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続・パッとしたチョホーマンス

仕事や家庭、自分のために、命を懸けた経験なんて僕にはない。 命を賭してまで守りたい、ポリシーもない。
不幸なのか幸いであったかわからないが、もうすぐ56年になる人生を、そこまでせっぱつまることなく過ごしてきた。

今後、このまま平穏に人生が終わる保証などあるはずがない。 それを望んでいるとも、言いきれない。
だからと今さら死ぬほど大変な思いをしたいなどと、言うつもりもない。
せっかく一度の人生なのだから、様々な喜怒哀楽を味わってみたい、とは思う。

その際、質は重要である。
「オレは仕事に命を懸けてるんだぁ~!」などとお手軽にキレる御仁を相手にしても、ひたすら不快で浅薄な感情しか残さない。
どうせならもっとどす黒い、hato権謀術数・奸智術策の渦中に投げ込まれるとか、そこにおいては一方的な被害者の立場じゃなくて、手練れの連中相手に知力の限りを尽くし、真っ向勝負を仕掛けてみたいものだ。 ちょうど迫りくる米朝会談に向けて繰り広げられる、壮絶な駆け引きのように。 ま、僕如きが、百戦錬磨の知恵者と対決などとは、想像するにもおこがましい限りだが。

世界を動かすトップ3(トランプ・プーチン)と海外で評価される今の総理大臣を、劣化著しいメディアと歴代最悪の6野党が、こき下ろすためのネタ探しに日々躍起となっている。 これも今の日本が平和だから通用する戯れ言に過ぎず、しかしその“平和”も、砂上の楼閣に過ぎないことが判然として来た。 沖縄を“自国の領土”と公言し憚らない大国が、日本の隣に現前としてあるのだ。

沖縄県石垣市の尖閣諸島沖で24日、中国海警局の「海警」4隻が日本の領海に侵入し、約2時間航行した。尖閣諸島沖での中国公船の領海侵入は18日以来で、今年10回目。
 第11管区海上保安本部(那覇市)によると、海警「2101」「2307」「2401」「33115」が午前10時~同15分ごろ、魚釣島西南西の領海に侵入。同11時45分~正午ごろ、南小島南で領海を出た。(2018/05/24-13:41 jiji.com)

今年3月、中国海警局は人民武装警察部隊(武警)に編入され、軍の指揮下に置かれている。 つまり、純然たる軍事組織が日常的に領海を侵犯しているということだ。 モリカケもTOKIOも、日大アメフトも比較にならないはずの国家の一大事に、国民にまったく周知されない所で、「命を懸けた」海上保安庁の苦闘が日々展開されている。 彼らには、相手が攻撃してくるまで一切手出しならぬとの、専守防衛・憲法第9条の縛りがある。 それを見透かした中国側の挑発・嫌がらせに耐え続けなければならない最前線の皆さん、常に命の危険にさらされ続けるその心労たるや、いかばかりのものだろうか。

「命を懸ける」にも、内的要求からそうする不屈の闘志もいれば、外的要因から、時に命まで懸けざるを得ない局面に立たされる人もいるだろう。

前者であれば、人として立派としかこれは言いようがない。 「金も名誉も、命もいらぬ」そう公言し実践もされている方に、一昨年、生まれて初めて選挙に出向き、投票した。 今も講演会やネットを通じ、積極的に発信をされておられるが、その徹底した裏取りと落とし込みから、情報の信憑性と説得力は極めて高い。 しかしこのような超人は例外的存在であり、ご本人は生を心から謳歌し、同じほどに苦しんでもおられるようだが、自分が真似したいとは露ほど思わない(出来るはずもないが)。

いつものことだが、話を広げ過ぎた。
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「命を懸ける」とは、過日観たエフゲニー・ムラヴィンスキー(1903年6月4日 – 1988年1月19日)の指揮姿から浮かんできた言葉だ。 曲はショスタコーヴィチ「交響曲第5番」。 1937年11月、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー・アカデミー管弦楽団によって初演された。 知名度という点からすれば、作曲者の代表曲である。 今ではYouubeで、いつでも鑑賞可能な映像だ。

では、当時80歳のムラヴィンスキーが、鬼気迫る表情や仕草で音楽を創造していくかといえば、さにあらずんや。 うける印象はむしろ、冷静沈着そのもの。 冷徹と形容したくなるほどに、まるで顕微鏡をのぞき込む科学者のような泰然自若の佇まいである。 そういえばこの指揮者は、楽譜をしっかりたどりながらオーケストラの面々に指示を送っている。 現代であれば暗譜が常識のところ、まして自家薬籠中の作品をリハーサルでならまだしも、本番においてさえその姿勢は変わらない。 作品の深淵にまで入り込まんとし、そこに散らばる思想・心情・情報の断片までを、すべて表現しつくさずにはおれない鋼の意志。

その故に、自らが興奮することは御法度となる。 この音符の意味するところは何か、このテンポでなければならない必然はあるのか。 常に作品に問い、瞬時に答えを導き出し、奏者へと伝え続ける。 しかもその伝達は常に正鵠を得たもの、正確無比なものでなけれならない。 60~80名からなる楽団員は、指揮者に全幅の信頼を置き、自らの卓越した技量と究極の“忖度”によって、抽象を現実の音へと変換する。 この、途方もない創造行為、何という苦役。

そこから表出される音楽は、超弩級だ。 ムラヴィンスキーにとって「命を懸ける」とは、作品に「傾注する」のと、ほぼ同義になるかもしれない。

20110703_981867ショスタコーヴィチは「交響曲第5番」初演の前の年、ソ連共産党中央委員会機関紙『プラウダ』によって批判されている。 オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が社会主義にとって有害であり、「荒唐無稽」との烙印を押されたのだ。 ちなみにこのオペラ、男女の交接(しかもレイプ!)シーンがもろに描かれるトンデモ作品で、並のAVより興奮させられること請け合いである。 80年以上昔に、しかもロシア人の手になる超過激不倫オペラが生まれていたのだ。 スターリンが激怒したというのも、無理からぬことかもしれない。

