月別アーカイブ: 3月 2012

清水に集合!

 久しぶりの投稿です。 年度末の忙しさにかまけてブログ更新を先延ばしにしていたら、3/24静岡県で、全国2番目となる桜の開花宣言が出されました。 我が故郷は本当に温暖な気候なんだと、改めて感じいった次第です。

 さて、年度末は毎年のことながら、分身の術でも習得しないと仕事が片付きません。 入札と、新規現場立ち上げが重なるためです。 公共事業の受注を争う入札は、この時期に集中します。 第一に現存する現場を守る。 第二に新たな契約を獲得する、が入札の鉄則です。 本年度に限っては何とかこれを達成できたかな?という感じです。 しかし、新たな現場を獲得したら業務に必要な「人・道具・環境」を整えなくてはなりません(取ったあとは人任せなんて営業マンもいますが…)。 中でも人の採用と教育は、しっかりしなくては契約先に迷惑をかけるばかりでなく、会社の顔に泥を塗る結果になります。 さらにはスタッフにも、つらい思いをさせてしまいます。

 私の担当する警備事業部においても、4月立上げの現場だけで6か所・新規13名の警備員を採用しました。 このご時世、競争率も高く、採用なったのは5~10倍の競争を勝ち残った猛者の方たちです。 現場も三島から浜名湖周辺までと、全県にわたっております。 この13名を清水の本社に集め、新任教育を行いました。 偶然ですがちょうど静岡県の中心なので、西部・東部に偏ることなく召集できました。 厳しい競争を勝ち残った立派な経歴と旺盛なヤル気を持った方々で、講習会も盛り上がりました。 朝から夕方まで、4日間ビッチリ授業を行いましたが、居眠りゼロ!同じ日に入社した仲間同士すぐに打ち解けあい、自主的に同期生名簿を作って、「一杯やるか」などと盛り上がっていました。 連帯感があって良いことです。 受講態度は真剣そのもの、質問も積極的、狙ったウケのツボでしっかり笑って頂き、これ程スベらなかったのは初めてじゃないかと思います。

 4月からの各現場で一日も早く業務に慣れて頂き、ご活躍を願うばかりです。 警備の仕事はとかく利用者から文句を言われがちですが、豊富な人生経験で上手にこなして下さい。 私もできる限りのバックアップをお約束します。

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年度末はつらいよ

 何とか3月中にブログの更新が出来ました! ノルマ、これにて達成。

 年度末は入札など、本来の業務外の仕事まで目白押し。 作業着から(規格外の)スーツに着替え、連日入札会場に直行する多忙な日々が・・・

 プラス退職者が多数。 よりによって、このめちゃ忙しい時期に! 僕の管理不行き届きなのか? いやいや、あくまでご本人の事情です!

 仕事量激増、体が2つ欲しい位(涙)  あ、いっその事2つに分ければ良いのか、半分ならちょうど標準体重になりそうだし(笑)

 さて、本職の話題。 地元県立高校の床面洗浄作業のお仕事です。

 自分、別件の仕事がありまして、「シノハラ・クリーン・サービス」篠原代表に無理を承知でお願いし、お二人に応援頂きました!

 各教室とも床はフローリングなのですが、写真でお分かりのようにかなり旧式。 洗剤を塗るそばから水を吸い込んでしまい、中々乾かなくて・・・・

 ワックスも同様、床にすぐ浸透。 定着するまでに、かなりの量を使用することになってしまいました。

 それでも3月27・28日の二日間かけ、無事業務完了!!

 自分、4月からは特掃の仕事から抜けることが増えてきます。 常駐現場の管理等、業務部として本格的な新年度を迎えるからです。

 新たな特掃班がどこまで頑張ってくれますか、期待してます!!! 僕いない方が清々して、今より仕事はかどったりして(笑)

