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高いお肉じゃなくたっていいんです 下

本多勝一著「中国の旅」(朝日文庫)を読んだのは、受験のプレッシャーから逃れようと活字三昧に浸っていた中学3年の冬だった。 そうはいっても、何を理由にこの本を購入したのか、今となって定かでない。

51QKNW7MY2L._SX330_BO1,204,203,200_本多勝一といえば、「日本語の作文技術 」(朝日文庫)で大いに影響を受け、自分の文章というか、句読点の打ち位置やセンテンテンスの切り方などは、この人の指南から今もって抜け切らないままでいる。 馴染みの作者だったから購入したのか、書店に山積みとなった本の中で殺風景な表紙とタイトルが逆に目を引いたためか、あるいは新聞の書評欄を目にしていたためかもしれない。 怖いのは、事実の裏付けなく結果的に自国を貶める行いに終始し、一方で価値観の全く異なる隣国を正当化するような危険な書物が、朝日新聞という有名ブランドによってあたかも正当性を裏付けてしまう、つまり書いてあることは“真実”だと思いこまされてしまうことだ。

日中国交“正常”化に先駆けること1年、1971(昭和46)年8月から12月まで、朝日新聞の花形記者により掲載された「中国の旅」。 その文庫化された本は、あまり目にしなくなった「ルポルタージュ」という手法でつづられていく。 自ら現地に赴き、取材した内容を放送・新聞・雑誌など、各種メディアにニュースとして報告することを指す。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)が世界記憶遺産に登録してしまった「南京大虐殺30万人説」、2人の将校のどちらが先に100人を斬るか競ったとされる「百人斬り競争」、10万単位にのぼる中国人労働者が何重にも重なる人骨の山「万人坑」 、日本軍による計画的大量殺害「三光作戦(殺光・焼光・奪光)」と、理解を超えた悪行の数々が、生き残った人達の証言として語られていく。

読み進むほどに、旧日本軍のおぞましさに戦慄し、吐き気を催す。 ある村で、日本兵が生まれて間もない幼児を母親から引きはがし、中空高く放って落ちてくるところを銃剣で貫く描写に及んでは、号泣までした。 「ごめんなさい、ごめんなさい」と顔をぐちゃぐちゃにしながら手を合わせ、中国の人達に謝罪した。 なんと残虐で猟奇的な民族の血が自分の内に流れている事か、恥じ入るしかなかった。 しかも証言する人たちは例外なく、悪いのはあくまで時の日本政府(軍)であり、日本国民を恨むことはないとまでおっしゃられたのだ。

140205616167474825225_tianamen-square-cover1今となって、素朴過ぎる少年の一時の感情に過ぎないが、この本に影響を受けた日本人は少なくないはずだ。 こうした「自虐史観」は、70年安保闘争が沈静化し、日中が交流を開始し、高い年間レンタル料のパンダ(実は中国共産党に侵略される前のチベットの生き物)がやってくるのと前後して、刷り込みの度合いを刻々と増していったように思う。

なぜ、自分が生まれた国をことさら貶めようとする心理が働くのか、朝日新聞をはじめとする大手メディアの思惑には、様々なものがあるだろう。

たとえば戦後GHQの指導により、保守的な思想を持つ学者や政治家が公職から追放され、戦時中に冷や飯を食わされていた共産主義者が台頭してきたという背景がある。 その当時の連合国の言い分に乗っかって報道したのが、今の大手メディアである。

たとえば日本と中国の間には、1964年に取り交わされた「日中記者交換協定」という不可思議な協定が今も存在し、中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない・20160826_1400590日中関係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定しないことなどが取り決められている。 違反すれば、記者が中国国内から追放される。 天安門事件においては、さすがの日本各紙も欧米同様この大量虐殺を批難し、一時支局閉鎖を余儀なくされたが、唯一の例外が朝日新聞だったというのを後から知り、さもありなんと思った。

たとえばNHK放送センター(東京都渋谷区)の中に、何故かCCTV(中国中央電視台)日本支局があり、同センターに電話をかけると内線で繋いでくれるというのだが、普通に考えておかしい。 中国共産党・宣伝機関との癒着が疑われても仕方がない。 まさか家賃は取っているだろうし(取っていなかったらそれこそ異常だが)、利害関係が成立しているからこそ、チベットやウイグルの人たちの弾圧も見て見ぬふりをしたり、天安門事件の被害者数を著しく低く見積もろうとしたりするのだろう。 少なくとも、NHKが取材によって得た日本の情報が、中国にわたっていないと彼らが保障したことはない。 なぜ、NHKにかつて「シルクロード」という番組が成立したのか、闇は深い。

戦前は国威発揚・日米katazusite1開戦までを徹底的にあおった新聞社が、戦後は手のひら返しを返したように、しかも明確な根拠なく反日に終始する。 理由は、そうした姿勢を欲する購買層が、少なからず存在するためである。 販売部数が伸びるからこそ、以前であれば戦争をあおり、今なら事実を歪曲してまでも、倒閣運動に励むのだ。

かつて朝日新聞のスター記者だった本多勝一氏が、日本軍による虐殺の証拠として使ってきた写真が、実は捏造であったことを、本多氏自身が初めて認めました。
問題の写真は、本多勝一氏の『中国の日本軍』に掲載されたもので、日本兵が中国の婦女子をかり集めてこれから虐殺するところであるとの説明がなされています。
ところが、この写真の出所は、実は本多氏が当時勤めていた朝日新聞社発行の『アサヒグラフ』(一九三七年十一月十日号)に掲載されたもの。 日本兵は家路につく少女たちを護っていたとのキャプションがついていて、少女たちの笑顔もはっきりと写っており、「南京大虐殺」とは何の関係もない写真であることは、誰の目にも明らかです。
この矛盾点を問われた本多氏は、週刊新潮(9月25日号・下写真)に次のようなコメントを寄せています。
「『中国の日本軍』の写真説明はすべて中国側の調査・証言に基づくものです」「『中国の日本軍』の写真が、『アサヒグラフ』に別のキャプションで掲載されているとの指摘は、俺の記憶では初めてです。確かに「誤用」のようです。」
本多氏のこの時の取材は実にいい加減なものでした。 中国共産党が用意した証人の証言をただ聞き書きしただけで、一切裏付け取材を行っていなかったことを、本多氏bTZAeN2y自身も後に著書の中で認めています。
また、「中国の旅」の記事で「日本人による虐殺があった」と紹介された炭鉱に勤めていた日本人が、記事は事実と著しく異なると本多記者に抗議の手紙を送ったところ、本多氏からは「私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば中国側に直接やっていただけませんでしょうか。」という、無責任な回答が返ってきました。
証言が真実かどうかを調べるのが記者の仕事ではないでしょうか。
これが『中国の旅』の報道の実態です。 japan-plus.net/182/

いま朝日新聞は、森友・加計(かけ)学園問題を題材とした著書で名誉を傷つけられたとして、文芸評論家の小川栄太郎氏と出版元の飛鳥新社(東京)を相手取り、計5000万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴えを東京地裁に起こしている。 公称600万部を超える大新聞社が、小川氏という個人を相手取り、しかも同紙からの謝罪や訂正、賠償を求める申入書に誠実な回答書を返したのにかかわらず、とつぜん訴訟に打って出た。 小川氏の回答書はネットで公開されているが、その書き出しはこうだ。

朝日新聞EltlFYyよ、新聞社として恥を知りなさい。

朝日新聞からの申入書への回答に先立ち、貴紙による一連の森友・加計報道について、総論的な結論から申し上げます。

朝日新聞は日本を代表する言論機関です。

法的構成が不可能な言いがかりで一個人を恫喝するのではなく、言論には言論で勝負していただきたい。

朝日新聞は2017年6月の販売部数からだけでも、毎月3万弱のペースで部数を減らし続けている。 このまま順調にいけば、2018年上半期(1月〜6月)の平均販売部数で、500万部台まで目減りすることになりそうだ。
実際には配られないのに新聞社が印刷し、販売店に引き取らせて配ったことにしている「押し紙問題」もある。 朝日の内部文書によると、2016年の発行部数は654万部と発表されているが、「残紙」の割合は32%にもなり、実際に読者に配られた実売部数は444万7千部だったとか。 実に3部に1部が配達されずに古紙回収業者を通じて処分されている計算だ。 なんという資源の無駄遣い。 そして32%の割合を適用すれば、実態は400万部程度まで販売数が落ちていると推察される。

昨年3月末、朝日新聞社は公正取引委員会から、この「押し紙問題」で注意を受けている。 このような、害ばかり多く益のない新聞社は、早くつぶれて頂くに越したことはない。 一方で、思想が偏れば偏るほど、これを是とする人たちが存在するのも、民主主義の国ゆえ否定は出来ない。

「中国の旅」を読んで、謝罪の気持ちでいっぱいになった僕を冷静に振り返る時、そこに倒錯した陶酔のようなものがあったことを認める。 僕はあくまで当事者でないから、“罪”を負ってはいない。 しかし日本軍の末裔として、過去の悪行を無かったものにせず、キチンと向き合う姿勢は高尚なものであると、だから他の日本人が否定されても僕自身は中国の人達と分かり合える存在なのだと、言語化していたわけではないが、そのように捉えていたのではないか。 一種、幼稚な特権意識であり、個人の特殊な事例かもしれない。 一方で、そのように読み手が意識を“操作”されていたのだとしたら、制作側の意図は的中したとも言えて、少なからぬ人たちが同じ思考回路から偏った思想を抱かされた可能性がある。

imagesあんまり長くなったのでこの辺で止めるが、素材を選ばずおいしくなると胸を張った「エバラ焼肉のたれ」こそ、日本人の矜持である。 たとえGDPや教育水準で他国にいくら抜かれようと、この精神さえ失わなければ日本は世界に冠たる国家であり続ける。 今こそ月の家圓鏡の精神に帰る時だヨイショッ!

