月別アーカイブ: 2月 2012

ビルメン会社の「管理部」ってどんなことしてるの?(その20)

 長々と財務業務の仕事について説明しましたが、実際に何をやるかと言えば、「売掛金(買掛金)の管理」と「経費の支払」業務となります。売掛金の管理とは、得意先から期日までにサービスの提供代金(清掃業務・設備機器等の保守管理など)が支払われているか(振込まれているか)を、確認する仕事です。買掛金は逆で、仕入先に間違いなく代金を支払っているか、確認をする手続きとなります。

 経費の精算といっても、色々あります。一番判りやすいのは(以前『経理業務』でも触れましたが)、従業員が業務で使用した費用・例えばお客さんのところに訪問した交通費などの立替金を、速やかに精算する業務です。従業員は申請書の一種であるイ-ザ-伝票に必要事項を明記し、要件を満たしていれば支払います。会社のカネを扱う上、小口精算は仕切りも煩雑で日々発生するので、結構たいへんです。とくにお金が合わなくなったら、確認作業が本当にキツイのです。

 以上が、財務業務の主たる仕事です。カネを扱う部署だけに、当然ながら会計知識・特に簿記の知識は必要です。経理業務のところで説明した「勘定科目」という体系を理解していないと、仕事ができないんです(大変なんです)。

 以上で「財務業務」の説明は、一先ず終了します。

 次回からは、人事関係の話を予定します。またまた、思いつきですけど・・・。

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お元気ですかぁーーーー!!No,33

 どうも どうも 汚い写真で始まりまして。

 どうも どうも ブログ今月あと2回・・・ブログ今月あと2回・・・と、悪魔(=上司)が聞こえよがしに机の向こうから囁いておりまして。

 仕方なく、嫌がらせに汚れた場面をお届けします。 ジャーーン、この小便器受け皿を見て下さい!!    なんと私、素手で作業しているではアーりませんか!  この後の昼飯の美味しかった事。  なめた指の酸味のキツかったこと(ウソです)。

 日常茶飯事。 こんなの当り前に出来なきゃ、ビルメン稼業には向いていませんぜ、ダンナッ! ってな具合で、現場調査完了!  実は入札の為の現場調査での「一コマ」です。  ここまで来ると、「頭にきて・・・」現場の管理者であります「お役人様」に、「こんな事になる前に最初からSBMに隋契(随意契約)でやらせて下さいよ!!」「入札なんかにするから “安かろう・悪かろう” って事で文句も言えない。金払う立場で文句の一つも言えないのは、まともな金額じゃ無いって証しじゃねえのかい? ウン?」 とまあ言いたい放題! (契約安すぎて)とれっこねぇのに、こちとらワザワザ見に来てやって、掃除の仕方まで「薀蓄(うんちく)」を垂れてさせやがって・・・怒れよ!!怒れ!こっぱ役人!!

 ハァハァ、今回はこの位で勘弁してやろう。なぁーんて調子で、現場調査終了!!

 どうだ、キタネーだろう!! なんて調子で時は過ぎ、ちょうど次の仕事となりました。「いってきまぁーーーす」

 ではまた。 by、Coo (って、前回のグチはやめます宣言はどこにいったのでしょう?)

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溢れ出す自我 その5

 BS放送で、昨年逝去の立川談志・生前71歳のドキュメントを再放送した。
 密着取材が進むにつれ、観ている方は息苦しくなってくる。
 この大御所、「落語とは」なんて、落語そのものを大上段に定義づけてしまう。それも20代、若かりし頃にして既にだ。
 いわく「落語とは人間の業を肯定するもの。人間の弱さ・醜さ、全てを引き受けたところで語るものだ」なんだとか。カッコいいねェ。

 語りの商売だから一切を言語化したい心根は理解できるし、非凡な表現で大向こうを唸らせることも容易にできた人だ。ところが枠にはめようとした途端、収まりきらずこぼれ出すものは少なくない。この人自身が “業” としか名づけようのない生涯を送ったことに、疑いを差し挟むものではないが。
 十八番の『芝浜』を地方で演じ、「何でここで笑うんだ、笑うところじゃないだろう」と聴衆に憤慨する。「今の客は変わった(劣化した)」としきりに嘆く。確かに笑える場面じゃなかったし、だからと“エライ人”に接したとき庶民が示すお追従笑いみたいなもので、行為自体に大した意味はない。「あんまり笑わないでいると、師匠がご機嫌損ねるんじゃないかしら」くらいで示した反応だろう。ところが「俺は笑わせ屋じゃない」が矜持だから、自分がツボと定義する以外で異なる反応を示されることに、我慢がならなくなる。ここで笑え、ここで唸れ、ここで涙ぐまないのは、オレの芸を理解していない証しだと。とどのつまりこの人、傲慢ということだ。加えるなら臆病だ。ご自身で規定した「人間の業を肯定するもの」の定義に、アッサリそむいている気がしなくもない。