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溢れ出す自我 その8

 “時の人” 大阪の橋本徹市長は、「仕組み」をモチーフに国政を変えると意気軒昂。
 時の政府はこの期に及んで原発再稼働、それも新エネルギー確立までの過渡的措置なのか以前の状態に戻すのか、何の指標もないまま最期は政治判断で決めると、地味なお顔の官房長官様がご発言。
 プロ野球で知名度アップ、三大紙の一つまで成り上がられた大新聞社の主筆おっしゃるには、日本だけ原発やめたって隣の中国に200基あるんだ、昨年7月23日の新幹線事故見ても、日本の技術で支えなければ事故1回でこっちが終わりだとご発言。 お説ごもっともなれど実際に事故起こしたのは我が国の方。 今回のは100%人災だ、人災なんだから正せば再発防止は可能と、しかし正そうにも1年経って誰も裁きを受けない、どころか値上げは電力会社の権利と昂然と言い放ち、胸を張るA級戦犯まかり通るお国柄。 間違いなくまた事故は起きるし、さすれば後世で他国の教科書、むかし日本という一時は栄華極めし島国あれど、度重なる原発事故によって人は住めなくなりましたと、教訓くらいは残せるかもしれない。
 経済という「仕組み」は人々の生活の安定に寄与し、この安定続けたくば人命は二の次、あんなデカい事故など番たび起こるはずもないさと頬かむり。 かくも「仕組み」は恐ろしい。

 人の心も「仕組み」で成り立ち、幼少期からの積み上げによって人格なるもの形成され、それは快不快に始まる心の動き・揺らぎが一定の法則生み出し、本人無意識のまま「仕組み」によって、対処が瞬時に選択されるようになる。
 母親の「アンタやったでしょ」に対し、うつむき涙ぐむのも「仕組み」なら、「僕じゃないよ、●●クンだよ」と虚偽報告、よその子じゃ怒れないわねとつけ入るすき見せればこれ幸い、責任転嫁こそわが処世術と心得る子供に育ったって不思議じゃない。

 がんじがらめの「仕組み」の最たる例。 小林正樹監督の映画『切腹』(1962年) 映画切腹」に見る「痛み」の問題 – 錯乱気流 – Yahoo!ブログ

 痛い痛い、この痛さ、子供の頃読んだ白戸三平『カムイ伝』で、簀巻きにされた百姓が刑吏から火をつけられ、全身焼かれあまりの苦痛に、唯一自由になる歯で地面をガリガリと噛む衝撃の描写、彷彿とさせる。

 江戸時代初め、徳川幕府の徹底的な所領没収により巷に浪人が溢れる。 戦国時代の終息に彼らを取り立てる先はなく、食い詰めた浪人は生き恥さらすよりは庭先借りて切腹を所望と、武家屋敷に申し出る。 先方は関わり合いになりたくないから幾ばくかの金銭を渡し体よく追い払う、これが横行し苦虫噛んでいたとある日、名門井伊家に噂の手合いが現れる。
 勇武の家風で知られた井伊家、ゆすりたかりに屈せまじとこの浪人招じ入れ、御覚悟まことあっぱれと逆に白装束を用意し、切腹を迫る。
 驚いたのは浪人・千地岩求女(ちじいわもとめ)。 自らまいた種とは言ううものの、武士の情け、一両日だけ猶予頂きたいと慈悲を乞う。 やむに已まれぬ理由が彼にある。 井伊家の家臣、聞く耳持たない。 この頃には千地岩が持参した太刀と脇差、いずれも竹光と知れている。 追いつめられた千地岩の前に、貴殿の刀で腹かっさばけと、この竹光が差しだされる。 しばし絶句の千地岩、もはやこれまでと意を決し、竹光を腹に突き立てるも滅多なことで切れるものではない。 数度突いてようやく腹に食い込んだところ、柄を地に立て、エイと中まで押し込む。 「介錯をぉぉ!!」千地岩の悲痛な叫びに、家臣・沢潟彦九郎(丹波哲郎)「まだまだ!」と非情なる答え。 堪えがたき苦痛に舌をかみ、ようやく絶命する千地岩。 映画史に残る壮絶なシーンだ。

 東北大名の中間管理職の家に生まれた千地岩求女(ちじいわもとめ)。 理不尽な徳川の施策により、10代で主家お取り潰し。 父は主君の切腹に殉じた。 同じ上役の娘・美保(岩下志麻、余談ながらとてもきれい)を嫁に迎え、やがて生まれた長男と義父(仲代達矢!)ともども、貧しくも幸せな日々が続く。 都でゆすりたかりの噂は聞くも、武士にあるまじき行ないと一顧だにしない。
 無理な内助の功がたたり床に臥す美保。 武士の魂を質に入れてまで急場をしのぐも、今度は赤ん坊が高熱にうなされる。 この時、金目のものは一つと残っていない。 追いつめられた千地岩。 背に腹代えられずかつて侮蔑した行為を決意する。 夕方までにはと義父に言い残し、帰ってきたのは夜半過ぎ。 見るも無残な屍と化した娘婿に、「見苦しい」死にざまと冷笑を浴びせる沢潟一行・・・