プラウダ批判は、当時のソ連に於いて死刑宣告にも等しい。 急がれる名誉回復のため作曲された交響曲の初演を、引き受けたのがムラヴィンスキーであった。 何かひとつしくじれば、演奏者にもヤバい状況が生まれて不思議はない。 作曲者にとっても指揮者にとっても、これこそ命を懸けたお披露目演奏だったと言える。 結果は大成功で、ショスタコーヴィチは粛清の危機を回避したのだった。

後にムラヴィンスキーは回顧している。 「若かったからできた」ことだと。 しかしそれは、政治的行為を指すものではない。 「交響曲第5番」という偉大な作品を世に知らしめる役目を、今だったら引き受けただろうかという畏れからである。 この人にとって音楽以外の俗界のことなどは、意に介さぬ些事だったに違いない。

来日したムラヴィンスキーに、主催者が当時はやりのジャケットを進呈したことがある。 ささやかなプレゼントを受け取った巨匠は、部屋にこもったきり、一日中姿を現さなかったという。 何か機嫌を損ねってしまったのでは・・・ その危惧は見事に外れ、神ともあがめられた大指揮者は贈り物を受けて感激のあまり、部屋の中でいつまでも泣き腫らしていたという。 こんなエピソードを知るにつけ、こちらの涙腺も緩んで仕方ない。 この人は、間違いなく生活不適応者だった。 世俗の欲望など皆無にして、表現行為には一切の妥協を許さない。 芸術家が真に偉大だった時代の、最後を飾る人物かもしれない。

いつまでも穢れぬ純白な心で、自ら偉大と認める音楽にのみ捧げた人生は、映像に残る姿だけで汲み尽くせない。 むしろ目を閉じ、音にのみ集中すべきである。 人間業をはるかに超えた世界が、瞼の裏側で果てしなく広がっていくはずだ。 そのとき僕たちは逆説的に、この卑小な日常を生きていかねばならないことに、絶望を感じてしまうかもしれない。 そのぐらいの、それは音楽だ。

命を懸けるとは、掛け替えのない一つの対象に対して、たった一度の人生を捧げるということなのか。

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パッとしたチョホーマンス

会社のブログだから、日々の仕事や社員の話でもつづっていくのが本来のスジだ。 ところが、生々しい事態や人物像をそのまま描写すれば明らかに差し障りが生じ、だからと事実をボカせばつまんないだけで、結局は関係ない時事ネタとかに終始してしまう。 20数年もこの稼業やっていると、実は面白い出会いが少なからずあるのだが、私的な場のネタとしてしか披露出来ない。 無念。

anger2今回も具体的なシチュエーションには触れないが、最近、取引先のある御仁から「オレはこの仕事に命賭けてんだぁ!」とキレられた。 いわゆる癇癪持ちのお方なのだろう。 怒りの気持ちを抑えられず、次々こみ上げる憤りに言動をコントロールできない状態になってしまうようだ。 この人と商談の都合から、直接会ったり間をおいて数度の電話を試みるも、数分もしないうちすぐにカッカし出して、僕や会社を口汚く罵り始める。 しかし語彙が限られているため、小学校低学年男子の「ウンコチンコ●ンコ」みたいな滑稽さばかりが際立ち、申し訳ないが真剣に取り合えなくなってしまう。

この齢になると、5af344917ba7e200b04050ad3238fc1b_600この手の人に何を言われてもあまり動揺はないが、まともに受け止めてしまう若い部下などは、お相手するうち病んでいきそうな気がする。 困ったもんなのだがそのままにも出来ず、結局は先方の上司に理由を説明し、直接やり取りさせてもらうことにした。 そのまま話していても、発展性ある話など望めそうにないからだ。 事を進めようという意志は感じられず、「ボクの事わかって~!大事にして~!」との主張が、屈折した形で表面化しているだけだと解釈している。

政治家の「命を懸けます!」などと紋切り型の演説を聞いた大概の人は、そこにチープで、実現の可能性ゼロの虚ろな響きだけを捉えるだろう。 懸ける対象や時期を明確にしないままいくら絶叫を繰り返しても、説得力など生まれるはずがない。 本当に命を懸けるなら、公約が守れなければいついつの段階で腹を切りますくらい、せめて次回の選挙に立候補しませんくらい、明言すべきだ。 こうした態度では、癇癪持ちの誰かさん同様、組織や有権者のためなどの姿勢は微塵も感じられず、おん身第一の姿勢から少しも抜けられていない気がする。 そうであれば心に響く公約など、望むべくもない。

直近でも、たとえば南北朝鮮の首脳会談で両者が初めて握手する瞬間をとらえ、「記事も書けないほど感動した」とこの茶番を称賛するメディアがあったり、「祖国統一に向けて大きな前進だ」「非核化に向けて両首脳が努力してくれた」などと、感動や期待の声が少なからず上がったりする。
当事国に限って言うなら、引き裂かれた同族に対して積年の思いも強かろうと、一定の理解は出来る。 ところが我が国では、何の罪もない同胞が数知れず拉致され、その事実が長年にわたって隠蔽されてきた。 自国民が飢え苦しむ惨状を省みず、自分や一族の利益にのみ執着し、叔父や義兄まで惨殺する恐怖政治を、日本のメディアや政治家はさんざん批難してきたはずだ。 それが今回の“やらせ”映像にコロッと騙され(もしくはだまされたふりをして)、南北統一の第一歩に深く思いをいたすべきと、主張する国会議員まで現れる始末だ。 この程度の演出で本当に魂が揺さぶられるのだとしたら、おめでたいとの思いを通り越して、少し羨ましくもある。 騙されたまま気付かず終わる人生ならば、捉えようによっては幸せといってもいいだろうから。 ただしここまでお花畑な思考回路は、政治的意図を抜きにしてあり得ない言動だと、同時に思いもする。