じゃないかもしれない。

 

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今年の流行語大賞を選ぶなら、「忖度」などでなく「フェイク・ニュース」とすべきだろう。 ここでの「忖度」の意味が、日本人が本来美徳とする善き心遣いとは真逆の、悪しき官僚の解釈として多用されたこと自体、フェイクそのものである。 「忖度」選出の理由となったいわゆるモリカケ問題(森友学園・加計学園問題)こそ、2017年を後に振り返った時、「フェイク・ニュース」の象徴的な事例に変わっているだろう。

「森友」は、籠池夫妻という稀有なタレントを見れば、総理の関与など論外なのは分かるはず。 安倍明恵夫人という、こちらもちょっとユニークなキャラクターの方の名前が、「名誉校長」とやらで悪用されたにすぎない。 朝日新聞が籠池被告の証言をもとに、5月9日付で「開設予定の校名として『安倍晋三記念小学校』と記載したことを朝日新聞の取材に認めた」との記事を掲載。 黒塗りにされた設置趣意書が公開されれば、『開成小学校』であったことが分かる。 『安倍晋三記念小学校』は9文字、『開成小学校』は5文字。 公開されている部分のフォントをみれば、最初から9文字なんて入るはずないのは明白で、ただただ安倍さんを貶めたい悪意が伝わる手口だ。

kato-media-2「加計」に関しては、2017年7月10日の閉会中審査における加戸守行・前愛媛県知事の答弁をもって、すべて解決済である。 「(前川氏の)『行政がゆがめられた』という発言は、私に言わせますと、少なくとも獣医学部の問題で強烈な岩盤規制のために10年間、我慢させられてきた岩盤にドリルで国家戦略特区が穴を開けて頂いたということで、『ゆがめられた行政が正された』というのが正しい発言ではないのかなと思います」。

NHKをはじめとする地上波・大新聞に黙殺された加戸証言は、ネットで今も公開されている。 「女性の貧困調査」を目的に「新宿 歌舞伎町 恋活BAR LOVE ON THE BEACH」に通い詰めた文科省のトップ前川氏と、席を並べた加戸氏の尊厳あふれる佇まいの落差を目にするだけで、何が真実か、言わずもがなと思わされるはずだ。

今年を「メディアが死んだ年」と呼ぶ識者が、少なからず存在する。 以前であれば「報道しない自由」によって社会的にも抹殺されてきた「ファクト」が、ネットの隆盛によって白日の下にさらされている。 僕の20代の子供二人は、テレビも視なければ新聞も読まない。 そういう若い世代が今後増えていき、テレビしか視ない情報弱者は逆に減り続ける。 加戸・前知事の実況中継録画に、他者のいかなる情報操作も不可能である。 その証言を聴き、両者を見比べていかなる判断をするか、そこに既存メディアと真逆の印象を持ったとすれば、強固でねじれた意志の介入を感じるのは容易なはずだ。

「フェイク・ニュース」とは、メディアが初めから虚偽であることを認識しながら行う架空の報道や、推測を事実のように報道する行いを指す。 昨年の米国大統領予備選で、ドナルド・トランプ氏の言動をCNNやニューヨーク・タイムズなどリベラル系マスコミが悪意をもって報道したことに対して、「フェイク・ニュース(偽記事)」だとトランプ氏が反撃したことをきっかけに日本でも多用されることとなった。 虚偽報道・捏造報道などと口にすれば断定的で重たくなるし、カタカナにすることでイメージが拡散される効用があるのかもしれない。

B7CKiKVCAAAG3Qap5-20-1「フェイク・ニュース」の典型例としてまず、1989年(平成元年)朝日新聞珊瑚記事捏造事件をあげたい。

典型的な自作自演。 「沖縄県西表島のアザミサンゴに落書きがあることを発見した」カメラマンが、「百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の」日本人を嘆いている。 当時の石垣島は、海を埋め立てる新空港建設計画が進行していたさ中にあり、多分に政治的な意味合いもにじんでくる。 地元のダイビング組合が「サンゴにこれまで傷は全くなかった、サンゴに書かれた落書きは、取材者によるものではないか」と抗議。 東京本社の代表番号に電話するも、窓口の人間と称する男性は「朝日に限ってそんなことはない」「文書にして出してくれ」と、まともに取り合わなかったそうだ。 朝日新聞社は5月15日夜に記者会見を行ったが、カメラマンの「こすっただけ」という釈明を信じ、会見でも突っぱねるような印象を与えて反発を買っている。

さんざん虚偽を否定した挙句、動かぬ証拠を突きつけられてようやく謝罪。 カメラマンは懲戒解雇処分、当時の社長が引責辞任に追い込まれている。

この新聞社が戦前・戦中・戦後を問わず一貫した特異な体質を持つものとして、明快かつ象徴的な“犯罪”を、永く記憶にとどめ置くべきだろう。

img_3b98d43dd7ac1108e12be4a69b2ad0fb1263967朝日新聞といえば慰安婦報道問題。 日本という国家を貶める重大“犯罪”であり、32年もたって虚偽であったことをようやく認め、2014年9月11日、朝日新聞社長自ら謝罪会見を行っている。 しかしこの謝罪も訂正記事も、国内向けのポーズに過ぎなかった証左として、“当事国”には何の釈明も行っていない。 近くは米サンフランシスコ市において、民間団体が現地に建てた慰安婦像の寄贈を受け入れる決議案に、エドウィン・M・リー市長(その後まもなく急死。口封じ説も浮上している)が署名している。 碑文に「性奴隷にされた何十万人の女性」「大多数は囚(とら)われの身のまま命を落とした」とあることから、姉妹都市提携を結ぶ吉村大阪市長が、「日本政府の見解と違う」と抗議。 寄贈を受けた場合は「姉妹都市を解消する」と表明している。

1977年、軍の命令により済州島で女性を強制連行したと吉田清治が“告白”。 80年代に入り、朝日がこの人物を報道したことをきっかけに著書が韓国で翻訳され、国際問題化していく。 火のない所に、煙を立てたのである。

日本軍によって強制連行された韓国女性は、20万人に及ぶとされる。 しかし娘や姉妹、妻を奪われたとする韓国側の証言は、過去ひとつとして存在しない。 常識的に考えれば、すぐに分かる事だろう。 自分の愛する肉親が連れ去られようとするとき、これに抵抗しない親や夫、兄妹がどこにいようか。 命の危険を顧みず抵抗する方が自然で、そうなれば現場は、(何しろ血も涙もない悪魔のような日本軍なのだから)大へんな惨状を呈しただろう。 しかし現実は、そうした公的記録など一切ないのだ。 だいたい20万人の性奴隷を収容し、もてあそべるほど日本軍がヒマであったはずも、精力絶倫のはずもない。 日本男子なら、自らの身体に訊けばすぐわかるだろう。 タイガー・ウッズのレヴェルで女性と勝負できる男など、日本では想像もつかない。 しかし内外反日団体のたゆまぬ印象操作によって、性奴隷(なぜか日本の弁護士が命名。実際はただの売春婦)の被害者は、時間が経過するごと年々増加の傾向にある。 まさにフェイクだ。

512MuE46xcL._SX339_BO1,204,203,200_吉田清治の長男によって、『朝鮮人強制連行の記録(未来社)』がすべて創作であったことが明らかにされている。 懸賞マニアで生活に窮していた父親が、昭和38年、『週刊朝日』「私の八月十五日」の手記募集に投稿したのが発端である。 特選から佳作に至るまで、すべて戦争の被害者としての立場から八月十五日を想起したものばかりであったのに対し、吉田だけが加害者の立場から回顧している。 いわゆる、ウケ狙いだった可能性がある。 「森友」の籠池夫妻同様、疑ってかかるのが常識なはずの大新聞が、日本を貶めるためなら裏も取らず“証言”をそのまま掲載する。 どういう精神構造であるのか、彼ら自身がGHQの洗脳から70年以上経過した今も解けていないのか、理解に苦しむ。

大阪市長の英断に、あろうことかネタ元の朝日新聞が「ちょっと待ってほしい。姉妹都市の関係のもとで育まれてきた交流は、双方の市民の歴史的財産である。市長の一存で断ち切ってよいものではない」などと、社説で説教しているのだから噴飯ものである。 こうした「われこそ正義なり」の上から目線、厚顔無恥によって、如何ほどに先人の名誉・史実が損なわれてきたか。

20171122010916954その朝日新聞、戦後最大の“犯罪”報道は南京事件にとどめを刺す。 僕がここまで憤っているのも、多感な時期に本多勝一「中国の旅」を読み、長く信じ込んできたからに他ならない。

