる傲慢と、経験を重ねた彼だからこそ生まれる愛嬌とが相まって、その差をあまり感じることもなく、ずいぶん失礼なことを繰り返してしまったと恥じ入る。 感激屋の吉田さんと一緒に腕を組み、瞑目しては音楽に聴き入り、ときに文学もどきなど語り合ったりして僕の感性は磨かれていったのだと、今さらながら感謝している。 笑った顔もそこはかとなく翳る吉田さん、今はいずこに。
上野の文化会館で聴いた、朝比奈隆が指揮するマーラーの交響曲第9番(たしか1983年・東京交響楽団)。
3階Rの1列目、最終楽章が始まると間もなく、隣席の吉田さんは手摺に添えた両腕に顔をうずめ、クゥ~・・・ウゥ~・・・と肩を震わせ、声を懸命に抑えながら慟哭を始めた。 シャイな若造2人、初めてナマで耳にするマーラーの辞世の句は、感情を高揚させ、かき乱しもした。
帰りの小田急線で吉田さんは、「朝比奈の演奏は厳粛な最期を迎える気なんかさらさらなくて、死んでたまるか死んでたまるかと、悪あがきと思われたって生き抜いてやるぞって、厚かましい生命力がかえって胸を打つ演奏なんだよぁ~」そう、感想を述べた。
僕など作曲家の構成力と音響自体に圧倒されて、指揮者の解釈にまで思いは至らず、なにより感動を素直に面に出せる吉田さんが羨ましかった。 自分一人で聴くよりも吉田さんを横に置くことで、その夜こみ上げる感情は間違いなく増幅されたし、思い出すのは音楽よりも、30分近くクゥ~とうつ伏したままにいた、吉田さんの姿なのである。
吉田さんは、カネがなかった。 苦学生とまで言えぬものの、相模大野の下宿まで遊びに行っても、アルバイトで留守にしていることが幾たびかあった。
ネクラで貧乏な学生に優してくれる女など、現在過去未来、金輪際、いるわけがない。 僕も吉田さんも、まったくモテなかった。 そんな二人に共通していた、理想の女性像。 というより、理想の女性に思いを捧げる、切ない男の姿に共鳴し合ったりした。 今じゃキモいと一蹴されそうな男の純情。 こんなんで、モテるわけない。
愛に焦がれた野郎2人。 ターンテーブルによく乗せたのが、水越けいこの「Aquarius」(1979年12月15日)というアルバム。 わけてラストの「Too far away」。
美の極致にまで抽象化された、まだ見ぬ“恋人”。
遠くから感じるだけの存在に、信仰にも似た敬虔な思いを委ね、水越けいこの歌に同化して、僕らは泣いた。
「いいんだよなぁ。 “キミ”が病んだとき、看病するかわり祈りを捧げるなんて。 女にゃこの感じ、絶対わかんないよなぁ」などと、自己矛盾に満ちた思いを吐露しながら、深く聴き入った。
歌手自身がレコーディングに臨み、声震わせたという絶唱は、いまも心を疼かせる。 ダサいジャケットの珍しくなかった時代、モノトーンの部屋に一人微笑むけいこさんの遠景は、秀逸だった。 裏ジャケットで、荷物をまとめ意を決したかのように部屋の出口に佇む姿と対をなして、「東京が好き」「ヨーソロ」「TOUCH ME in the memory」などの世界観と、良く馴染んでいた。
最後の1曲以外、この歳で聴き直してもノスタルジー以上の感興は湧かないけれど、ソングライター伊藤薫の作詞・曲には、佳作が少なくないと思う。 ちなみに再発されたCDはとうに廃盤、中古を残すのみでネット販売は割と高値だが、YouTubeだと1曲250円で手に入るようだ。 その時代を懐かしみたい人はどうぞ。
吉田さんは、松原みきのファンでもあった。 相当なマニア以外からは忘れ去られているはずの4枚目のシングル「あいつのブラウンシューズ」を異様に好んだ。 こちらも独特な唱法が耳に残る捨てがたい作品ではあるが、やはりデビュー曲の「真夜中のドア〜Stay With Me」が、断トツにイイ。 発表は1979年11月15日だから、「Aquarius」の1か月前だ。 まったくの同時代に、後世に残ってほしい2曲が生まれていた。
多少時間をかけてもいいものを売りたい、そんな業界としての良心が、残滓にしろこの頃はあったのだと思う。 丁寧な作り込みで、フュージョンっぽいアレンジも含め、何度聴いても飽きが来ない。
失恋ソングで歌詞は切ないが、曲全体がキラキラと輝いている。
80年代を間近に、内なるエネルギーの持っていきどころがなくなっていた70年代を総括し、新しい価値観(実はそれは空疎なものでしかなかったようなのだが)に向かおうとする時の、未来に向けられた、それは輝きである。 そして彼女と未来を象徴するかのように、閃光は刹那に、はかなく消えた。 享年44歳。 子宮頸癌だったという。
吉田さんは、松田聖子も好きだった。 僕はそうじゃなかった。 なのであと1曲、松原みきがスージー・松原の名義で歌った「ガンモ・ドキッ!」などいかがだろう。 トンデモ歌唱力に、初めて聴く人なら瞠目されるはずだ。
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新現場紹介№22