英ブックメーカー(賭け屋)のオッズによれば、今年のノーベル平和賞受賞者に文在寅大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の両首脳が、1番人気となったそうだ。 どうやら人の世は古今東西の違いなく、誰もが表面に浮かぶ上澄みをすくうことだけに終始している。 その根幹とは、しょせんテレビに映ることごとは他人事であり、リアルに近いようで縁遠く、その印象から生じる無関心にある。

だからと、僕が本質的に物事をとらえ生きているなどとおこがましいことを言うつもりは、毛頭ない。 たとえば大型連休中、TOKIOという40代(!)アイドルグループの一員が、女子高生を自宅に呼んでむりやり“キス”したことで、他の4人が謝罪会見する様を、各民放局が延々垂れ流した。 TOKIOにまるで興味のない僕も、1時間半に及ぶこの中継を観た。

普通の感覚で会見を眺めれば、失礼ながら“キス”を強要しただけでなぜこうまで大騒ぎになるのかが、まず理解できない。 被害者の気持ちを考慮し、いや実際には事務所や芸能界という、メディアも共存共栄する村社会が、起きた結果を“キス”の段階に止めておこうとする以心伝心のようなものを、そこに感じてならないのだ。 むろん推量の域は一切出ないものの、彼らの謝罪の意味を、メンバーによる未成年者“強姦”と置き換えたとき初めて、非常に納得できる対応に映るはずだ。

185673cbf0be1dfe24e0c10c4562860b_originalそもそも今回の会見に、シナリオライターが存在するという説がある(水島聡氏【Front Japan 桜】5月3日ネット公開。TOKIO事件の報道されない真実)。 こうしたライターは別にウソの台詞を読ませるのではなく、会見する彼らの気持ちに寄り添って、効果的な言動になるよう磨きをかけるのだという。 どうした言い回しが好感度を上げるか、どのタイミングでどのくらいお辞儀をすれば良いか、事務所社長がメンバーを我が子と呼び彼らがその言葉に涙するマッチポンプなど、リハーサルを重ねた成果が、あの会見になるというのだ。 ボク的には、たいへん説得力ある見解である。

プロなのだから、練習を重ねた会見であっても非難される道理はない。 問題があるとすれば、観る側の我々があたかも打ち合わせなしに、フィルターもかからず彼らの心情が吐露されたと錯覚してしまうことで、それが南北朝鮮の首脳会談におけるファースト・コンタクトと、質的に何も変わらないことに気づかされる。 どこまでも空々しく、やがてうすら寒い。

いい大人が安直に「命を懸ける」ことなどあり得ないとして、日々「命を削る」思いで過ごしている人達は、確実に存在する。 政治家であれば、今の首相や官房長官など、まさしくこれに当てはまるだろう。
これだけひたむきに国益のため尽力され、大きな外交成果を上げている国の代表はかつてなく、同時に、これほど実態とかけ離れた理不尽な攻撃を受け続ける存在も、また稀有だろう。 ことに異常なマスメディアの連日のフェイクニュースによって、真っ当な人達がかえって際立つという、皮肉な功罪も生まれている。 野党による救いようのないパフォーマンスと、シナリオに則ったタレントの記者会見もまた、不毛の地に虚構の根を張る試みにおいて、同質と言えるかもしれない。

例によって、本題に入る前にそこそこの量になってしまった。 キーワードは「命を懸ける」であって、次回その主題に入ろうと思う。 でもちょっと時間が経つと、じゃないかもしれない。

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神々の黄昏

201709161437354月から伊勢新明社の総代を務める。 任期は3年。 これから毎月第一日曜日、および大晦日と元旦の朝は、祭事により確実にこちらの神社で過ごすこととなる。

問題は“伊勢新明社”がなんであるか、“総代”が何をするものなのか、全く知らないまま引き受けてしまった事である。
今の総代(70歳前後の方)からして、「僕も何にも分かんないままやって来ちゃったからね」、こうしろああしろなどと明言することは、とてもできないとおっしゃる。
ならば現総代に比してひよっこの僕ごときが、「伊勢新明社ってのはね」などと、グラス片手にうんちくを語れるほどあまい世界ではないはずだ。
きっと総代を勤め上げた3年後であれば、世界の謎も人が存在する理由もことごとく明らかとなり、悟りの境地が開かれている事だろう。 ケネディ暗殺の真実も、藤波が猪木の前で髪を切った時の心情も、我が家にyuriちゃん・sumireちゃんみたいな双子の孫がいない理由も、全て解き明かされているに違いない。
そう思って改めてみるに、現総代の、田舎の好々爺としか映らないその瞳の奥に、実は「全部知ってるよ」と無言に語りかけてくる涅槃の域が、垣間見えるようだ。 なんと畏れ多い事だろう。