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「夜が掴む」ので「うまくできない」

何も書きたいことがなくて、それにも増して書きたい気分じゃなくて、エラそうにスランプなどというのではなく、現実のお仕事でいろいろあったがためである。 でも一応、月の最後にブログを仕上げることを、ここ数年ささやかなおのれの使命にしていて、意欲を掻き立てるネタが何かないものかググってみると、今日(10月31日)はつげ義春の誕生日とあった(Wikipediaだと10月30日)。

1937年の生まれだそうで、してみると御年80歳。 今もご存命なこと自体、大げさでなく言葉本来の真っ当な意味から“奇跡”と思われるし、この世に呼吸を続けているそのことだけが嬉しいというか、有り難いことに思えてくる。
今さら新作など望むべくもないし、でも近影がちゃんとウェブ画像にあって、その佇まいにあるのは思想や集団から最も遠く、でも孤高という程に屹立としてもない、違和感と“らしさ”が同居し、互いを阻害し合わないといった様相である。

migつげ義春は、描く作品を芸術の域にまで昇華した、おそらく歴史に唯一の漫画家だろう。 手塚治虫を巨匠とは呼べても、壮大な「火の鳥」をもってしてさえ、“沈黙”とは対峙しえない。 つげ作品のみが、“沈黙”の比重に釣り合っていると感じられるのだ。
今も時々、作品集を開く。 若いころの過剰な思い入れも抜け、再読する「李さん一家(1967年6月)」や「大場電気鍍金工業所(1973年4月)」、「夜が掴む(1976年9月)」や「必殺するめ固め(1979年7月)」。 いずれもノスタルジーでなく、あたかもいま初めて接したような、色あせぬ、初々しいまでの感性と果てしのない線の拡がり。 つげ義春を通し、僕の人生は豊かになったと断じ得るほど、彼の諸作品が奥深くにまで浸みている。 雪舟の系譜を、継ぐとみた。

つげ義春を表現しようとしても「いい」と言うほかはなく、それ以上付け足すことがない。 できるだけ長く、この世に留まっていて頂きたい。 意外とご本人は、健康に気を使われているのではないか。

ここから先、最近相次いで逝去した遠藤賢司と平尾昌晃(先月前振りしておいた)に話しを繋ごうとするも、半端ない虚脱感にギブアップする。 あぁ・・・夜だ。

うわー

じゃあもう1回、もう1回だけ(日を改め)やらせて下さい!

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よこはま たそがれ ホテルの小部屋

伊勢佐木町のホテルに着いたのは、15時を少し回ったころ。 さして温度は高くないのに、JR関内駅から10分ほど歩いただけで、拭う先から不快な汗が流れてやまない。 夏の名残なのか、高い湿度にムシムシとしている。

伊勢佐木モールを進む道すがら、耳に届く会話の大半は中国語だ。 今どき珍しいほど、歩きたばこのオジサンと何人もすれ違う。 「だぁから、バイアグラあれだけ渡しといたのにさぁ」「そっちまでやっちゃうと、必ず違うとこまで要求されるんで、どうするかですよ」などと、歩き携帯の人達の遠慮ない声が、高い音量で商店街にこだましている。 パチンコ屋の前でしょげているおっさんにちょっかいをかけ、「うるせぇ!」と怒鳴られるとキャッキャッ笑いながら立ち去る、ちょっと化粧濃いめのご婦人二人組。 何か、アジア。 何か、昭和。

17時前にランドマーク・タワーに着けばいいので、1時間ほどホテルでヒマを潰さなければならない。 412号室のベッドに腰を降ろし、テレビのリモコンボタンを押す。 TVK(テレビ神奈川)で、「助け人走る」の再放送をやっていた。 時代劇「必殺」シリーズの3作目に当たる。 本放送は土曜日の22時、小学4年生の僕は、常に就寝しているはずの親の目を気にしながら、毎回欠かさず観ていた。 この時代は自主規制が緩く、かなりきわどい(具体的には男子の股間を熱くする)番組が多い時間帯だったのだ。 数年後、同じ時間帯に放送された「テレビ三面記事 ウィークエンダー」なんて、ホントすごかったもんなぁ。

e11d4af1a63b9d293e859307ec982d5640年以上の時を経て再びまみえたドラマは、陰々滅滅たるものであった。 悪い殿さまに仕え、自分の女房を寝取られた家臣が、彼女を救いだし逃避行を試みる。 いざ出奔の矢先、女房のつわりの兆候を目にしてうろたえれば、外で待ち受けた殿さまの家臣に女房を連れ去られ、追いついた屋敷で多勢に切り殺されてしまう。 旦那の非業の死を眼前にした女房、隙を見て殿様の刀を抜き、自刃する。 もちろん悪い人達は、素浪人・中山文十郎(田村高廣)と辻平内(中谷一郎)に成敗され終わるのだが、かりそめの墓前を前にした“しの”の台詞、「この二人は生き続けることの方がつらかったのよ」などと、救いようのない後味ばかりが残る。 そういえば「ウルトラセブン」のどこか無機質でひんやりとしたテイストの残滓を、同じTBSだからなのか、ちょっとあるよう感じた。

実は「助け人走る」で僕が記憶しているのは、本編ではなく最後に流れる主題歌の方だ。 森本太郎とスーパースター「望郷の旅」。  すでにバンド名からしてあまりの格好よさにしびれてしまうが、森本太郎といえばザ・タイガースのギタリスト。 名曲「花の首飾り」を唄ったご仁だ。 YouTubeを開いたら、「望郷の旅」がちゃんと公開されていた。 やっぱり好きな人、ちゃんといるんだな。
7月に逝去された平尾昌晃の、これは最高傑作かもしれない。 それにも増して、安井かずみの詞が秀逸。 「すすきの原は銀の色 風が身にしみる」なんて、まず今の時代に再現不能な“うたことば”だろう。

16時になって、チャンDKkd5-IVAAIFAlnネルをひと回り。 ドラマの再放送を除けば、緑のたぬき・小池百合子氏をめぐる話題で花盛り。 今のところ大手メディアは、百合子ちゃんの野望に連れ添う気配濃厚である。 こいつら、安倍憎しに凝り固まるあまり、視界不良に陥っちゃってんじゃないの。 連合という“しがらみ”の代表みたいな組織を受け入れる段階で、希望の党の綱領は崩壊している。 っていうか百合子ちゃんにたかってくる人達って、自分本位があまりに露骨過ぎて気持ち悪い。 中山恭子さんは旦那のためでなく、貴女の立派な信念に従って再考されてはいかがでしょう。 「棄望の党(希亡の党?)」は、貴女にまるで似合いませんよ。

わけて民進党を実質解党する張本人の前原くん(「後ろから前原」とは、文春に載った北朝鮮おねぇさんとの2ショットから命名されたそうで)の、あんまりにもあんまりな答弁が情けなさの極みである。 「政権交代の実現のために、名を捨てて実を取る」ってどういう意味? 選挙を戦う前から「参りました」って言ってんのと一緒じゃん。
「おまえ、男だろ」などと、今どき差別発言と受け取られかねないが、敢えてキミに投げつけたい言葉だ。 未来ある乗客に間違った情報を流し続け見殺しにし、自らは一命を取り留めたセウォル号の船長の姿を彷彿とさせる。 前原くんの場合、沈みゆく船に最後まで留まったとして命まで取られる事はないし、本当に志があるのであれば(ないけど)、その潔く気高い態度は必ずや後に評価され、党再生の可能性だってゼロではなかったはず。 こいつ、ほんとクズ。 こういう奴にだけはならぬよう、自らを戒めようと思った次第。

宴が終わったのが午後7時過ぎ。 ホテルに戻る車中、されば「伊勢佐木あたりに灯(あかり)がともる」のだ。
これは、青江三奈「伊勢佐木町ブルース」の一節。 作詞は川内康範、「行けレインボーマン」「ヤマトタケシの歌」「あいつの名前はレインボーマン」「死ね死ね団のテーマ」(ぜんぶ「愛の戦士レインボーマン」の挿入歌だが)という空前絶後の名作を世に問うた、大先生の手になる。
「ドゥドゥビ ドゥビ ドゥビ ドゥビ ドゥバー 灯(ひ)がともる」と、どこがブルースなのかようわからんが、この作品もやはり大傑作である。 僕など、芥川隆行さんのナレーション付きCDをもっている。 だから何が自慢なのか誰にも“わかんねぇだろうな”だが、この事に堂々胸を張りたい。 ビーボより美味いのは、ビーボだけなのだ。

夜が明け、やはり関東でしか見れないTOKYO MXにチャンネルを合わせる。 主要株主に中日新聞、つまりは東京新聞が名を連ねる反安倍政権の先遣隊みたいなイメージだが、地上波で唯一真っ当な番組と思われる「ニュース女子」を放送する局でもある。

話しはそれるが先日、同業の原部長から「いつもブログ見てますよ」と言われ動揺した。 だって僕が書いてる事は、小島昇一と福西雅之2名のみを意識した内容に終始していて、いわば内輪受けの極致、閉じた世界観に成り立っているのだ。
それが以前、百田尚樹「カエルの楽園」の書籍を添付したところ、僕が推薦したと判断、購入されたという。 冷や汗タラリである。 謙遜抜きに、他人に影響を与えるそんな人間に育った覚えなど、僕にはなかったからだ。