 武士は食わねど高楊枝。 食えんから土方で日当稼ごうにも、士農工商の階級から雇う先なし。 プライドを捨て、最後にすがったたかりの先で、割腹を強要されれば身についた武士道、想像を絶する死に自らの身体を刻み込む。
 義父・津雲半四郎、そんな婿の捨て身の愛を、褒めてやりたいと慟哭する。 映画はいずれ壮絶なクライマックスを迎え、何ともやるせないエンディングまで、そこは巨匠・小林正樹。 寛永7年(1630年)の昔が、そのまま現代に二重写しとなる。
 うまい「仕組み」なら、救われたはずの命。 知的障害の妹抱え、自らも病に伏した姉がすがった役所の相談窓口。 「仕組み」のルールに一つはずれれば話は進まず、他人様のお金に恥じを知る気高さ裏目となり、冬の北海道、電気もと絶えたアパートの一室、ひっそり命の灯を消す2人。

 「仕組み」は行政に留まらず、人が己に課す、時に厄介な心の動き。

 そして、そこからとても遠いところに、エリントンの音楽がある。 尊厳。 自由。 飄々。 融通無碍。 縦横無尽。 闊達自在。

 エリントンとて、アメリカという、黒人という、男という、ジャズという「仕組み」の中から音は立ち上がる。 ここまでは一緒。 立ち上がって瞬時、自我は外界の中に粒子となって拡散、個の存在する気配を断ってしまう。 そんな奇跡が、焼酎お湯割二杯で頭のポケっとする一日の終わり、味わうことのできる今の幸せ。
 ありがたや、ありがたや。

 毎度とりとめなく終わる、ノルマの月三回目。次回はとどめの、自我放出ミュージシャンをネタに大勝負。

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ビルメン会社の「管理部」ってどんなことしてるの?(その22)

 管理部門は、恣意性(原理原則に基づかず自分の気の向くままものごとを決めてしまう状態)のある仕事はダメですけど、状況によって合法的ルール違反をすることは、何とか許されると思います。 

 これが人事部となれば、合法的であろうとなかろうと、ルール違反から一番遠い部署です。 役所のイメージに近い? とにかく、おカタイ部署ですね。
 理由は言うまでもありません。 “人” を扱うからです。 “人” は会社の自己実現(利益追求)のため重要な財産ですが、ひとたび対処を間違えると、これ以上ない反対分子になる恐れがあります。 まさに両刃の剣です。

 「会社のためだ」とわが身を削り、一生懸命仕事をしたあげく、理不尽な評価をされれば誰だってモチベーションは下がります。 ところが理不尽と一口に言って、単純にその従業員が「俺は納得できない!」ってだけのものもあります。 組織としては正当に評価したつもりが、ご本人にしてみれば過小評価と映るケースですね。
 これだと、会社側としての問題はありません。 問題なのは恣意性ある評価が特定の個人に下された場合で、事は相当に根深くなります。        

 人事部署の担当者が相手によって対応を変えていたら、いくら法律に抵触していないとしても大問題です。 そのため、人事部は規律とルールを何よりも重んじます。
 「それは決まりだから」が常套文句なんです。 誰に対しても判を押したように同じ対応を取らないと、逆に自分の首を絞めることになるんです。 こういう人って嫌われますよね。 わかっちゃいても融通を利かせることができない、人事部署って本当に大変なんです。

 チョット重い話の展開になりました。 難しくなりそうなので、今回はここで止めます。
 次回はもっとやさしく、一般論で話を進めます。

 では、次回へ・・・・・

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2年間、本当にお世話になりました。

 

 お久しぶりです。 望月です。 通称モッチーです。

 突然ですが、今月末を持って退職することになりました。 ブログの場をお借りして、ご挨拶に代えさせて頂きます。

 時が経つのはとても早く、僕が入社してまる2年が経ちます。 そして成人の仲間入りをしたのも、つい最近のことです。

 高校を卒業し、SBMに就職した当時の僕は、社会人としての心構えなどまるで出来ていませんでした。 これからも一人前と認められるまで、遥かな道程を歩むはずだったのですが…  道半ば、というよりほんの数歩前に出ようかという段階で、自分の弱さ・未熟さから、退職を決意するに至りました。 上司にはプレッシャーを口にしましたが、「プレッシャーを感じるのはこれからのはずだぞ」と逆にたしなめられ、黙るしかありませんでした。 先輩方からみれば、「世の中そんなに甘くないぞ、モッチー」というところでしょう。