そうはいっても、4月からは現実的にいろいろとイベントもあるらしいし、知らんじゃ済まんわな。 どないしましょ?
「これ、読んどいて」と渡された資料によれば、社本殿の建立は天保11年(1840年)。 御祭神は天照大神【あまてらすおおみかみ】とある。 おぉ、オレでも名前くらいは知ってる、メジャーな神さまじゃないの。
弟の須佐之男命【すさのおのみこと】の乱暴狼藉を悲しみ、天岩戸(あまのいわと)にお隠れになると、世の中は光brock-undertaker-727x485を失い闇の世界となり、作物も育たず、秩序も失われたとされる女神である。 太陽、光、慈愛、真実、秩序を象徴する最も尊い神さまだそうだ。
つまりWWEに例えるならば(例えられるものなのかよくわからないが)、現ユニバーサル王者のブロック・レスナーか、“デッドマン”ジ・アンダーテイカーくらい凄いのではないか。 古今亭志ん朝の「幾代餅」、五代目古今亭志ん生の「心中時雨傘」レヴェルの影響力を持つ存在と言えるのではないか。 それとももっと、人智で計り知れないほどの巨大な顕現であろうか。 ま、そうだわな。

もとい。

清水の(人によってはド田舎と呼ぶ)山の手に居を構えて20数年経つ。 当時の土地開発公社の説明会で、ここを購入する世帯は地域独自の文化を尊重するよう何度も釘を刺されていたから、当番が回って来るたび伊勢新明社のお札に1,000円を払ってきたし、境内のお掃除を年1回の頻度で続けて来た。
この当番の任期が3年で、いよいよ新年度から僕に番が回ってくる。
ついては去る2月25日、新しい当番の顔合わせがあるので自治会館に参加せよと呼ばれる。 定時には大体のメンバーが揃ったが、○組の〇〇さんと△組の△△さんがいないなどと、総代がしきりに携帯をかけている。 たかが顔合わせで14名全員参加を目論むなど大袈裟に過ぎる気もしたが、結局皆さん集まってから、20分遅れの開会となった。

開口一番、「本日中に三役を決めてもらいます」と宣言がある。 汚ったねェ~、だまし討ちみたいなことするじゃん。
でも最初から三役決めますなんて招集したらきっと誰も出てこなかったろうし、仕方ないと言えば仕方ない。 3年後の今頃は、きっと自分たちも同じ手を使って何も知らない14名を呼び出すことだろう。
ちなみに三役とは、総代・副総代・会計をさす。 会計は分かるが、他の二役がピンとこない。

それからしばし、沈黙の時間が続く。 下を向く人達が大半を占める中、オレ歳だから関係ねぇやくらいの爺様が、「アイツは地区の役員いつも逃げてやがんだ」などと、僕に小声でチクってくる。 はぁはぁと笑顔で相づち打ちつつも、こういう輩に限って実は何にもやってないんだよななどと、腹の中で苦虫をかみつぶす。 実際、決まらない時間が長く続いた後、「アンタ今まで何にもやってないんだからやれよ」と名指しされ、「お、オラもうすぐ80だし、あちこち病気だし(ウソこけ)、女房が反対するし・・・」などと言ったきり、下を向いて沈黙してしまう。 他にもエゴイズム剥き出しの人間模様が展開されていくが、その中にあって僕も例外ではない。 何が何でも逃げ切らねば。 その気概でいっぱいであった。

地元の伊勢新明社は、いわば末端の支部みたいなもので、本社に当たるのが三重県の伊勢神宮である。 毎年バスツアーがあって、“本社”詣でする総代も少なからずいるんだとか。 経費でるんですか? 自腹です。 それじゃますます成り手いないわな、3年の内1回は夫婦でご招待なんて特典付けたら、手を挙げる人もいるんじゃない? アンタ、総代になって企画してよ。 やっべ~、やはり沈黙が金なり。

こうなると我慢比べだ。 音を上げた者が負けである。
しばらくすると、ボクみたいなもんでよかったら会計だったらやりますけどと、50代らしき男性が手を挙げる。 ひとり決まり。 最悪の総代就任だけは、避ける作戦に出たか。 でも、会計ってある意味いちばんかったるいしなぁ。
「ワシ、4月から自治会長やらなイカンのよ」さすがにこういう人は除外。 「ワシも今年、報徳会と老人会の二役があるもんでなぁ。 それさえなかったら請けてもエエんじゃが」 人のよさそうな御仁が漏らす一言に、○○さん、そこを何とか頼むわ。 すかさずつけこまれる。 さんざん逡巡をなさった挙句、「さすがに総代は無理じゃが・・・ 副だったら、そいじゃワシ、やるわ」 見ごと陥落。

いよいよ残すは総代のみ。 このとき開会から、すでに2時間が経過している。
「ワシは住まいはこっちじゃが、商売やっとって実際にお付き合いしてるのは街の商店会の方じゃ。 こっちには寝に帰ってくるくらいのもんで、あんまし愛着もわかんのじゃ」「こういう役割は仕事をリタイアした人が、地元への恩返しでやるべきでしょう。 現役の我々が仕事休んで会合に出るなんて、現実的じゃないですよ(そうだそうだ、年寄りがやれ~ぃ)」

で、気づくとなぁんとなく、僕が仕切る形になっていて・・・ 「じゃあ、自ら役a51ed51aa39507ad2dbc9d5225afdeea_400x400を請けられたお二人に、総代選出を一任するという事でどうでしょう?」と提案。 一部、それでも渋る人がいたものの、言ったときにはこりゃ指名されるのはオレだなと、覚悟を決めた。 負けた。 つうか、無神論で、墓に恰好だけ手を合わせても祈念したことなど一度もないオレみたいなのが、一度の人生こういう役回りも時に面白いかと、気分を変えた。

案の定、別室で数分話し合いがもたれ、戻ってきた二役が指名したのは僕だった。 この流れだったら、そうなるわな。 わかりました、謹んでお受けいたします。

というわけで、4月から僕は、神に仕える身となる。 相手は八百万の神の最高峰、天照大神である。 会社の名刺にも、天照大神付きの肩書など、入れた方がいいだろうか。 そして羽ばたく。