 「天才」と呼ばれる。やること為すこと破天荒に見えるから、「鬼才」とも称される。確かに凡庸の才ではない。だからと、「天才」は言い過ぎかと思う。

 コルトレーンが音楽を“神”という(狭苦しい)枠に収めようとしたように、談志は自身が定義する“落語”という範疇に、すべては収斂されると考えた。その結果、表現されるものに “正解” は一つと自ずから限られてしまい、つど“正解”を連発する高座ほど「今日の出来はまぁまぁだ」と満足も出来る。表現者が意図しない以上の何者かが溢れ出した状態にこそ、真にすぐれた瞬間はあるはずと思うが、談志という人、目指す方向が違っていた。
 結果として現れてくるのはどこか窮屈で、いや研ぎ澄まされた孤高の美は存在するにしろ、突き抜けた「天才」の域に達せず終わる宿命の、それは芸だ。決して神がかりにならず、考え抜き、日々生みの苦しみから抽出され、磨き上げられた表白だ。

 「いつか自殺する」「いつか発狂する」 談志も周囲も、その懸念を語る。まったくもって、大御所の生き方はしんどい。自身の思考・定義に絡みとられ、間際まで追いつめられるところを救うのもまた、落語だったようだ。それを思考するゆえ悩み・悶え・不眠となり、それを想うゆえに紙一重のところで救済される。日々繰り返される到達不能な高みに向かおうとする姿は、“業”としか表現のしようがない。そこからは間違いなく、他者の追随を許さぬ凄みを感じる。

 2時間番組も終わりの頃、談志が談志自身を語るコーナーがある。
 「自分の中にある非条理なもの。夢の中にあるみたいなもの。困るもの。人間社会に出したら、どうにもならないもの。それが人一倍あるのかなぁ・・・もっと非条理なものがあンだよ、オレの中に。それは説明できないんだ」

 国営放送はせっかく語られたこの人のキモを、説明出来ずもどかしがる“非条理”の中身を、ノーカットで放送すべきだった。言葉にならない“オレの中”を何とか言語化しようと悪戦苦闘する精神こそ、実は談志の真骨頂だからだ。「落語とは」さえ明示した人物をして、言葉で表せないほどの“オレの中”とは何なのか。
 談志の抱える自我は、江戸前の落語という伝統を上位に置いた矛盾の中に、ついに全容を放出されることなく果てた。もしも彼が伝統でなく己をあくまで優先したなら、“人間社会に出したら、どうにもならないもの”が溢れ出て、自殺も発狂もしたかしれない。
 それを止めたのは、彼の傲慢であり臆病な性格からだったろう。強大な自我の放出こそ「天才」だけが成せるワザであり、太田光が「発狂するところを見たい」と語っていたのも、真に「天才」が発露する瞬間の願望だったはずだ。
 「天才」の有資格者はその片鱗だけは十分に見せながら、ペーパーのまま生涯を閉じてしまった。強大な自我を収めるにはあまりにサイズの小さい談志の(内側の)容器は、それでも伝統という外部の強固な壁によって、漏れる程度に留まった。「江戸っ子」というある種の貴族趣味も、輪をかけたか知れない。それを粋と評価される向きもあろうが、本来が枠無きはずの「天才」の可能性を、狭めたことは事実だろう。

 それにつけても談志の言う、非条理や夢の中・(抱えて)困るもの・日常生きるのに(内に在って)どうにもならないもの・人一倍あって説明不能なもの、想像する程にワクワクさせられる。そんな凄そうなもの、見せて見せて、解放して見せてくれって、無責任に思う。
 コルトレーンと立川談志。時代も人種も表現も全く異なる二人、増大する自我を危険と判断・抑制した印象において、通じるものを持つ。才能を認める分、「見せてくんないの、何だケチ」と、かえって蔑みたくなるのだ。