 未熟な僕を温かく支えてくださった皆様に、心から感謝申し上げます。 と同時に、今回の決断を後から後悔することの無いよう、しっかり自分を見つめなおす機会にするつもりです。 

 この2年間、仕事だけでなく、社会人としての責任・自覚などいろいろなことを学ばせていただきました。 経験は決して無駄にせず、これからの人生に活かせるよう努力します。

 2年間、本当にお世話になりました。 ありがとうございました。

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箱根事業所送迎車デビュー

 2月9日にご紹介の車両は、箱根湯本「南風荘」で従業員送迎として活躍しています。小田原駅と湯本の間を、20数名の皆さんを乗せながら、日々欠かすことなく往復しています。

 今回は、同じ湯本でも少し下に位置する、箱根事業所で使用のハイエースです。ちなみに先代のハイエースは、昨年4月まで地元・清水の山頂にあるホテルを上り下りしていました。同所が建て替えとなったため、勤務先がこちらに替わっていたのです。

 それが昨年暮れに言いにくい事情があり、いや、決して写真下の人が馴れない素人に運転させたからだなんて口が裂けても申しませんが、今回ご紹介の車輛を(新車です!)手配しました。せざるを得なくなりました(涙)。そしてボディは青! この界隈じゃ目立ちます。

 この看板入り車両は、小田原では当社とご同業のOビーM社が事のほかロゴも特大に、箱根地を走り続けております(ま、今回はかわいいサイズですが)。
 箱根湯本「天成園」・並びに近隣のホテルに働く皆さんを運びます。そしてイラストの人物は大石所長さん。死ぬまで現役をポリシーとする関西人です。野球は阪神タイガース命。勝てば風呂場で、ひとりビールかけに興じるほどの熱狂ぶりです。そしてなぜか、湘南っこの私もタイガースファンだったりします。

 必要とあらばこの青いハイエース、箱根全山言うに及ばず、山梨や伊豆の修善寺までも馳せ参じます!

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お元気ですかぁーーー!!No,35

 どうも  どうも

 先日、有る現場の「冷却塔」ストレーナの交換工事を行ってきました。

 取り外しに苦労すると思いきや、さすが”職人技”。モンキーとスパナとハンマーだけで、いとも簡単に外してしまい、感心しきりでした。  が・・・。  外れた瞬間 ”ガクッ”っと嫌な音が・・・。  案の定、配管の芯が前後だけならともかく、左右にずれているでは有ーりませんか!  どうしよう・・・  おまけに 雨模様。  とりあえず二次側の配管にふり幅を確保する為、Uボルトを緩め片方のみ取り付ける。車からジャッキを持ってきて、持ち上げながらの作業。「へっへっへっ! えらいこっちゃあ・・・」 立ち会うこっちは笑うしか無いが、職人は必死!! 何とかジャッキアップとシノで前後左右に振り、パッキンの位置を直すこと実に十数回! 見事完了。

 上中央の写真は、一次側配管内部です。 見てお解りの通り、錆・スケールの山。 次年度は配管洗浄(薬品洗浄)が必要ですが、何せ予算がない。手作業で見える範囲内の処理をして、組み付けました。

 入札物件の悲しさで、次年度取れるかどうか解りません。何とか頑張りますが、このままの状態が数年続けば、今度は配管の漏洩に繋がり、真夏のピーク時に ドカン と水漏れ!ってな事に成る様な気がしてなりません。この手の機械は、一番負荷の多いとき壊れるのが普通です。しかも配管はそこの現場に合わせた物なので、現場作成となり、ましてそんなピーク時にすぐに直せったって、職人が集まりません。 集めても普段の倍以上の工事費を”ふっかけ”られ、しかも直った頃には”涼しく”なって必要無し。

 可哀そうに・・・。  そうならない様に祈りつつ、今年度も入札の時期を迎えます。昨年度は、たったの¥2.000-違いで落札した現場です。さて今年はどうなる事でしょう。他にもいくつか現場は有りますが、下げてばかりで ”キリ” が無いので、今回は普通に勝負!!と行きたいものです。

 それとも今年も安値競争!?  やだねぇー! この時期はちょっと憂鬱・・・ しゃーないんで頑張ります。 んじゃ!次回良い報告が出来ますように・・・  By,Coo

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定期的なメンテナンスを!!