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私だけの十字架 その2

2月28日、FMで放送された「メナヘム・プレスラー ピアノ・リサイタル」を聴く。

94歳の誕生日を目前に控えたユダヤの老人が日本にやってくるというそれだけで、すでに驚異的な出来事と言えるだろう。
「ひび割れた骨董品」と評された不世出の大ピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツが初来日(1983年)したのは、それでも80歳の時だった。
ちなみにプレスラーのベルリン・フィルのソロイストデビューは、御大90歳の時という。 大器晩成にも程がある。

この夜、プレスラーが奏でたピアノ小品の数々はまさしく老いの響きというほかなく、だが表現することに強い意志を持ち続けた者が老いるとはこういう事か、老いとはネガティブな時間の流れでは決してなく、ある到達に至る過程に過ぎないことを体現したような、それは音楽だった。

ぼくはこの日のリサイタルに行けなかったことを一生後悔するだろうし、同時に、録音を通した限界ある条件の中にあっても、至高の響きに触れられたことをこの上なく幸運に思う。

1曲目。 ヘンデルの「シャコンヌ」が始まった瞬間、10年物の昆布のみで摂った、海の香りも旨みも抜けきった夾雑物のまるで無い、澄んだ出汁のような響きに満たされる。 それは脱力し、浮遊し、愉楽への本能を刺激せずにはおかない。 生きてきたからこそここで巡り会えた、奏者と聴衆の、幸せな邂逅。

2曲目はモーツァルトの「幻想曲 ハ短調 K.475」。 昔からグレン・グールドの乾いた響きが好きで、モーツァルト晩年様式の前触れのようなピアノを、何度も聴いてきた。 一人の音楽家に惚れ込むと、良くも悪くも他の演奏はその規範から外れるため、誰を聴いても受けつけずに来たのだが、プレスラー翁の手にかかると、何の抵抗もなく心の中深く音がしみてくる。 途切れなく演奏される「ピアノ・ソナタ ハ短調 K.457」でも、その感覚はまったく変わらない。 モーツァルトの音楽は古典派の様式にあって、端正な響きのようでありながら実はベートーヴェン以上に荒れ狂う葛藤をはらんでいる。 プレスラーは、いともたやすく相矛盾する二つの世界を止揚してしまう。 引き裂かれた世界で何かが終わり、虚無とも呼べない静かな調和の中に収束していく。

ドビュッシー「前奏曲集 第1巻」から5曲、そして「夢」。 自家薬籠中の作曲家なのだろう。 音楽はますます淀みなく、意識の裡に沈潜していく。 もしも2017年10月16日、サントリーホールで「亜麻色の髪の乙女」を聴けていたなら、神と突然に対峙し祈る思いも消失してしまったかのような、忘我の境地を味わえたかもしれない。 だが極めつけのドビュッシーは、後述するアンコールに奏された1曲であり、そのたった1曲のため、ここに書き留めておきたくなった。

ショパンからはマズルカ2曲と「バラード第3番」。 素晴らしい演奏ながら、それまでの作曲家と異なる印象を覚えるのは、ショパンにはどうしても一定の暗さと技巧が不可欠と感じるからだ。 満たされぬ渇きから生まれる焦燥感のようなものが後退し、演奏に今一つ必然を感じない。 単純に好みの問題で、プレスラーその人を聴くことに何の支障もないが。

最後はドビュッシー「月の光」。 これは、なんという音楽だろう。 月は照らさず、僕たちの“今”“過去”“未来”に等しく、光のままに滴り落ちてくる。
アルベール・カミュは「不条理」の感情を、人間のなかにあるものでも世界にあるものでもなく、「両者の共存のなかにあるもの」「両者を結ぶ唯一のきずな」と定義した。 そして「反抗(不条理を明晰な意識のもとで見つめ続ける態度)」こそが生を価値あるものにすると称揚している。
プレスラーはこれを実践し続け、晩年に於いて、ついにその望ましい極点に達したのだと思う。 ここに歴史性は否定され、過去も未来も等価となり、故に革命もまた否定される。 “いまここにある”、その危うくも愛おしく、肯定するしかしかない“生”の賛歌こそが、この音楽の正体である。

夢であり、うつつでもある「月の光」のしずく。 僕たちは生きるに値するから生きているのではなく、存在しなかった過去も存在していない未来も、生きている“今”に等しい価値となり、静かな月の光に満たされている。 つまり、存在も非在も等価であるなら、もはや死ぬ根拠がなくなるのだ。
カミュは、革命や党派性の限界を示すことで同時代においては異端の存在に終わった。 「月の光」は音楽自体に於いて、その復興を宣言しているかのようだ。

あれ、オレまた何書いてんだろう。 なんで唐突に、カミュなんか俎上に上げるんだろう。
前回の続きで、現代のエア・チェックの具体的なやり方を開示しようとしていたのに。
それで、なんですな。 AIMPという、これはメイドイン・ロシアの音楽再生ソフトを使った「メナヘム・プレスラー ピアノ・リサイタル」の画面を写真で掲載しておきますね。 これ、すんごいマニアックな編集が必要なんですが、今から触れだすと午前様になってしまうので、またの機会といたしまDSCN0284す。

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私だけの十字架 その1

娘は仕事から帰宅するとすかさずスマホにイヤホンを装着し、音楽を聴いたりユーチューバーの動画など見たりしている。 22歳にもなってそんなヒマがあるなら、付合っているオトコだっているのだし、孫の一人や二人生んでもバチは当たらないと思うのだが、深入りするとかなり本人のプライバシーに抵触するため、ここでは控える。

気になるのは奴のイヤホンで、後述する編集用としてなら僕も使ってはいるが、観賞用にこれを用いるなど、言語道断の行為である(と、あくまで個人の見解として申し上げる)。