16122586_1543499942331962_2482086223405907968_nそこで畏れ多き原部長に、改めお勧めさせて頂くとすれば、BS11木曜午前2時から「ニュース女子」が、2週遅れくらいで放送されております。 もし視聴可能な環境にありましたら、こちらは無償ですのでぜひご覧ください。 まさか起きていられる時間帯ではありませんので、予約録画でどうぞ。
ちなみに10月5日放送分は、「大好評第3弾!財務省はなぜダメなのか?元官僚・高橋洋一が大暴露!「財務省はウソつきだ」!?10年間公表できなかった財務省の秘密とは?最強官庁「財務省」徹底解剖!」とありました。 高橋洋一さんのお話は、目からウロコ間違いなしですよ。

TOKYO MXでは堀潤司会の朝の番組で、やはり小池百合子の話題を取り上げていたが、希望の党党首でなく東京都知事に対する視点であったのが新鮮だった。 東京の番組だから、これが自然なのだろう。
分析も客観的で、大手メディアとはだいぶ趣が異なり、都民ファーストの会の評価などけっこう辛辣でさえある。 都議選前はあんなに威勢の良かった音喜多氏含め、都民の代表のはずの議員の意見が事務局によって完全に押さえこまれている異常性をついていた。 安倍政権などありもしないモリカケ“問題”でサンドバック状態にされているのに、都議会の現状を指摘する大マスコミは皆無に等しい。 このままいくとマジでオリンピック、ヤバいかもよ。 都知事のおばちゃん、自ら作った問題放り出して、国政に行こうとしてるしね。

9時少し前、ホテルを後にする。 風が冷たく湿度も低い。 今朝、秋が来た。

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仕付けの感性

2026076l中国には、日本語の「躾(しつけ)」に該当する語がないそうだ。 よって「躾」は“漢字”でなく“国字”であると、インターネット番組で江崎孝氏が話されていた。 江崎氏おっしゃるには、日本の「躾」に学ぼうというのが、今の中国教育界のトレンドだそうな。

「身」と「美」の合わさった「躾」とは、もともと「着物を仕付ける」を成り立ちとする。 ここで「仕付け」とは、着物の形が整うよう、仮に縫いつけておく行為。 着物が縫いあがると、仕付けの糸ははずされる。 つまり着物の完成をもって、もはや仕付けの糸はそこにあってはならない存在へと意味を変えるのだ。

五歳から七歳の子どもたちは、いよいよしつけ糸をはずしはじめる年齢にあたります。 それまでは親が外側から枠組みを与えて、子どもに行為や生活習慣をかたちづくらせていたのですが、いよいよその枠をはずして、子どもが自分の力でみずからの行為や生活習慣を生み出しはじめる時期に入っていきます。

しつけ糸をはずすことは、いうまでもなく、子どもを本人の自律にゆだねることです。 しつけとは、もともと自律に向けてのしつけなのです。 外からの強制によって社会のきまりをあてがうことよりも、むしろそうした外的強制をとりはずすことをめざすものです。 しつけが不要になるようにしつける、といってよいかもしれません。

この「はずす」ことが、子どもの発達にとっても重要な意味をもつのです。 (「幼児期 子どもは世界をどうつかむか」岡本夏木著)

なるほど、さすがは“国字”。 「守破離」の師弟関係を親子関係に置き換えた、同義の思想の込められた語であったか。

上達への近道は「守破離」の「守:素直な心で師の教えを忠実に守ること」でした。 貴方の尊敬する人(人生の師、仕事上の師)は誰ですか? 「素直な心」とは、自分自身いたならさを認め、そこから努力するという謙虚な姿勢のことです。 本当に伸びる人は、「素直な心」をもって人の意見をよく聞き、常に反省し自分自身を見つめることの出来る人です。 そうした「素直な心」でいると、その人の周辺にはやなり同じような心根をもった人が集まってきて、物事がうまく運んでいくものです。 自分にとって耳の痛い言葉こそ、本当は自分を伸ばしてくれるものであると受け止める謙虚な姿勢が必要です。 (京セラ・KDDI創業者の稲盛和夫さんの言葉)

「守破離」の「守」は師匠に言われたこと、師の流儀・型を習い『守る』こと。 「破」は師の流儀を極めた後に、他流も研究すること。 その型を自分と照らし合わせ、自分に合ったより良いと思われる型をつくることにより、既存の型を『破る』こと。 「離」は自己の研究を集大成し、独自の境地を拓いて一流を編み出すこと。 師匠の型、そして自分自身が造り出した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から『離れる』こと。

「躾」は親によってo0500040913278118701なされ、幼児は善悪の判断なく(判断を出来ず)これに従う。 やがて成長の過程にあって、親以外の外部と接触するようになると、そこに様々な価値観を知り、自らが思考・模索を始める。 やがて子供が自立するとき、重なる部分はあっても親のコピーでないオリジナルのおのれが備わっていなければならない。 親がしつけた糸の跡は、残してはならないということだ。

「守破離」と「躾」が異なるのは、前者が達人や智者、少なくとも豊富な経験を有する伝え手であるのに対し、後者は必ずしも「身」の「美」しい存在と限らない点だ。 自らがしつけの糸を、親に外してもらえないまま子を持つ身に転じてしまった人も、少なからずいると思われる。

今朝(8月31日)の民放テレビ各局で、「世界的トランペッター・日野皓正が中学生を往復ビンタ」とやっていた。
報道の細部までは立ち入らない。 世田谷区教育委員会主催「日野皓正 presents “Jazz for Kids”」というイベントで、舞台の隅にいた日野氏が、ドラムを叩く男の子に歩み寄って体罰を加えたというもの。 毎年公募で区内の中学生が集められ、4カ月間、日野氏をはじめとした数名の講師のもとで練習を積み、8月のコンサートが発表の場となるそうだ。 ドラムを叩く中学生の髪を引っ張り回した後、往復ビンタを浴びせる日野氏の映像を各局流したうえ、「お金を払って観にいったのに、連れて行った自分の子供があんな暴力行為を見せられてしまった。 子供から『あのおじさんは何で子供を叩いているの?』と聞かれましたが、うまく説明できませんでした」などと、一部親のコメントをかぶせる。

出社だから8時以降の番組は確認していないが、例によって女優やらコメンテーターやら、「理由の如何を問わず暴力はいけない」と、生徒への“暴行”を杓定規に嘆いたそうな。 いや、杓定規というと、どこかで筋が通っていそうな印象にもなりかねないから、使い方が間違っているか。 こういう人は、日本に向けてミサイルぶっ放す北朝鮮にも同じことを言うんだろうし、さらに返す刀で「我が国が暴力に暴力で応えることは、ぜっ~たいに!あってはなりませ~ん~!」くらい主張しそうだ。 なんにしろ、今回の報道がこれから先子供たちに与える影響などまるで考えない、絶望的に仕付けの糸のとれていない人達であるのは間違いない。 暴力=悪。 この嘘か真か知れぬマニュアルでしか、人間というものを判断できない多数派によって、世の中はどんどんいびつになっていく。

「世界的トランペッター」とどの局のMCも気軽に口にするが、では本当のところ、世界で日野皓正はどれほどの存在なのか? 字義通り受け止めるならば、大変な影響力を有する存在のはずだろう。 僕だって決して好みのプレーヤーとは言えないものの、その実力まで否定する事は出来ない。 圧倒的なテクニックは、「世界的」という冠に恥じぬものだと思う。
ではなぜ、「世界的トランペッター」は世田谷区の普通の中学生のため、ここまで情熱を傾けてきたのか。 売名の必要などむろん無く、だいたいそんなコンサート毎年やっていたなんて、今回の報道がなければ誰も知らなかったはずだ。

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74歳と老境に入った日野が、恐らくは彼の奥底の思いから次世代に繋ごうとする行為を、表に現れた上澄みだけをもって批判する輩に対し、怒りの念を禁じ得ない。 どうでもいい話をここまで大仰に報道し、来年も世田谷区は同じ催しを続けられるのか、「世界的トランペッター」は要請があったとして請けるのか、暗澹たる気持ちになる。 日野照正から躾られるはずであった子供たちのチャンスを、商業主義一辺倒の軽薄報道と、暴力=悪のマニュアル人間たちによって踏みにじられるとすれば、こちらの“暴力”行為こそ、取り返しのつかない愚行である。 キミたち、恥を知れ。 真剣に向き合うほどに、相手が子供だろうと、手加減抜きに腹を建てる情熱こそが「世界的トランペッター」を支えるものであろうし、そうした場に立ち会えた僥倖こそ、世の親であれば感謝しなければならないはずだ。 怒ることを忘れ、ミサイルを撃たれればおろおろするばかりの国民性こそ、ますます相手をつけ上がらせ、さらに攻撃をエスカレートさせる態度とは思わないか。 もっと僕たちは、肚の底から怒りを募らせるべき時だ。 やる気なら、相手になるぞ。 その代わり一度抜いた刀はお前を仕留めるまで、鞘に戻ることはないからな。 その殺るか殺られるかの覚悟があって初めて、「平和主義者」言うところの対話の可能性も生まれるんじゃないのか。