 コルトレーンに話を戻せば、1964年発表の「クレッセント」というアルバムが好きである。どうしたわけかこの作品に限って、“神”もお説教も感じず楽しめる。不思議と、精神のバランスがちょうどエエ~のだ。
 

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こころみの会

 こころみの会とは、ビルメンテナンス業界発展のため平成12年に神奈川県で発足した民間の団体です。

 現在の主だった活動は、会員各社を対象にした勉強会・講習会となります。偶数月の第三木曜日に、横浜を中心に開催しています(数年に1回、大阪・新潟などて開催)。

 今では同業者に止まらず、資材会社・販売店・マスコミ・IT業界など幅広く参加され、業界の枠を越えて開催されています。

 勉強のテーマとして、毎回多様なものが取り上げられます。

 ①技術的な諸問題(カーペット・セラミックタイルのメンテ方法等)

 ②資材・販売店さんからの新商品やエコの紹介

 ③環境的な諸問題(ノロウイルス・剥離廃液の処理・放射線の問題)

 ④今後のビルメン業界の行方

 その他さまざまなテーマごと、専門分野の講師による中身の濃い勉強会です。

 また現在では、NPО法人の団体の事業の一環で開催されております。 5つの目的で活動しています。

 ①教育支援  ②就労支援  ③資格支援  ④環境支援  ⑤経営支援

 ちなみに2月のセミナーは、福島県南相馬市の同業社長様の「放射能除染の作業について」というものでした。

 業界内で広く知られる「スペースショット」という万能環境クリーナーが除染に極めて有効なことなど、新鮮な情報提供を頂きました。

 衝撃的だったのは、津波で壊滅した町でおこった外には出せない話。というより、外に出しても信じてはもらえない、当事者による生々しい証言でした。

 無人となった家屋に浸入した一団に、●察や自●隊が加わっていたこと・原発内の炉が地震によって傾き、現在の注水作業の意味が実は全く●いこと・地震当日、東電社員の家族がなぜか一斉に旅行や法事で福島からいなくなったこと等、怖い話・やっぱりという話がたくさん聞けました。

 ご興味お持ちの方は、こちらにどうぞ。 www.kokorominokai.com 

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溢れ出す自我 その4

 「A LOVE SUPREME」は、ジョン・コルトレーン1964年の作品。和訳すると「至上の愛」だって。何と大げさな。 http://www.youtube.com/watch?v=hsxZuPXNGnU
 SUPREMEには“最高の”“絶大な”“究極の”“死を賭した”なんて意味もある。容易に思い浮かぶのは、神への賛歌か。コルトレーン自身が、タイトルの由来を説明している。

 「・・・1957年から聖なる神の導きにより、ある霊的な何ものかを私の心に感じました。それは、私の生活をより豊かに、より充ち足りた、より生産的な方向へと誘ったのです。(中略)私はここで特に言いたいのは、常に神が私たちのそばにおられるという点です。神は恵み深く慈愛に充ちています。神は愛そのものであり、私たち人間はすべて神の愛の中にいるのです。神はまさに『至上の愛』なのです。・・・」(「TOKUさんのモダンジャズ道」の要約文をそのまま引用)

 CD1枚で約33分。今どきじゃ短いが、作品として完全に独立しちゃってるから、それにジャズ・ファンってオリジナルの形に固執する人が多いから、抱き合わせしない単独のまま今も売っている。ずっと売れているという事は、世代が代ろうとそれなりに需要がある証しだろう。
 4部構成になっていて、 パート1:承認 パート2:決意 パート3:追求 パート4:賛美 と、いかにもという感じの曲名が並ぶ。
 フランスのロックバンド・MAGMA(マグマ)のリーダー・クリスチャン=ヴァンデールは、コルトレーンの死(1967年)にショックを受け、しばらくヨーロッパを放浪していたら啓示があって、このバンドを結成したそうだ。MAGMAもやたらと大げさなシチュエーションが好きなグループで、「宇宙から来たコバイア星人の言語」コバイア語を駆使して、宇宙規模の壮大な物語を背景に、60年代からステージを展開してきた。2010年には、フジロックフェスティバルにも出演している。 http://www.youtube.com/watch?v=r7tXWJy-08I
 「至上の愛」を聴けば、確かにプログレッシブ・ロックの匂いフンプンと漂い、コルトレーンのコピーさんがヨーロッパに多いのもうなずける。ジャケットの雰囲気だけだと何やらムツカシイ音楽を想起させるものの、聴けば極めて単純な音楽とわかるはず。少なくとも大方の初心者がチャーリー・パーカーを聴いて、「何がイイんだかさっぱりわからない」などとと抱くはずの思いは、感じることなく済むだろう。
 前にも書いたけれどこの人の音楽って、高度な技術に裏打ちされたムード(映画)音楽みたいに感じてしまう。このムードというのが曲者で、それが「聖なる神の導き・・・」なんて公言している人の演奏ともなれば、むかし小田急線「秦野駅」前で手かざししていた一団と何やらかぶる気がしてくる。教会で讃美歌合唱のあと始まる神父さんのお説教みたいで、好きな人(信じる人)にはこの上なく心地よい世界観だが、部外者にとっては胡散クサさばかり、先行してしまう。