なにしろイヤホンは長く使うほど、耳くそが増殖していく不快なイメージがある。 通気孔をふさがれ逃げ場を失った汗が、ネチネチと粘度を上げ、スライム状に粘膜の奥深く付着していく様など、想像するだにおぞましい。 事実はきっと違うのだろうが。

致命的に音が悪い。 どう工夫したって、良くなるわけがない。
イヤホンの原理はスピーカーと一緒で、音を電気に変えて、その電気を磁石の近くのコイルに流すと、元の音と同じように振動するという特性に基づいたものである。
音とは、物が動いたときに発生する空気振動のこと。 その運動は周りの空気に変化を生じさせ、四方八方へと伝えられる。

スピーカーの場合、音が空気中を伝わっていく際、距離が遠くなるとエネルギーが消費され小さくなって行くのに対し、イヤホンはドライバーユニットが耳と密着しているため、小さな振動までしっかり伝わる特性を持っている。 だからスピーカーでは聞き取りにくいピアニッシモを確認したい時など、モニターとして使用するのに適している。 反面、構造上の理由から振動板があまりに小さくチンケであるため、音質面で圧倒的に劣る。 一定の容積が無いと、“音”であっても“音楽”にはなりえないのが道理だ。

a-420中学生になって間もなく、初めてのステレオ装置を親に買ってもらった。 父に連れられ神保町のオーディオ・イベント会場で、レコード・プレイヤー、アンプ、チューナー、スピーカーと、カセット・デッキまでを揃えた。 カセットは後でもいいんじゃないかと渋られたが、僕の本命はカセット・テープに音楽をコピーする事だったから、ごり押しで手に入れた。 どうやら父にも予算があったようで(そりゃそうだ)、必然的に全体のグレードは下がり、音質はかなり犠牲になったはずだ。 それでも比較検討するものがない当時の僕にとって、人生初のオーディオ・セットは、まさに宝ものだった。

0883929304653_p0_v4_s550x406モノが届いたその日から、名もなき格安ブランドの60分テープ3本セット(それだって当時は1,000円くらいした)を近所の長崎屋で仕入れて、レコードからダビングしたりFM放送からエアチェックしたりを繰り返した。

渋谷陽一「ヤング・ジョッキー」で録ったジューダス・プリースト「切り裂きジャック(Judas Priest – The Ripper)」やチーチ&チョン「ミスター・ロックンロール(Cheech & Chong – Earache My Eye)」なんて聴いていると、音楽の最先端に自分がいるようで気分が良い。 ちなみに双方、YouTubeで今も視聴できる。 イケないハッパを吸う描写に始まる後者の壊れっぷりなど、今もってとてもカッコいいと思う。

それから40年が経過して、身体の方は中年から老境の域に差し掛かってはいるものの、心は少年っていうか、まるで進歩なく同じことを繰り返している。 進歩がないと言えば立つ瀬がないが、進歩の必要を感じないとでもほざいてみれば、チと粋がり過ぎか。

紆余曲折はあるにしろ、今でもFMから音楽を録って編集し、観賞することを日課とする毎日。 昔も今も、そこに本質的な違いはない。 チューナーがパソコンに変わり、かつてのカセットがハードディスクに交替し、やたら編集が便利になったことと記録容量が比較にならないほど大きくなっているのをもってして、時代の隔たりというだけだ。

高校生になると、何しろカセットというのは片面に最長で60分しか入らず、C-120というこのタイプはテープが薄く切れやすいデメリットもあり、1時間30分のマーラーやブルックナーの大曲を切れ目なく保存するため、オープンリール・デッキの購入を決意する。 SONY TC-7960という製品で、1970年の半ばで、238,000円もした。

とても高校生がまともに買えるブツではない(アルバイトはかたく禁じられていたし)。
私学だったのを悪用し、何かと寄付金が入り様だとかこじつけて、あるいは定期代を水増ししてちょろまかすなど、どこぞの市会議員の先駆けのようなせこい行為に手を染め、ようやく購入にこぎつけた。

tc-7960この製品はロート・バイラテラルヘッド方式といって、テープの末端に指定の銀テープを貼っておくと、本来巻き終わるところでこれを検知し、録音ヘッドと再生ヘッドを180度回転させ、テープも逆回りして長時間録音を可能にしてくれるオートリバース方式のスグレモノである(わかるかなぁ、わかんねぇだろうな)。 ガッチャン!とメカニカルな音を立て、リールが逆回りを始める瞬間が快感である。 各社が工夫を凝らし、オリジナルなものを追求していた時代だった。

日本の技術力が絶頂期にあった頃にあっても、これは傑作の一つと思う。 音もめちゃくちゃ良かった。 オープンリールに入れた音というのは、元のソースよりあきらかに迫力が増す。 19cm/sという、カセットの4倍のスピードがもたらす効果だろう。

本気でオーディオに打ち込むなら、今もってオープンリール・デッキによる録音再生、しかも2トラ38(2トラック38cm/s)に勝るものはない。 特性から言ってSACDやハイレゾの方がはるかに良いという輩もあるが、では何故、明らかに特性に劣る中古のフェラーリに憑りつかれる人間が、今も後を絶たないのか。 彼らは決してブランド志向から人生を賭けるのでなく、フェラーリという“本物”に出会ってしまったため、日常とのあまりの落差に、生きる意味を問い直さなくてはならなくなってしまった“幸福”な少数者かもしれない。 それは数値に置き換えたくらいで優劣を決することのできる、ヤワな世界ではない。

低域から高域の周波数まで数字的に網羅し、普通では聞こえない音が鳴っていることと、生々しいということとは、決定的に違う。 奏者がそこにいて、空気の振動がもろに伝わってくるような生々しさとは、逆説的だが、非現実な空間となる。 柄谷行人いうところの、狂人の見る夢のようなものだ。 夢でありながらその渦中にある当事者にとってどこまでも生々しく、一方、夢であるがゆえに一切の選択の余地なく迫ってくる、その恐怖と切実感。

しかしフェラーリ同様、オープンリール・デッキは場所も取れば手間もかかり、つぎ込むゼニも半端ない。 それを支える情熱は、今の僕にはない。 むしろ限られた条件であっても、様々な音楽に触れていられる毎日の方に喜びを感じる。 これって、プチブル?