 こんにちは! 市内の高校で、宿泊施設を清掃させて頂きました。その時のレポートです。
 普段はあまり利用されないようですが、学校の休み期間中など、合宿等でかえって稼働が高いそうです。
 清掃内容は、床面(ワックス込)・ガラス・厨房・トイレ・和室・浴室・ベランダと、言うなればちょっと規模の大きなハウスクリーニングのイメージです。
 窓ガラス・ベランダなど、学校の裏がすぐ海のため、塩害がすごかったですね。。やりがいありそう^^;


               写真:くもりガラスのようになっていました。わかりますか?

 清掃後は人がくっきり映るぐらい、綺麗になりました! ことに塩の影響を受けやすい海の近くでは、定期的なメンテナンスをお勧めします。幾分コストはかかりますが、建物をより長期に、より快適に維持できて、長い目で見ればお得です。

 トイレも学生さんが定期的に清掃してくれているようですが、やはり便器の裏は尿石が、、、仕方ないですが。薬品を使い、綺麗に落とすことができました!

                 他の箇所もこんな感じでピカピカに!!

 これから春休みに入り、施設を利用されることも多くなると思います。学生の皆様が気持ちよく快適に利用できるよう、隅々まで磨き上げました!

 担当の先生に、ぜひ定期清掃をとお願いしましたが、「これなら数年はやらなくて大丈夫かな(笑)」とのご返事でした^^; そんなつれない事おっしゃらず、来年も宜しくお願いいたします!!

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溢れ出す自我 その7

 1957年4月。麻薬と酒にどっぷりと浸かり、マイルス・デイヴィスのバンドを馘になったコルトレーン。
 
 マイルスから殴られる現場にたまたま居合わせ、アルコール漬けでへろへろのコルトレーンを預かったのが、ピアニストのセロニアス・モンク(Thelonious Sphere Monk 1917-1982)。
 同年11月29日、カーネギー・ホールでの両者共演が、CD化されている(『theronious monk quartet with john coltrane at carnegie hall』)。
 薬物地獄から生還したコルトレーンのテナーは、とても聴きごたえがある。演奏が進むほどにノリも良くなり、ゼッコーチョ~!な瞬間も連発し始める。60年代に入り確立するシーツ・オブ・サウンドの萌芽も新鮮で、あぁ、やっぱり才能ある人だったんだと得心する。
 でも、そうは言っても。

 1曲目の「モンクス・ムード」。冒頭からこぼれ出すピアニストのメロディたるや、アララやっぱ格が違うわ、 “格が違うぜZZトップ!” ほどに才能の違いが、気の毒なほど露わとなる。モンクに文句なし! 頭の悪いダジャレの一つも出ようというもの。スイングできなさそうで、不思議と体を揺らす不協和音。耳障りなようで、馴染めば美しさばかり際立ち、神経を弛緩させる摩訶不思議なピアニズム。頑なさから迎合を拒むのでなく、そもそもが俺はこうしか弾けないんだと言わんばかりの、一見固いようでその実しなやかな精神性。個性とひと言で済ますには、あまりに多様な音の一粒一粒。
 その師匠モンクのピアノに寄り添うコルトレーンのアドリブは、立ち上がり早々にあって耳にイタい。2曲3曲と進むほどにその痛ましさも薄れ、やはりこれは歴史の記録として、貴重な一枚と思い直す。だがそれも、モンクのバッキングあってのこと。
 ところでモンクのピアノって、もろエリントンじゃん。聴けばあらため、実感させられる。奇人と言われ孤高とも評されるモンク・サウンドは、エリントン抜きにして決して成立しなかったのだ。
 ならば。