 で、取り上げるのはスタジオ録音じゃなくて、「至上の愛」ライブヴァージョン。静岡市瀬名の図書館で借りた。
 脇道にそれるが(よく逸れるが)、静岡にはけっこう大きめの図書館がいくつも点在し、今では入手打出来ないCDも多数蔵している。シュトックハウゼンとかモートン・フェルドマンとか、キラールなんて結構オタクでも少数派なCDまである。恐らくは悪徳マニアがリクエストして、何も知らない純真な図書館の人が発注してしまったんだろう。地方都市でありながら、けっこう恵まれた環境なのだ。
 オリジナル「至上の愛」のCDは持っていて(実はLPもあったりして)、これだけケチつけといてやっぱり好きなんじゃないの?と言われそうだが、一概に好き嫌いと断じれないのがこの人の(僕の中の)ポジション。
 通しで3回聴いた。聴き通せるか自信が無かったのに、意外とすんなり聴けた。1曲で48分かかる。オドロオドロシくもハイテンションな世界が展開されると思いきや、実に暗澹としたそれは演奏だった。意外ですね。

 コルトレーンという人、徹頭徹尾、冷静なのだ。長いソロでキュキュキュキュキュヒ~ンなどと悲鳴のようなアドリブを繰り広げていても、音に熱というものを感じない。まるでLED蛍光管のよう。何なんだ、コレは。
 メンバーの中で、ベースのジミー・ギャリソンだけには、真摯さを感じる。親分が“予定調和のカオス”を形成する中、ひとり新しい事を試みようとする、その意気込みが伝わるのだ。それに引き替えピアノのマッコイ・タイナーとドラムスのエルヴィン・ジョーンズ、君たちはサギ師だ。でなければ、少なくともその片棒を担いでいる人達だ。
 演奏の中で昇華されていく、コルトレーンのカルテットで奇跡を体感出来たと、エルヴィンが何かのインタビューで語るのを観たことがある。当時は、一種のトランス状態からそういう境地に行き着くものかと得心したが、今だとホンマかいな~。アンタ、親分のお説教をしっかり盛り立ててるやないかい。これでハイな気分とは、神がかった状態のプレイとは、全然聴こえませんぜ。
 あ~また親分、例のヤツで客酔わそうとしてるな、ここらでちっとリズム複雑にして、一気に昇天させまひょか、くらいの余裕かました演奏に聴こえちゃうんですが。
 
 このライブ、コートダジュールのくそ熱い7月26日に録られている。よりによってメンバーにタキシードと黒いタイを強要して、演奏に臨んだそうだ。ナンかね、神聖な儀式なんでしょうねこの人にとってステージは。っていうより、そう見せるための装置が必要だったと言うべきか。
 彼のプレーをお説教に例えたけれど、司祭が代弁し語る神の言葉じゃなしに、どうやら「我は神なり」とおっしゃってるのね。かすれ泣き叫ぶ高音部も、磔刑に処される神の子の内なる悲鳴を音化したもので、君たちの罪を一身に背負って、ワシはこれほどまでに苦悩しておるのじゃと演説しているように感じる。ま、仮に言葉に置き換えるならだけど。
 それって、さすがに傲慢なんじゃないかしら。それって、ボク空中浮遊出来るもんねと一途でひ弱なお弟子さんを集めた、どこぞの教祖様に似てはいまいか。

 コルトレーンの音楽は一貫して、変形した自己主張だ。「聖なる神の導き・・・」と称し、かといって(話題の)オセロ・中島知子さんのマインドコントロールというよりは、自分がそうじゃないことを知っていて、でもそうありたいから聴き手に信じ込ませることで外側から神になっていこうとする軌跡。その稀なる歴史によって、コルトレーンのあがきの音楽が形成されたのだ。
 並みの人間なら、凡庸な詐欺師なら、嘘をつき続けることで自らさえだまされてしまうところを、コルトレーンはいま嘘をついているんだと常に自覚しながら、その嘘を少しでも真実に近づけるべく、一生を賭して苦闘したのだ。
 誠実なペテン師、それが僕の聴くコルトレーンであり、一概に好き嫌いと断じれない彼の魅力(?)になっている。

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日頃の行い?