箱根は紅葉のピークを迎え、平日でも湯本から宮ノ下近辺まで、連日の渋滞が続きます。 加えてこの3連休ともなれば・・・

そんな折、新現場紹介№21でもご紹介した某大手A社から、仙石原のご依頼です。 某会社様の社長専用の施設で、日程的にタイトな条件となります。

内容はカーペット清掃、排水管・温泉系統の洗浄作業、業務用冷凍付冷蔵庫1台とデスク型1台の入れ替え、製氷機の清掃です。

速やかに手配し、何とかプレオープンに間に合わせることが出来ました。

写真の通り、狭い玄関に悪戦苦闘して、何とか所定の場所に設置出来ました。                   

こんな仕事もお受けいたしますので、是非ご相談下さい。

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今を愛せぬ因果な音楽 セルジュ・チェリビダッケ

 島田雅彦の新作「往生際の悪い奴(日本経済新聞出版社)」を読む。

 20代のダメ男・山下清は、最初に入った会社が2年で倒産。 次の就職先でもリストラに遭い、一念発起で始めた居酒屋はすぐに借金まみれ。 一発逆転を狙ったギャンブルなどで功を奏するはずもなく、万策尽き、窮地に追い込まれる。 夜逃げするかこの世を去るか、絶望的な選択肢しか残されていないかに思われた。
 
 それでも生きることに前向きな山下清は、再浮上を図るべく「わらしべ長者作戦」を決行する。
 無価値に見えるものでも、物々交換を繰り返すことで少しずつ価値を高め、最後に思いもよらない成功を手に入れる人生に賭けるのだ。
 錆びた釘はボールペンに変わり、金槌 → 額縁 → オーブントースター → 年代物のウイスキー → マウンテンバイク → 旅行券 → 某女優が身に着けたドレス → 現代美術のオブジェ → 中古のポルシェとなって、最後は一戸建ての別荘まで行き着くという、成功者の経験談を自らに目論む。

 手始めに、二子玉川駅前広場で配られていたポケットティッシュを受け取る。 河川敷で張り込んでいると、青ざめた男がトイレの個室に駆け込み、用を足したところで紙がないのに気づく。 山下清はティッシュを提供し、箱入りのチョコボールと交換が成立する。

 バス通りに出ると、停留所でうずくまるおばさんに遭遇する。 低血糖なのに、たまたま甘いものを持ち合わせなかったおばさんにチョコボールを提供すれば、お礼のしるしにと、「Budweiser」のロゴ入りワンピースを受け取った。

 日が変わり、大人の玩具店からでてきた30代カップルに声をかける。 コスプレなどの需要に、期待したのだ。 女の方が、中国で超有名なAV女優・赤井夕日の「ファン感謝デー握手券&キス券」との交換を持ちかける。 赤井夕日は、彼女が出た高校の同級生なのだ。

 ネットカフェに入った山下清は、プラチナ・チケットをオークションにかける。 物々交換を前提とする数名による競りは、更にマニアックの度合いを深めていく。 綾波レイのフィギュア、鉄道のレール10センチ分、茶杓、菊池桃子の生写真。 そして、最後に現れたハンドルネーム地底人さんは、名指揮者所縁の指揮棒との交換を提案する。

 サイン入りケースに収められた、セルジュ・チェリビダッケの指揮棒。
 
 ・・・・・・ セルジュ・チェリビダッケが使っていた、握りのコルクがやや黒ずんだ指揮棒。

 されど20代のダメ男・山下清に、チェリビダッケという名前が意味するところなど理解出来るはずもなく、更なる価値を求め、そのまま彼の足はクラシック・ファンの殿堂、オーチャード・ホールへと向かう。
 待ってくれ! それまで山下清の、ささやかな成功体験の積み重ねに同化しかけた僕は、彼の愚行を押しとどめたい気持ちでいっぱいになる。 この世にチェリビダッケの指揮棒に勝るものなど、想像がつかない。 確かにキミは、世俗での成功を掴み損ねたかもしれないが、何ものに代え難い精神の栄光を、その象徴を手中にしているのだ。 もっと言うなら、彼の指揮棒の神通力をもってすれば、将来の安定など約束されたも同然と思う。 決して、手放してはいけない!