最後に、ふだん何気なく使っている“漢字”も、なるほど“漢”(紀元前206年 –~紀元後220年までの王朝)の“字”であったかと、恥ずかしながら生まれて初めて理解した。 2000年前に日本に伝わってきた漢字は50000字以上あると言われているが、そのうち2600字は日本でつくられた“国字”だそうだ。 「鱚(きす)」、「鰯(いわし)」、「鱈(たら)」、「鰤(ぶり)」、「鯰(なまず)」、「鮃(ひらめ)」、「鰰(はたはた)」、「鮑(あわび)」、「鮹(たこ)」。 なるほど、魚は日本の食文化だものね。

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メディアの断末魔

北の隣国で、核搭載可能なICBM(大陸間弾道ミサイル)が完成間近と騒がれる。 そもそも10数年も前から、日本全土に着弾可能な中距離弾道ミサイル「ノドン」が実用化・配備されているのに関わらずだ。 今回のメディア報道は、北の核武装が最終段階にあることと、米朝の緊張が最大限に高まっている事態を示すにすぎず、国防の観点からすれば、今さら感は否めない。

北がその気になって攻撃すれば、今すぐにでも日本は終わるか、最低でも壊滅的な被害をこうむる、それが厳然たる事実だ。 アメリカの意志や中国の出方が云々といった他国の都合ばかりでなく、僕たちが生活するこの国土をどう守り、そのために何を覚悟しなければならないか、そういった視点で物事を論じる者が、メジャーなメディアで皆無に等しい。 今もなく、10数年前にもなく、もしかしたら戦後70年間、僕たちが持たずに過ごして来た、それは“覚悟”かもしれない。

では日本側の迎撃態勢は万全かというに、もちろん敵方に正確な情報を与えるわけにいかない国家機密であっても、100%防御可能を言い切る専門家は皆無だ。
1発なら90%前後とされる迎撃精度も、発射場所が移動式となって直前までつかみにくく、しかも3発同時に打ってくるという演習まで、相手国は成功させている。 もし日本への攻撃が現実となれば、再び核被爆国となる惨状は避けがたい。

5月の記念日に合わせ、安倍首相が憲法の一部修正・もしくは加憲に言及したのも、こうした危機的状況を前にした現実的アプローチであったろう。
憲法9条1項と2項を維持しながら自衛隊の存在を明記するとした今回の案は、9条に「国防軍」の保持を明記する自民の改憲草案(2012年策定)から、大きく後退したようにみえる。 新たな改憲案は「(12年草案と)違うので、批判もあると思うが、それを受け止めながら結果を出したい。 いかに苦しくても(党を)まとめあげる決意だ」と、国のリーダーは真摯に訴えた。

そこから、何が始まったか。 マスメディアによる、あまりに露骨な倒閣運動である。 とくにテレビ局の総攻撃には、目を覆うものがあった。

1月に接触事故があり、首と腰にダメージを負った僕の配偶者は、家で横になってテレビをつける時間が必然的に多くなった。 その彼女がしきりと、安倍政権批判を口にする。 つど僕がそれを否定し、口論となる。
それもあながち、無理な話と思えない。 安倍首相(および周辺関係者)に対する思い込み・ねつ造を、情報弱者でありながら発言力だけはやたらと大きいタレントに語らせるワイドショーの手法、言動の切り貼りによる印象操作は、実に徹底している。 たちが悪いのは独裁国家のように、報道など鵜呑みにしないという国民の常識がないため、流される情報がすべて真実であるかのごとく、受け止められてしまうことだ。

大局から観れば、日本を不安定化させて喜ぶのは誰か、一目瞭然のはずだ。 しかし何故か、日本を貶めることに必死な人達が少なくない。

1970年代、三菱重工爆破事件・連続企業爆破事件などのテロを連続させた東アジア反日武装戦線に、「反日亡国論」という思想がある。

teroprm1505210008-p1_201705241045317f3日本という国は、明治帝国主義による朝鮮侵略・琉球侵略・アイヌ侵略など、建国以来、侵略・虐殺の歴史を繰り返してきた。 その遺伝子を受け継ぐ現代のあらゆる日本人は、恥さらしで醜悪な犯罪者である。 よって日本という史跡そのものを解体しなくては、根本的な解決に至らない。 過去を完璧に消し去れば、我々はやっと償いを終えて、他国からの赦しを得られるだろう。 そのためには、建国以来の日本的・大和的なもの、及びそれに連なる一切の伝統文化・風習・民族、そしてアイデンティティを根絶やしにするしかない。 道理を重んずるのであれば、むしろ非国民たるべきだし、反日売国奴と呼ばれることに誇りを持つべきである。

日本を愛するがゆえに、根本から日本を否定し、イチから再生すべしというのが彼らの主張である。 アホらしいと、あなたは一笑されるかもしれない。 しかし、こうした極端な思想を持つ人物が国を掌握した悪夢のような現実を、現代史は示している。

1976年かphoto_4ら1979年、カンボジアを支配したポル=ポト政権では、原始共産制の実現のため通貨を廃止し、学校教育の否定などからおびただしい犠牲者を出した。 旧勢力や帝国主義勢力のスパイから防衛するという口実で、暴力的な排除を正当化する。 原始共産主義に害をなす存在として、医師や教育者など知識人層が皆殺しにされる。 カンボジアは完全な監視社会となり、洗脳を受けた子供たちは、だんらんの場で一言愚痴をこぼしたと親を密告し、自らも肉親の処刑に加わるという悲劇まで繰り返された。 何の罪もなく無抵抗な同じ民族を、100万人単位で拷問・虐殺したと記録にある。 言語に絶する行いは、理想の国家を築こうとする独裁者の迷妄から生まれたものだ。 過去をリセットし、理想の国家を打ち立てる。 それはまさに、(彼ら言うところの)中国三千年の歴史でもある。 暴力革命を実現した、全ての国家の理念でもある。

集約された権力は、当然の帰結として歯止めを失う。 正論・反対を唱えるものは即粛清される。 肚でどう思おうが表面上はイエスマンに徹しなければ、やはり命を取られる。 「ボス、それやばいっすよ」などの忠告は、一切ご法度の社会にならざるを得ない。

安倍首相をヒトラーになぞらえ、堂々と街宣して回れる今の日本は、その対極にある。 なんという自由な、もしかすると自由に過ぎてかつ無責任に過ぎる国だろうか。 アベノミクス効果によって株価は2万円台を維持し、若者が就職氷河期に苦しんだのもいつの話しか深刻な人手不足へと転じ、経済的な努力を評価されて然るべき政権が、本当は問題でもなんでもない加計や森友といった事象で追い込まれているのは、もしかして「反日亡国論」が功を奏しているのではあるまいかと、疑ってしまいたくもなる。 日本の総理大臣ほど報われない職業はないと、有本香さんがおっしゃっていた。

では僕たちは、NHKや朝日新聞に代表されるマスメディアによって、「反日亡国」一色に洗脳された危機的な時代を生きているのだろか。 もちろん今が、国難というに値する環境にあるのは事実かもしれない。 では、昔の日本においてどうであったか。

img_1批評家・江藤淳は、最大の国難の時代を戦後ではなく、江戸末期から明治初期に見出す。 開国によって、民心は二分された。 「攘夷的保守論」に代表される閉ざされたナショナリズムと、窓を世界に開きながらあやまりなく自己実現をしていこうとする開国的ナショナリズムである。
その過程にあって、江藤はややもすれば歴史の中に埋もれがちな徳川慶喜を高く評価する。 同時に勝海舟こそ、危機回避のため当時最良のインテリジェンス(外国の軍事・政治・経済に関する情報を収集する能力)であり、今の時代の手本になるとも説いている。 1960年代に記された彼の批評は、まるで今を示しているかのごとく正鵠を射ている。

私どもがやらなければならないことに、景気の良いことは何もない。 たいへん地味なことばかりである。 しかしその地味なことを着実に実行していくために、どれほどの強い信念と知力、どれほど大きな胆力が必要であるか(二つのナショナリズム)

平和とは戦争回避の国利に根ざした努力の継続にほかならず、民主主義とはそれを否定する要素を内包することによってはじめて成立する体制だというのである。 人が生きるとは、善のみならず悪をもおかしつつ生きるということである。 それがどうして国家についても真実でないことがあろうか(新しい国体)

ただ、憲法が一切を変えてしまうということはありえず、平和は戦争の回避でしかないという事実をみとめるだけである。 そして、そういう事実に対してできるだけ虚心にならなければ、― 知識人の信奉してきた仮構ではなく、希望的観測を去ってものごとの有様を一旦眺めつくさなければ、政治的な実行についてなにもはじまるわけはないというのである。
「戦後」という仮構をとり去ってみるがいい。 日本を支えてきたものが実際家たちの努力で、それを危機に追いやったのが理想家の幻想であったという一本の筋が今日にまでつながっているのが見えるであろう。 そしてこの実際家のひとりひとりが、どれほどの不幸に耐えて来ているかということが見えるであろう。(中略)
ものの役に立つ思想などという既製品がそこらへんにごろごろしているはずはない。 自分の眼で見たことを自分でいう以外に思想に役の立ち方などありはしない。 権力と思想、道徳の野合はもう沢山である(“戦後”知識人の破産)

いまから50年以上も昔、実際家(=国を動かす人達)の地道な努力と常なる不幸を予見し、ものの役に立たない思想を振りかざし国を危機に追い込む理想家(=メディア・権威主義的学者・左派政党)の破たんを説いた江藤の批評は、古びるどころか、ますますリアリティをもって読み手に迫ってくる。