 今回初めて、陸上競技場トラックに使用されていますタータン洗浄という、珍しい仕事を体験しました。

 この日はものスゴーく寒く、さらに高圧洗浄機が水をはじきますので、全身がビチョビチョに。

 合羽で防水はしていても防寒対策にはならず、全身は冷え冷え!

 今年に入り、受水槽清掃などの外仕事に限って、なぜか寒い日ばかり・・・

 寒いだけでなく、雨まで降る日が(涙) 氷雨です。 ♪ そと~はふ~ゆのあ~め まだや~まぬ ♪ なんて古いですかね? ヒットした1982年に見た目より歳がいってるようで、サバ読んでんじゃないの?と噂された日野美歌も、ことし常務と一緒の50歳ですね。ぜんぜん関係ありませんが。

 ひょっとして特掃班の中に、行いの悪い奴がいるのかも!! 班長とか。

 この日はそれに輪をかけて、高圧洗浄に不可欠の発電機が故障!

 修理してくれる所を探したのですが、なかなか見つからず・・・

 ポリッシャーを使いたかったのですが使えなくなり、予定が大幅に狂ってしまいました。

 予定していた場所の四分の一しか出来ず・・・このままではお客様にまで、ご迷惑をかけてしまうことに。

 早く道具を直さないと! 常務!修理の見積もり取れなんて、ケチで時間のかかること言わないで下さいよぉ。

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入居前の中古マンション

 こんにちは!
 先週金曜日に、当社の新年会を開催させていただきました。今年は協力会社様にもお声掛けさせて頂き、遠方より多くの出席を賜り、非常に意義のある新年会ができたと思っております。ご出席していただいた皆様、ありがとうございました!!

 さて本日は、ハウスクリーニングの模様をご紹介させて頂きます。
 浜松のマンションです。新しくご入居される方からご依頼いただき、現場調査から当日の立会まで、同行させて頂きました。

 施工前、フローリングのワックスがところどころで剥がれ、まだらになっていました(写真わかりますかね^^;)。歩行する所ほどワックスも取れていく理屈です。逆に端や角なんて誰も足で踏まないところは、最初にワックスを入れたままの状態ということです。

 一度剥離洗浄作業をして、新たにワックスを塗布します。いくら端がキレイに残っているとはいえ、剥離の場合すべて古いワックスは除去します。
 フローリングのため水をあまり使えないので、ジェル状の剥離剤を使用しました。木材への水分浸透を防ぐためです。剥離で発生した汚水を速やかに回収・除去し、固く絞ったドライパッドでポリッシャーを回します。

 写真は剥離剤の除去とポリッシャーの模様です。

 その後はよく乾かしたのち、ワックスを塗布します。

 仕上がりはこんな感じです。依頼者様からも、「キレイになりました」とお褒めの言葉を頂戴しました。プロならば当たり前の成果、とは言えやっぱりウレシイものです!

 今回はフローリング床面の剥離作業の工程をご紹介しました。物件や季節・お客様のご要望により、段取り・作業手順・使用する資機材も様々です。その場にあった施工をきちんと見極め、お客様に明快にご説明し、ご満足いただける仕事をこれからも目指していきます!!

 それではまた!