 結局セルジュ・チェリビダッケの指揮棒は、マニアのオジサンが腕にしていた中古のロレックスと交換される。 もっとも高貴にして抽象の極みと言える指揮棒は、もっとも換金容易にして俗物臭ふんぷんたる高級時計に転じてしまった。 さらに言うならそのロレックスは、偽物だったことが後に発覚する。 小説の中の出来事とは言え、大変なショックを覚えるのである。

 僕は自慢じゃないが(自慢じゃないと今なら心から思えるが)、信心とは、およそ程遠い人間である。 厄払いもしたことないし、他人からお守りを貰っても、すぐに紛失してしまう。 手を合わせ、神さま仏さまご先祖様に祈った経験も、記憶する限りない。
 そんな罰当たりな僕が、セルジュ・チェリビダッケの指揮棒と聞いて、手元に置きたいと本気で願った。 物欲・所有欲というより、妖刀村正に魅入られ破滅も厭わない心理というか、神宿る指揮棒を通して、常に存在の高揚を感じ取りたい、とでも言おうか。

 小説はまだ序章にすぎず、山下清が主人公なのかさえ、読み進めるうち曖昧になっていく。 村上春樹を暗に批判する表現も見られ、どこまで本気か知れぬ島田雅彦文学の、真骨頂を展開していく。

 読後、それでも心に強く残るのは、やっぱりセルジュ・チェリビダッケの指揮棒なのだ。 チェリビダッケが何ものであるかは、ご本人がこの世に存在しない今、彼が生前発売を決して認めなかった、残された録音をCDなりYouTubeなりで聴いていただくしかない(ちなみにCDであれば、正規盤より海賊盤の方が圧倒的に音がいい)。 しかしそれは聴くと言うより、宗教的体験に近いものである。 人智の及ばぬ巨大な構築物を前にして立ちすくむしかないような、その途方もなさに頭は自然と下がり、祈りにも似た敬虔な心の境地まで至らしめる、つかの間であれ、特別な体験なのだ。

 目のくらむような途轍もない音楽を創造しえたのは、チェリビダッケが最後だったか知れない。 時代はすでに、神ではなく等身大の人間を表現することにトレンドが移行していた。 故に彼は現役の頃から、アナクロの極みみたいな存在だったと言える。
 レコードでは聴けなかったチェリビダッケの演奏も、当時のFM放送なら、頻繁に流れていた。 チェリビダッケ自身は放送されることを、来日した際インタビューの中で、「I’m cry!」と嘆いていたが。
 教育テレビでロンドン交響楽団とのライブが放送され、わけてアンコールの「タイボルトの死」の指揮ぶりに、音楽共々ぶっ飛んだ高校時代。

 ナマを観ることなく終わり、観た人の話からそれがどれほどの体験であったか知るにつけ、羨ましくならないはずがない。 それでも、収まり切らないとされる録音からも、別次元の響きはきちんとキャッチできて、たとえばイタリアのB級オケを振った「シェーラザート」の海賊盤なんて、最初の一音からして、ハッと息が止まる。 こんな音楽を一生通して聴けるなんて、なんてリッチな時代に生まれたんだろうと、幸運に感謝の一つもしたくなる。

https://www.youtube.com/watch?v=b3O3Q5qae_I

 昔はよかったなぁ、なんて懐古趣味からじゃなく、チェリビダッケ辺りを通過してある今の音楽が、僕の耳に響かないのだ。 感性の問題だから如何ともしがたく、だったらまだ十分に発掘されていない過去の音楽に、もっと光を与えてほしい。 ついてはしばらく、昔聴いて今も聴いている音楽のひとくさり、させていただきましょうかい。

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新現場紹介№21

 箱根は秋の行楽シーズン。 今年も恒例の大名行列がおこなわれ、ゲストに三ッ木清隆さんを迎えて大盛況でした。 170名からなる御本体を前に、マーチングバンドが行列を先導して、音楽や踊りで晴れの特異日を彩りました。

 さて、今回ご紹介する現場は、某企業様の箱根仙石原保養所になります。  東京の某会社様のご依頼で、11/3・カーペット清掃を実施しました。

 管理人様より、きれいになったとお褒めの言葉を頂いております。 カーペットは美観もさることながら、衛生面から定期的なクリーニングをお勧めしております。 たとえば、コンビニ前に座り込む一団を見かけますが、菌の繁殖で考えるとカーペットの方がはるかに不衛生で危険な環境にあると言えるのです。     

 翌日にはS消毒さんが、他害虫類防除作業を実施しました。 写真のような空間噴霧を行い、約2時間で完了しました。

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