明治維新から今日に至るまで、何度と訪れた国家の危機を回避してこられたのは、報われること少ない実際家の行動によってのみである。 僕たちはその本質的な努力の結実のみを注視し、理想家の耳障りよく平易で虚ろな言葉に、決して心乱されてはならない。 腐敗したマスメディアなど、“もう沢山である”。

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茶いろの鞄

万葉集に、恋は「孤悲」、若しくは「故非」と記される。

目の前にない、人や事物を慕わしく思うこと。 心ひかれ、それを自分のそばにおきたいと思うこと。 自分の求める人や事物が自分の手中にある時は『恋』の思いとならず、手中にしたいという思いのかなえられず、強くそれを願う気持ちが恋なのである(旺文社 『古語辞典』)

「孤悲」とは弧り悲しむこと、「故非」すなわち、古き(故)はすでに非ず(過去)と、取り戻すこと敵わない恋を万葉びとは歌に詠んだ。 あまりにありふれた私的嘆きを、はかなき人の世に照らし、風雅を感じさせずにおかぬ歌の高みにまで昇華したと言って良い。
それは、7世紀から8世紀にかけて編まれた現存する最古の和歌集であり、僕たち日本人の文明は、闘争や収奪・勝利の凱歌でなく、夕暮れ澄み渡る秋の茜ほどに切ない、抒情歌によって開かれたわけだ。

太田裕美の「茶いろの鞄」もまた、いにしえより歌い継がれる万葉びとの、「孤悲」と「故非」とのつつましき系譜だ。

路面電車でガタゴト走り 橋を渡れば校庭がある

のばした髪に帽子をのせた あいつの影がねえ見えるようだわ

人は誰でも振り返るのよ 机の奥の茶色の鞄

埃をそっと指でぬぐうと よみがえるのよ 懐しい日々

「赤いハイヒール」のB面に入っていた曲。 A面がヒットを最優先に作られるのだとすれば、B面は、歌い手の人品がより表に現れやすい選曲だったように思う。
冒頭、フルートの、少し強めにコントロールされたソロが吹かれだすと、主人公である彼女の想いは、過去へといざなわれていく。 少女だった昔、通った校舎。 そうして佇めば、“あいつ”の影が現れる。 “のばした髪に帽子”の出で立ちが、特定のある時代をしのばせながら、「故非」が彼女を包み始める。

学生服に煙草かくして 代返させてサボったあいつ

人間らしく生きたいんだと 私にだけは ねえやさしかったわ

もう帰らない遠い日なのに あの日のままね茶色の鞄

大人になって変わる私を 恥ずかしいよな気持にさせる

“人間らしく生きたい”と、未熟な“あいつ”が口にする。 かつての少女は男に優しさを見出し、しかし今は“大人になって変わる”自分に羞恥を覚える。 時代は移り、人は変わる。 茶色の鞄だけが時の流れの外にいて、主人公の「孤悲」をひときわに募らせる。 そうして間奏のストリングが堰を切ったように溢れ出し、多感な中学生の聴き手を、“あいつ”と少女が過ごした過去へ、瞬時に連れ去ったのだ。 この短いIntermezzoは、聴くつど変わらず胸を騒がせ、想いを焦がす。

運ぶ夢などもう何もない 中は空っぽ茶色の鞄

誰も自分の倖せはかる ものさしなんて持ってなかった

誰かが描いた相合傘を 黒板消しでおこって拭いた

あいつも今は色褪せてゆく 写真の中で ねえ逢えるだけなの

C6JeY4lVMAENXdxこれはしかし、あまりに個人的な少年時代の経験であって、不朽の一曲などと、胸を張ってお勧めしたい音楽ではない。 掛け替えのない宝のような響きは、茶色の鞄と同様に、“あの日のまま”僕の裡にだけあるのだ。

あなたには、そのような一曲があるだろうか。 いにしえからの遠きこだまは、誰のなかにもおぼろに響き、その時代時代の歌に、形は変えても継がれ続ける気がしてならない。 それとも、万葉の系譜がついに絶えてしまった時代を、僕らは生きているのだろうか。

裕美ちゃんのスキャットは、いつしか虚空へと消えて行く。 戻らぬ「故非」のエコーは今も、日本の僕らの裡にしっかりと響いているだろうか。

 

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赤いハイヒール

世にCDが出回る以前だからもう40年も昔、「無人島にもって行く一枚」という企画が流行った。 LPレコードの時代である。
再生装置があって電気は通じているのに、何故かレコードは一枚しか持っていけないという設定だ。

「レコードコレクターズ」とか「ジャズ批評」だけじゃなく、少年誌・週刊誌に至るまで特集が組まれていた気がする。 クラシック、ジャズに始まり、ロックも歌謡曲も、有名無名の書き手が「それしか聴けない」という究極の条件に相応しい一枚を選んでいた。 想像する側・読み手側ともに、そのシチュエーションを大いに楽しんだはずだ。

たった一枚しか聴けない前提と、まったく音楽がない状態の間には、どれほどの差があるのか。 聴けないと最初から諦めるより、一枚だけを聴き続ける方が、かえって渇望を募らせたりはしまいか。

だから、なまじ再生装置など不要である。 無人島で音楽は聴かないと、まずは腹をくくる。 そうはいっても絶対に、100%、持参しなかったことを後悔するのはわかっているけれど。
でも、レコードは持っていくつもりだ。 CDじゃなくて、ましてノート・パソコンに1テラバイトのハードディスクでは明らかに反則だし(それだとオーディオ装置が欲しくなるし)、ドーナツ盤と呼ばれたシングル・レコードにする。 A面1曲・B面1曲しか入っていない、これこそは究極の一枚となる。

太田裕美の「赤いハイヒール」。 確認すれば1976年6月1日のリリースとあり、中学二年生だった当時の記憶と、ピタリ合う。

「イトー・ミュージック」は京成「大久保駅」から商店街の通りを、数分歩いたところにあった。 高価なレコードを買うなど年に数えるほどもない当時の僕は、次の一枚を吟味しようと週の半分ほどを、夕時の「イトー・ミュージック」まで通った。

images腰ほどの高さに並んだレコードを、一枚一枚引き上げてはジャケットを見つめ、帯にある謳い文句と共に中身を想像していく。 レコードはずっしり重くて大きくて、加えて独特の匂いもあって、実在感ある表紙を眺めるその行為だけで、幸せな気分に満たされた。
中学校生活は最悪だったが、多分、それは今も昔も変わらないだろう。 街にレコード屋があって、当時の流行歌があちらこちらから流れていて、惣菜屋・八百屋・肉屋・花屋の匂いが混然と通りを満たしていたあの時代。 本屋で文庫本を開けば、角川には角川の、新潮には新潮の、創元推理文庫には創元社なりの、出版社特有の紙の薫りがあった。 無味無臭の今では決して味わえない、生活に密着したところに文化が息づいていたのだ。 限られた情報はすべて紙媒体で、世界はまだ見ぬ不思議に溢れていた。

その時代に、戻りたいと言うのではない。 取り戻せない過去があり、取り返しのつかない今があるという、認識を持っているに過ぎない。

少年がいつものようにレコードを漁っていたその日、とつぜん女声の澄んだファルセットが店内を包んだ。 サーと、心地よい風が全身を吹き抜ける。 そして音楽が、体の深いところにまで浸み渡っていくのを感じた。
レジ横に据えられたレコード・プレーヤー手前の「NOW PLAYING」に、レコードジャケットが立てかけられている。 それが、「赤いハイヒール」。

前年の冬リリースされた太田裕美「木綿のハンカチーフ」は、「およげ!たいやきくん」「北の宿から」に次ぐ大ヒットとなった。 それでもビートルズ、ディープ・パープルなど洋楽一辺倒だった当時の少年にとって、興味の外にあったらしい。 初めて耳にしたこの世のものと思えぬ声に吸い寄せられ、足がレジへと向かう。 そこで出会ったのはどこか大人びて、一方で少女の面影残す裕美ちゃんのポートレート。 瞬間、恋に落ちた。 少年はそれを自分に向けて、容易に認めはしなかったけれど。

では、その場で「赤いハイヒール」を購入したかといえばさにあらず。 しばらく間が空いた記憶がある。 その日は何も買わず帰宅し、600円のシングルを買うか否か、悶々とする時間を過ごした。 全ては少年の、自意識過剰さのゆえである。 洋楽は世界的に認知された音楽であるのに対し、島国の、しかもアイドルの音楽なんて聴いてイイのだろうか、本当に悩んだのだ。 結局、裕美ちゃんの圧倒的な魅力に抗う事は出来なかったが。

数日後レコードを購入し、足早に帰宅すると自室のドアを閉め、興奮に指を震わせながら針を落とす。 彼女のアカペラに始まるこの編曲は、今聴いても新鮮に響くはずだ。

「擦り切れるまでレコードを聴いた」「ワカメ状になるまでカセットを繰り返した」 当時の人達は、夢中になって音楽を聴いた経験をそのように表現している。 僕もそうだった。 何度聴いても、飽きると言う事がなかった。 昔の自分が羨ましいくらい、音楽に集中できた。