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現場紹介  No.7

 今回の現場は、本社から徒歩数分でついてしまうご近所にあります。

 去年4月から初めて、アッという間に1年が経とうとしています。 早い!早い!何だか時の流れがだんだん早くなる気がして・・・ 私の青春・花の時期、まだまだ散らしてなるもんですか! なあんてね(笑)

 日常清掃のみんなも、ホント頑張ってくれています。今回私が顔を出したのは、月に一度の定期清掃日。

 普段出来ない所を、手分けして清掃してくれました。ほこりや汚れがどこにたまっているのか、こちらから指示しなくてもさも当たり前に作業を進めていく。当たり前のようで、どこの現場でもできることじゃありません。死角のところ・人の背より高いところはよっぽど普段から気にしていないと、誰も気にせぬまま手つかずになってしまいます。オープンしてから一度も手の入っていない箇所って、残念だけどたいがいの施設にあります。限られた時間で清掃できないところを、普段から気に留めていて初めて可能なんですよね。プロだなぁって感心します。あ、私もプロか(笑)

 でも、この現場は公共施設・・・入札で落とさなければ、4月からはなくなる物件です。

 今まで頑張ってキレイにしてきたのに、新年度からどうなるのかわかりません。

 1年かけて、みんなでキレイにしてきた現場です。このまま続けさせてくれればいいのですが・・・

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お元気ですかぁーーーー!!No,??

 どうも  どうも

 いつから書いて無いのか? 「何回目、No,・・」まで忘れる程、久しぶりにアップする様な気がします。

 「サブーい・・・とにかく今年はサブーーい!」休みの日だと苦も無く早起きして、仕事のある日は時間ギリギリまで起きられない。 「小学生じゃあるまいし・・・」でも、事実であります。実は皆さんも、そうじゃありませんか?

 2月に入り、会社の新年会も無事終わり、いよいよガッチャガチャの「入札時期」を迎えようとしています。毎年の事ながら、積算に次ぐ積算。営業さんからは「恥ずかしく無い金額を・・・」なぁーんて厳しいリクエストが入り、にもかかわらず訳の分からない入札仕様書を前に、気分の低下を加速させています。よくもまあ、こんな資料で金額が出せるもんだ!と感心するくらい酷いものや、オタクあそこの業者の手先?・・・他には落とさせねぇぞがミエミエの役人根性むき出しの仕様書やら、その資料の背景を考えながら一喜一憂して、少しだけ楽しんで居ります。

 今年はLEDの販売と工事に、設備部門として「力を入れるぞ」と目標をたて、いざ入札に挑もうとすれば、業者とつるんでる?ごとき仕様書が出て来まして、「積算」の前に品物が手に入らない・・・仕様書によるとどうも、韓国のLG電子社製の物を基準に作られている気配。物がなけりゃ、どうにも「手」が出せない。一般のビル管法上、許容される照度を遥かに超える基準を求められ、しかも入札執行先が「国家の法律を執行・統括する機関」の仕様書であったのには、世間の理をそれなりに理解しているつもりだった私でも、やっぱ驚きました。

 「PL法」保証まで記載され、異常とも取れる手の込んだ内容です。そこまで話がついているなら入札なんていらねぇーだろ!!と思いつつ、営業サイドには「出来ません」と報告、参加を断念しました。 

 そんなこんなで今年も始まり、はや年度末が近づきます。

 全然関係無いのですが、「桜の季節が恋しい」・・・いい年こいてと、お笑いください。「早く暖かくならねぇーかな」とか願いつつ、部下からの突き上げや上司からのパワハラ(モドキ?)にも耐え、自らは女子事務員さんの脇でセクハラ(モドキ?)発言を連発しながら、「いつか花咲く事もある」を旨に頑張ります。

 いつもの「愚痴」は少なくし、まともなブログにして行きたいと思っております。  では、次回まで・・・ 

 by、Coo  

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安いだけで決めていいの?

 今回は珍しく、地元清水にあります図書館の定期清掃です。徒歩で5分程度の、本社から一番近い現場になります。歴史的にはSBMがずっと管理してきたがここ数年、安い業者に取られ続けいていたのを久しぶりに奪還したというわけです。

 去年の四月から始めまして、早いもので一年が経とうとしています。

 当初は全体的に物凄く荒れていて、「これで清掃してんの?」と思う位でした! 

 日常の方が毎日頑張ってくれたおかげで、自分たちの前の業者に比べ、見違えるほど清潔に!! コレ自画自賛じゃなくて、前任者がやるべきことをやっていなかったツケが、回ってきたんだと思います。

 館内の職員の方から、「是非またSBMさんにお願いしたい」とまで、言って頂けるようになりました。

 でも・・・

 この現場は公共の入札物件のため、3月以降はどうなることかと。

 一年かけてキレイにしてきた現場です。安かろう悪かろうの業者に、値段だけでみすみす持って行かれるのでは、癪で仕方ありません。

 4月以降も、SBMで継続出来ればいいんですがネ。

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