前にも書い34055415-1HozqzslBqroxwxa-s-たが、Radikoolというフリーソフトがあって、地元のFM局や全国のコミュニティFMなどが留守録できる。 番組まるごと録った後、mp3DirectCut(傑作!)というこれもフリーソフトを使って、必要な個所だけ編集すれば、オリジナルのライブラリーが日ごと増えていく。 これが楽しい。 なにより、金がかからない。 こんな趣味は滅多にないぞ!

長くなったので次回に続く。

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本多勝一著「中国の旅」(朝日文庫)を読んだのは、受験のプレッシャーから逃れようと活字三昧に浸っていた中学3年の冬だった。 そうはいっても、何を理由にこの本を購入したのか、今となって定かでない。

51QKNW7MY2L._SX330_BO1,204,203,200_本多勝一といえば、「日本語の作文技術 」(朝日文庫)で大いに影響を受け、自分の文章というか、句読点の打ち位置やセンテンテンスの切り方などは、この人の指南から今もって抜け切らないままでいる。 馴染みの作者だったから購入したのか、書店に山積みとなった本の中で殺風景な表紙とタイトルが逆に目を引いたためか、あるいは新聞の書評欄を目にしていたためかもしれない。 怖いのは、事実の裏付けなく結果的に自国を貶める行いに終始し、一方で価値観の全く異なる隣国を正当化するような危険な書物が、朝日新聞という有名ブランドによってあたかも正当性を裏付けてしまう、つまり書いてあることは“真実”だと思いこまされてしまうことだ。

日中国交“正常”化に先駆けること1年、1971(昭和46)年8月から12月まで、朝日新聞の花形記者により掲載された「中国の旅」。 その文庫化された本は、あまり目にしなくなった「ルポルタージュ」という手法でつづられていく。 自ら現地に赴き、取材した内容を放送・新聞・雑誌など、各種メディアにニュースとして報告することを指す。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)が世界記憶遺産に登録してしまった「南京大虐殺30万人説」、2人の将校のどちらが先に100人を斬るか競ったとされる「百人斬り競争」、10万単位にのぼる中国人労働者が何重にも重なる人骨の山「万人坑」 、日本軍による計画的大量殺害「三光作戦(殺光・焼光・奪光)」と、理解を超えた悪行の数々が、生き残った人達の証言として語られていく。

読み進むほどに、旧日本軍のおぞましさに戦慄し、吐き気を催す。 ある村で、日本兵が生まれて間もない幼児を母親から引きはがし、中空高く放って落ちてくるところを銃剣で貫く描写に及んでは、号泣までした。 「ごめんなさい、ごめんなさい」と顔をぐちゃぐちゃにしながら手を合わせ、中国の人達に謝罪した。 なんと残虐で猟奇的な民族の血が自分の内に流れている事か、恥じ入るしかなかった。 しかも証言する人たちは例外なく、悪いのはあくまで時の日本政府(軍)であり、日本国民を恨むことはないとまでおっしゃられたのだ。

140205616167474825225_tianamen-square-cover1今となって、素朴過ぎる少年の一時の感情に過ぎないが、この本に影響を受けた日本人は少なくないはずだ。 こうした「自虐史観」は、70年安保闘争が沈静化し、日中が交流を開始し、高い年間レンタル料のパンダ(実は中国共産党に侵略される前のチベットの生き物)がやってくるのと前後して、刷り込みの度合いを刻々と増していったように思う。

なぜ、自分が生まれた国をことさら貶めようとする心理が働くのか、朝日新聞をはじめとする大手メディアの思惑には、様々なものがあるだろう。

たとえば戦後GHQの指導により、保守的な思想を持つ学者や政治家が公職から追放され、戦時中に冷や飯を食わされていた共産主義者が台頭してきたという背景がある。 その当時の連合国の言い分に乗っかって報道したのが、今の大手メディアである。

たとえば日本と中国の間には、1964年に取り交わされた「日中記者交換協定」という不可思議な協定が今も存在し、中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない・20160826_1400590日中関係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定しないことなどが取り決められている。 違反すれば、記者が中国国内から追放される。 天安門事件においては、さすがの日本各紙も欧米同様この大量虐殺を批難し、一時支局閉鎖を余儀なくされたが、唯一の例外が朝日新聞だったというのを後から知り、さもありなんと思った。

たとえばNHK放送センター(東京都渋谷区)の中に、何故かCCTV(中国中央電視台)日本支局があり、同センターに電話をかけると内線で繋いでくれるというのだが、普通に考えておかしい。 中国共産党・宣伝機関との癒着が疑われても仕方がない。 まさか家賃は取っているだろうし(取っていなかったらそれこそ異常だが)、利害関係が成立しているからこそ、チベットやウイグルの人たちの弾圧も見て見ぬふりをしたり、天安門事件の被害者数を著しく低く見積もろうとしたりするのだろう。 少なくとも、NHKが取材によって得た日本の情報が、中国にわたっていないと彼らが保障したことはない。 なぜ、NHKにかつて「シルクロード」という番組が成立したのか、闇は深い。