正直言って「赤いハイヒール」は、前作「木綿のハンカチーフ」の二匹目のどじょうである。 男女の対話に物語がつづられる斬新な展開(絶頂期の松本隆!)は、そのまま本作にも継承されている。 ヒットする要素だけなら前作の方が間違いなくあるし、今でも太田裕美の代名詞と言えば、「木綿のハンカチーフ」である。

「木綿のハンカチーフ」では都会に出ていく男と故郷に残る女との対話が歌われるのに対し、「赤いハイヒール」で地方から上京するのは女の方であり、故郷に連れ帰ろうとするのが男となる。 前作が離別を描くのに対し、本作は未来の幸せを予感させて終わる。 「木綿のハンカチーフ」が素朴な地方を連想させるタイトルであるのと対照的に、「赤いハイヒール」というタイトルからは先進のファッションであったり、工場における大量生産だったりを連想させる。 いずれにしろ、どちらも傑出した詞の世界である。

では、曲の方はどうだろう。 こちらも不世出の大作曲家、筒美京平の手になる。 松本・筒美コンビと言えば、世評に高いのは松田聖子一連のヒット曲だが、太田裕美の時代こそ絶頂であったと、僕個人は断じてしまう。 「赤いスイトピー」はいつか枯れるが、「赤いハイヒール」の色鮮やかなエナメルは、永く輝きを失わないだろうから。

「木綿のハンカチーフ」では、一貫して長調が保たれる。 明るい曲調が却って、愛の喪失の大きさを浮き彫りにする。 スゴイ。 今も聴き継がれるにふさわしい傑作だ。

「赤いハイヒール」では、女の独白が短調、男が女に心の回復を呼びかけるとき長調に転ずる。 単純だが、その効果は絶大。 都会の中で自分を見失い、諦観のうちに日々を送る女に、「ぼくと帰ろう」と男が唄う。  「緑の草原 裸足になろうよ」と。

東京駅、ハイヒール、アランドロン、マニュキア、タイプライター。 資本主義を象徴する単語の羅列が続いた最後に、「緑の草原」がとつじょ現れる。 「裸足になろうよ」とは、虚飾の象徴であるハイヒールを脱ぎ、心を開放すれば「倖せ それでつかめるだろう」との思いからだろうか。

何たる楽観主義、何たるせつなさ。 女からのアンサーはなく、曲は閉じられる。 そう、女の側は自らと現実のみを見つめる事に終始し、男の祈りにも似た愛は、おそらく報われることなく終わったのだ。 この、巧妙に仕組まれ隠された悲劇。 行き着くところまで行かずにはすまない人間の性は、自然への回帰という祈りを理解しない。 「死ぬまで踊るあゝ赤い靴 いちどはいたらもう止まらない 誰か救けて赤いハイヒール」

戦争の危機を、これまでにないほど肌身に感じさせる今という時代に、不可逆性の、進化と優位性への希求という意味において、両者は繋がっている。 動き始めた悲劇は、「もう止まらない」のかもしれない。

女が「ふるさと行きC6JeY4lVMAENXdxの切符を買う」ことはなく、男がひとり「緑の草原」を「裸足に」なることもなかったはず。 長調で締めくくられるのは「木綿のハンカチーフ」の踏襲のようでいて、より深き所からの哀しみが、聴く者の心を震わせるのだ。

ところで僕が無人島に「赤いハイヒール」を持っていくのは、A面ではなく、B面ゆえなのだ。 聴くすべのないレコードをわざわざ持っていくのも、B面を知ってしまったからこそである。 たぶん次回、そのことについて書く。 太田裕美について書きだしたら、「もう止まらない」かもしれない。

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国家の軸ってどこにあるの

おとなり韓国を「法治国家」でなく、「情治国家」だと定義する人がいる。 法よりもその時どきの国民感情が上位にあって、社会的影響力大の裁判判決も左右してしまうためだ。

法令の効力が現実化するのはその施行後であって、過去の出来事には適用されない。 これを法の不遡及(ふそきゅう)と呼ぶ。
考えてみれば当たり前の話で、法の制定後、さかのぼって全ての対象者が罰せられるとなれば、30数年前に会社勤めだった今のおジイちゃん達の大半は、当時のOLさんからセクハラで訴えられかねなくなる(ちなみにOL=オフィス・レディは、今や放送禁止用語)。
セクシュアル・ハラスメントの定義を簡単に言えば、「相手が不快に感じる性的な言動」となるためだ。

41T22K6161Lこの定義に従えば、肩に手を置き「おはよう」程度の挨拶も対象になるし、「髪切った?失恋でもしたのか」などと揶揄するのは御法度、パソコンのスクリーンセイバーに黒木香のわき毛画像(古い?パティ・スミスならOKかも)を使用するのだって微妙だろう。

男からすれば親愛の情を示す行為も、受け手に不快と判断され訴えられでもすれば、まず勝ち目はない。

しかし男の側からすれば、性的ジョークの一つうっかり言えない人生などクリープを入れないコーヒーのようなもので、と思っていたら最近、20代男子数名と会話する機会があって、「彼女つくると自分の時間がなくなって面倒くさいっすよ」などとマジで口にするのが出現して、男から見た“弱者的立場”にある女性に配慮するあまり、本来の“男”の特性が薄められてきてるんじゃないかと、危惧をするのである。
「人非人、キチガイ、毛唐、おとしまえ」みんな放送禁止用語である。 いま「かたわ」を漢字変換しようとしたら、「片輪」の文字が出てこないのにはびっくりした。 もう死語化しているのである。
言葉の一つひとつには相応の歴史と理由があって、存在をするものだ。 特定の人が傷つくからと、根底にある差別意識にはまったく手を付けず言葉だけを消してしまった今の社会にあって、障害者施設で大量殺人が起こったのは昨年の話だ。 犯人の意識に沈殿していった選別思想と、“ある”ものをまるで存在しないが如く振る舞うこうした風潮とが、無関係とも思えない。
モーツァルト至上の音楽が、「ウンコ、ゲロ」など日常会話に連発する幼児のごとき感性から生み出されたものであるのを、忘れるべきではない。 上品な人から上品な芸術が生み出されるわけでは、決してないのだ。 天賦の才は規制のない所にあって初めて、限りなき翼を広げるのだ。 過度の規制は人の可能性を狭め、一方で危険な思考を冗長する、デメリットを有している気がしてならない。

話しを元に戻せば、法の不遡及(ふそきゅう)こそは人類のスタンダードのはずだが、韓国では2005年、「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法(通称『反日法』)」が制定されている。
大韓民国大統領直属の国家機関が、親日反民族行為者財産調査委員会を設置し、親日であった反民族行為者の財産を選定して国家に帰属するというのだ。 同年には、「親日人名事典編纂委員会」により「親日人士」3090人の名簿も発表されている。 1904年の日露戦争開戦から1945年の光復(解放)までに、親日反民族行為者が取得した財産は、親日行為の代価として得たものであり、国家が還収することは憲法に反しないという憲法裁判所の決定も下されている。  こうした遡及立法が、まかり通る国なのだ。

日本に置き換えれば、かつて北朝鮮を「地上の楽園」と喧伝し、多くの日本人妻を欺き彼の地へと送り込んだ旧社会党の皆様、戦前は軍国主義を礼賛・戦後は一転して反日報道に明け暮れる朝日新聞・毎日新聞のお歴々を、遡及立法によって処罰するようなものである。 それはそれで心情的には大へん是であるが、同時に到底許されるものでない事も、「法治国家」に生きる僕たちにとって自明の理である。

しかしやっぱ日本も「情治国家」、っていうかその要素は多分にあるんじゃね?と思わせられたのが、最近だと今村復興相の失言辞任劇である。
4月4日、前振りとなった記者会見がある。 東京電力福島第1原発事故に伴う自主避難者への対応を巡り、質問をしたフリージャーナリストに対し、「出て行きなさい」「うるさい」などと述べたうえで、会見を打ち切って退室する映像がテレビで流され続けた。
記者からの「大臣自身が実情を知らないのでは」との問いに「(避難先からの帰還を)どうするかは本人の責任、判断だ」と応じ、「なぜ帰れないか、とかの実情を大臣自身がご存知ないからではないか?それを人のせいにするのは、僕は…」と畳み掛けられ、キレてしまったという。
ここだけを切り取り、「こんな人が復興相でいいんでょうか」的な発言がコメンテーターから繰り返されると、いかにも困った大臣と映る仕6e4ccb69掛けだ。
しかしこのやり取りの全文を見ると(ネットで見れます)、記者の側にも悪意と言うか底意のあることがわかって、要は千葉や群馬から自主避難した人たちまでを含め、支援を止めると路頭に迷うと挑発しているのだ。 この理屈でいけば、日本にはもはや安全な場所はなく、海外に移住するから援助せよと言っても通る話になってしまう。 科学的に安全と根拠が示されて、まして「県外」の自主避難者にまで援助を続けろとはあまりに論理の飛躍であり、国にその財政的余裕のあるはずもない。
かわいそうに、大臣というマスコミにとって悪の役回りと、人相に険があるのが格好の標的となって、ボコボコに叩かれ陳謝するに至った。 その根底にあるのは“権力”を監視することではなく、叩くことこそ正義と勘違いしている報道姿勢だろう。

そして25日、二度目の致命的な失言が報道される。 所属する二階派のパーティーの講演で、「社会資本の毀損もいろいろな勘定の仕方があるが、25兆円という数字もあります。 これがまだ東北であっちの方だったからよかった。 首都圏に近かったりすると莫大な被害があったと思う」と述べたのだ。