 デューク・エリントン(Edward Kennedy “Duke” Ellington 1899-1974)。
 天才作曲家。天才ピアニスト。天才バンドリーダー。どれほどに “天才” を謳おうと、アメリカ合衆国の至宝・ジャズの神様と讃えようと、誇張とは響かぬ唯一無二・古今無双の大音楽家。
 でも何故か、あんまり聴かれていない。理由ははっきりしている。あんまりスゴすぎて、凄さがすぐに伝わらないのだ。
 サッカーを知らない人がバルセロナのメッシを見ても、何が他の選手とそんなに違うのか、即座に判断がつかないのと一緒。メッシの凄さを知るには、相応の “目利き” になる必要がある。もっとも今の日本で目を肥やすのは、さして難しい話ではない。代表チームがワールドカップ常連となってこの10数年、世界一流のプレーに接する機会は、格段に増えている。娯楽としてテレビ観戦するうちにも、メッシが時代を超えたスーパープレイヤーたること、大方の理解も進むはずだ。
 ジャズだって、元々は娯楽のための音楽だ。いや、突っ込んで言うと黒人が黒人の “語法” によって育んだ、我々とはまったく異質の文化なのだが、小難しい事抜きにして少なくともエリントン自身は、娯楽であることを目指していた。聴いて踊れる、楽しい音楽が目標だった(少なくとも表向きは)。聴かなきゃ勿体ない。娯楽を追求していたら芸術の際まで昇華した黒澤明監督のように、真の才能が人を喜ばせようとするなら、楽しさの先にある存在することの恐怖にまで、聴くモノを導いてしまうのだ。コワイけど楽しい。楽しいほどにコワい。知っちゃえば中々に後戻りできない、危険な音楽。甘美な毒。

 1920年代に始まる膨大なディスコグラフィ。最近は、『EARLY ELLINGTON 1927-1934』をよく聴く。ファンにとって、ジミー・ブラントン(Bs)加入の40年前後こそ全盛期とされているが、個人的には、例えば27年録音の『黒と茶の幻想』など更にその上を行く。 http://www.youtube.com/watch?v=0-hFBaKXJG0
 聴くほどに人類は、進歩どころか退化の歴史を辿ったのだと、思い知らされる一枚だ。と、ま、しかし、気づけば自我という自らに課したカッタるいテーマから離れていく一方なので、ここらでちょいと軌道修正して、と。

 手近の音源から、たまたま目にした1958年録音の『女王組曲』をかけてみる。
 こちらは還暦目前のエリントンが、英国エリザベス女王との謁見に際し、作曲・録音した作品。
 聴き流すのに、何ともない音楽。まず、気配が薄い。殺気がない。音はどこまでも澄んで彼方まで広がり、聴きすすむうちストラヴィンスキーの新古典主義と錯覚しかけてしまうような、それは “何ともなさ” 。

 高貴。気品。上質。豪奢。絢爛。極上。昂揚。偉大。超絶。超克。凌駕。

 モンクのピアノを格の違いと例えるなら、エリントンのサウンドは次元の違いと讃えよう。言うならばコルトレーンもモンクも、 “こちら側の人” だ。こちら側で時に精神に異常を来したり、ヤクに溺れたり、でもそれが却ってテイストにもなって、得も言われぬ個性に変質したりする。全ては世俗の中で起こり、だからコルトレーンってどんな人だったんだろうと、個人史に興味を抱いたりもする。
 
 これがエリントンだと、どんな人だったかなんて、全く関心を持てなくなる。立ち現れる音の前に、人の存在が消失してしまう。 “あっち” からやってくる音楽。ではそうした次元にあっても、自我は存在しているのか。

 

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お世話になりました。

 一か月ぶりのブログです。

 私にとって、最後の更新になります。

 今月でエス・ビー・エムを退職することになりました。月の後半は私用で慌ただしく、出社は明日が最後となります。

 理由は・・・、それは内緒です! でも、会社が嫌で辞めるわけではないことだけ、お伝えしておきます。

 ちょうど官公庁舎の入札にあたり、契約先が増えたり減ったりと、幹部の人たちにとって忙しい時期です。前回のブログで触れた本社から徒歩数分の施設は、すでに入札も済み、無事エス・ビー・エムが落札しました。また1年、常駐の皆さんの職場が確保されて、少しホッとしています。

 いろいろな現場で、いろんな人たちと触れ合う事が出来ました。月並みだけど出会いがあって別れがあって、共に喜び共に悩み、共に怒り共にお酒なども少々たしなみ(笑)・・・ 気がつけば入社前の自分と今の私、人間として進歩したかなぁと、ちょっと自慢です。何しろ、多少のことで腹をたてなくなりました。相手には相手の思いや立場がある、時に胸を刺すキツイ言葉にも、感情に任せず、一呼吸おいてそう考えるようになりました。自分本位で物事を見ない度量が、少しはついた証拠かな。

 入札は月末まで続きます。どの現場も無事残ることをお祈りしています。そして皆さん、これからも変わらず日々のお仕事、頑張って下さい。

 5年間。振り返ればあっという間の短い時間でしたが、本当にお世話になりました。私は私なりに今後の人生を、少し深呼吸する時間も持ちながら、肩ひじ張らず生きていこうと思っています。

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