言葉が命の政治家の発言として、軽いことは否めない。 大変な失言であるのは間違いなく、この人をかばいたい気持ちなど起こらない。
ただ、文脈を素直にたどれば、首都圏より東北の人命が軽いとは読めない。 東北を軽んじているわけでは決してなく、国という大きな単位で見た時、経済的被害が限定的であるほど復興も進みやすい、そのような解釈は善意に過ぎるかもしれないが、復興相の心情としては自然であろう。 全てを政治的利用の素材としか見ない、トランプさんやプーチンさんのような超一級の悪党に、今村さんはとても見えない。

事の本質はそこにない。 大臣の性格が仮に習近平さんやエルドゥアンさんそっくりだったとしても、ある意味それってスゴイが、就任期間中に復興のため何を達成したかが最初に問われるべきだ。 どんなにねじまがった根性の主であっても、今村大臣がリーダーシップを発揮し復興が大きく前進したのなら、あるいはこれからでもその成果が結実する見込みがあるのであれば、そっちの評価こそ最優先されるべきだろう。

例によって報道は、今回は珍しくネットを含め、「許されない失言」ばかりクローズアップされ51JcxPzRCdL._SX350_BO1,204,203,200_ていた。 大臣が代われば、後任はまたイチからのスタートになる。 これって、被災地の関係者にとって最大の不幸じゃなかろうか。 人の短所の一点のみをたたき、次々と担当者が代わっていくのでは迅速な復興は望めない。 大臣もまた時を重ね育っていく存在であることは、今の国のトップを見ればよくわかるだろう。 人は失敗から学びそれをバネに成長するのだとしたら、一度の失敗にある程度まで寛容であることが求められるはず。 たたくほどに、政治家もメディアも僕たちも小ぶりになっていき、スケール大きな発想をする人間は生まれにくくなっていく。 この深刻な人手不足、解消してくれるメガトン級のアイデア、どなたか出してほしいんですけどね。

そういえば復興相の初代は民主党政権下だったけど、あの人の発言だけは失言じゃなくて、人間のクズだったなぁ。 「オレ九州の人間だから東北の何市がどこの県とか分からない(笑)」。 さすがにこれは、復興大臣にしちゃいかんよな。 当時の総理大臣も、違う意味で歴史に名を残しそうだけど。

※音楽の再生に関しては、うまく軌道修正できれば次回報告します。 ちょっと文字にするのは難しくて、止まっちゃってるんですが。

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苦悩の道楽 快楽の音楽

珍しく連れ合いの方から、浜松駅近くにあるジャズ喫茶に行きたいと言ってきた。 契約農家から直送されるコーヒー豆、高級メーカー中心にあつらえられた調度品、2千万円近くするというオーディオ・セットと、オーナーの強いこだわりを感じさせる店らしい。 テレビの情報番組で見たそうだ。

僕の奥さんは2ヶ月ほど前、パートで通うこども園の通勤途上、後続車に追突された。 それから今に至るまで、小刻みに指が震え腰から下に力が入らず、仕事はおろか家事もままならない事情とあって、気分転換したくなったようだ。 事故からひと月以上経ってようやく実施されたMRI検査の結果、首と腰のヘルニアが確認されている。 娘が名古屋に出張中だったこともあり、久しぶりに週末、家を空けた。

その店に入avantgarde_01るなり「あ、これはダメだ」と、すぐに“わかる”。
世界最大規模と称されるスピーカー群(確かに、かつて見たことがないほどデカイ)からは、ビル・エヴァンス・トリオの「At The Montreux Jazz Festival」が流れている。 1968年、モントルー・ジャズ・フェスティバルでのライブ盤。 ちょうどドラムがポール・モチアンからマーティ・モレルへの端境期にあたり、ここではジャック・デジョネットが、エヴァンスの膨大な録音にあって例外的に叩いている。
この人、もともとの音がうるさいところにCD独特のドンシャリ(高音域と低音域が強調されて、中音域があまり聞こえない音)がさらに質感・重量感を損ない、僕もずいぶん以前に買ったものの、ほとんど聴かずにきた作品である。

逆を申せば、デジョネットのハイハットを音楽的に堪能できるほどの装置であれば、さすが2千万円と感心もするだろう。 しかし、そうはならない。

店内は結構、デカイ音である。 右手にカウンター、左手前に4人掛け2セットと2人掛け1セット、その奥の壁にはLPレコードが並び、アンプ・プレーヤー類もこの場所に収められている。 アンプは日本の、値段が高いので有名なA社の製品。 マニア垂涎の品である。 アナログ・プレーヤーは真鍮削り出しのベルト・ドライブ、カートリッジはそれこそ、今じゃ珍しいMC型。
最大のウリはスピーカー。  店の奥に進むと、数段降りたところからが本格的な観賞スペースで、昔の名曲喫茶のような吹き抜け構造に、巨大な音響装置が鎮座ましましている。

テレビの影響あったか単に週末だからか、広い店内は20名以上の客でにぎわい、オーダーの途切れる気配がない。 どでかいスピーカーの1列目で腕を組み、目を閉じうなだれ、音楽と対峙するオジサンの姿を認めてちょっと嬉しい。 心は永遠の少年! そういうワタシも、家じゃこうして聴いてるんだけどね。

音が、うるさい。 ちょと聴きにはキレイで、透明度ある澄んだ湖の底を見通すが如く聞こえるし、“高い”音だとは思う。 このCDには実はこれだけの情報量が詰まっているんですよぉ~って自慢されているようで、ウザったくもある。

51PNLAcEEvL._SX349_BO1,204,203,200_“高い”値段なりの“高い”分解能なんだろうけど、音楽になっていないのが致命傷だ。 このシステムでいくら聴いても、音楽はわからない。 デジョネットのドラムスはうるさいんだけど遠くにあって、たとえばロマンスカーのように静かな車両のはるか後方で酔っぱらいが一人騒いでると意味不明な言葉の羅列が何かとうるさいでしょ、あんな感じ。

音はどこまでも他人事として鳴っているに過ぎず、今この場で音楽が再創造されていくのを追体験するなど、出来ぬ相談だ。
高価な装置と太いケーブルを伝ってきた落ちのない正確な情報だから、ほら、こんなにも見事な音になるでしょと、まるでショールームに陳列される商品のような味気なさ、白々しさがある。 あぁ、思い出した。 三島由紀夫の「音楽」が、この感覚に近いかもしれない。 不感症の美女が主人公の、昭和39年発表の名作である。

けっきょく再生装置の基準は値段が高い・安いじゃなくて、音楽がわかる・わからないの2つしかないのだと、つくづく実感させられた。 オーディオは、音楽を忠実に再現することを目的としたものだ。 今さら言うまでもない、自明の理である。 でも、見た目に左右され本質を見誤るのもまた、世の常なのだ。 こんなに金をかけた装置が、悪い音のわけがない。 強い思いこみは味気ない日常を瞬時バラ色にしても、三日経てばアラが目につき始め、ひと月経てば欲求不満ばかりを募らせる。 ここのオーナー、ぜ~ったいフラストレーションの塊りに違いなく、地元メディアや素人さんからいくら称賛されようと、飢餓は増すばかりとみた。 それは“音楽”の再現に意識が向かうのでなく、“音”を金で解決しようとした報いと言えるかもしれない。

ビル・エヴァンスはCDだったし、レコードならもう少しイイ音で聴けるかな… つぶやけば何かLPをリクエストしてみろと、横から催促を受ける。 ジュゼッピ・ローガン「The Giuseppi Logan Quartet」あたりが頭をよぎるが、分別ある成熟した大人の僕は、アート・ペッパーのストリングスものをリクエストする。 どうせESPなんてレーベル、この店にあるはずもないしさ。

「Our Song」。 晩年に、新たな妻との出会いに束の間の平安を見出したペッパーのアルト・サックスが、安堵や諦観と共にどこまでも物悲しく、僕の変わらぬ愛聴盤だ。 この、奏者が不用意にもらしたため息のような、同時に何があろうと吹き続けなければならない業を背負った表現者の凄みまでが伝わらなければ、出来の悪いムード音楽に堕してしまう際どい1曲。

ボツボツと、レコード特有の針音が店内に響く。 ダメだ。 この音だけで、後を聴く必要はないと知る。 絶望的に悪い。 これなら、CDの方がマシかもしれない。

リクエストした手前、鑑賞シートに移動して聴くフルをする。 風呂上りにカゴメトマトジュースを飲む渡哲也のように、心の襞まで沁みるはずの音楽が、頭の上を、ただ通り過ぎていく。

LPの片面が終了したb0199170_16324979。 もう出よう、相手を促す。 悪いけど、コーヒーもさして旨くなかったしな。 イスとかテーブルの価値はよく分からないけど、居心地だってそんなに好いとも思えないぞ。

「ここのオーナー、うちの音聴いたら自殺したくなるんじゃないか」。 僕がそう言うと、いぶかしげな視線が返って来た。 何を大げさなとでも、言いたげな目つきだ。 百聞は一見にしかず、帰ったらさっそくお聴かせしましょう。 “わかる”音がどんなものであるのか、この店のペッパーのアルトを、耳にしっかり記録しておいてくださいね。

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