戦前は国威発揚・日米katazusite1開戦までを徹底的にあおった新聞社が、戦後は手のひら返しを返したように、しかも明確な根拠なく反日に終始する。 理由は、そうした姿勢を欲する購買層が、少なからず存在するためである。 販売部数が伸びるからこそ、以前であれば戦争をあおり、今なら事実を歪曲してまでも、倒閣運動に励むのだ。

かつて朝日新聞のスター記者だった本多勝一氏が、日本軍による虐殺の証拠として使ってきた写真が、実は捏造であったことを、本多氏自身が初めて認めました。
問題の写真は、本多勝一氏の『中国の日本軍』に掲載されたもので、日本兵が中国の婦女子をかり集めてこれから虐殺するところであるとの説明がなされています。
ところが、この写真の出所は、実は本多氏が当時勤めていた朝日新聞社発行の『アサヒグラフ』(一九三七年十一月十日号)に掲載されたもの。 日本兵は家路につく少女たちを護っていたとのキャプションがついていて、少女たちの笑顔もはっきりと写っており、「南京大虐殺」とは何の関係もない写真であることは、誰の目にも明らかです。
この矛盾点を問われた本多氏は、週刊新潮(9月25日号・下写真)に次のようなコメントを寄せています。
「『中国の日本軍』の写真説明はすべて中国側の調査・証言に基づくものです」「『中国の日本軍』の写真が、『アサヒグラフ』に別のキャプションで掲載されているとの指摘は、俺の記憶では初めてです。確かに「誤用」のようです。」
本多氏のこの時の取材は実にいい加減なものでした。 中国共産党が用意した証人の証言をただ聞き書きしただけで、一切裏付け取材を行っていなかったことを、本多氏bTZAeN2y自身も後に著書の中で認めています。
また、「中国の旅」の記事で「日本人による虐殺があった」と紹介された炭鉱に勤めていた日本人が、記事は事実と著しく異なると本多記者に抗議の手紙を送ったところ、本多氏からは「私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば中国側に直接やっていただけませんでしょうか。」という、無責任な回答が返ってきました。
証言が真実かどうかを調べるのが記者の仕事ではないでしょうか。
これが『中国の旅』の報道の実態です。 japan-plus.net/182/

いま朝日新聞は、森友・加計(かけ)学園問題を題材とした著書で名誉を傷つけられたとして、文芸評論家の小川栄太郎氏と出版元の飛鳥新社(東京)を相手取り、計5000万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴えを東京地裁に起こしている。 公称600万部を超える大新聞社が、小川氏という個人を相手取り、しかも同紙からの謝罪や訂正、賠償を求める申入書に誠実な回答書を返したのにかかわらず、とつぜん訴訟に打って出た。 小川氏の回答書はネットで公開されているが、その書き出しはこうだ。

朝日新聞EltlFYyよ、新聞社として恥を知りなさい。

朝日新聞からの申入書への回答に先立ち、貴紙による一連の森友・加計報道について、総論的な結論から申し上げます。

朝日新聞は日本を代表する言論機関です。

法的構成が不可能な言いがかりで一個人を恫喝するのではなく、言論には言論で勝負していただきたい。

朝日新聞は2017年6月の販売部数からだけでも、毎月3万弱のペースで部数を減らし続けている。 このまま順調にいけば、2018年上半期(1月〜6月)の平均販売部数で、500万部台まで目減りすることになりそうだ。
実際には配られないのに新聞社が印刷し、販売店に引き取らせて配ったことにしている「押し紙問題」もある。 朝日の内部文書によると、2016年の発行部数は654万部と発表されているが、「残紙」の割合は32%にもなり、実際に読者に配られた実売部数は444万7千部だったとか。 実に3部に1部が配達されずに古紙回収業者を通じて処分されている計算だ。 なんという資源の無駄遣い。 そして32%の割合を適用すれば、実態は400万部程度まで販売数が落ちていると推察される。

昨年3月末、朝日新聞社は公正取引委員会から、この「押し紙問題」で注意を受けている。 このような、害ばかり多く益のない新聞社は、早くつぶれて頂くに越したことはない。 一方で、思想が偏れば偏るほど、これを是とする人たちが存在するのも、民主主義の国ゆえ否定は出来ない。

「中国の旅」を読んで、謝罪の気持ちでいっぱいになった僕を冷静に振り返る時、そこに倒錯した陶酔のようなものがあったことを認める。 僕はあくまで当事者でないから、“罪”を負ってはいない。 しかし日本軍の末裔として、過去の悪行を無かったものにせず、キチンと向き合う姿勢は高尚なものであると、だから他の日本人が否定されても僕自身は中国の人達と分かり合える存在なのだと、言語化していたわけではないが、そのように捉えていたのではないか。 一種、幼稚な特権意識であり、個人の特殊な事例かもしれない。 一方で、そのように読み手が意識を“操作”されていたのだとしたら、制作側の意図は的中したとも言えて、少なからぬ人たちが同じ思考回路から偏った思想を抱かされた可能性がある。

imagesあんまり長くなったのでこの辺で止めるが、素材を選ばずおいしくなると胸を張った「エバラ焼肉のたれ」こそ、日本人の矜持である。 たとえGDPや教育水準で他国にいくら抜かれようと、この精神さえ失わなければ日本は世界に冠たる国家であり続ける。 今こそ月の家圓鏡の精神に帰る時だヨイショッ!

じゃないかもしれない。

 

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高いお肉じゃなくたっていいんです 上

今年の流行語大賞を選ぶなら、「忖度」などでなく「フェイク・ニュース」とすべきだろう。 ここでの「忖度」の意味が、日本人が本来美徳とする善き心遣いとは真逆の、悪しき官僚の解釈として多用されたこと自体、フェイクそのものである。 「忖度」選出の理由となったいわゆるモリカケ問題(森友学園・加計学園問題)こそ、2017年を後に振り返った時、「フェイク・ニュース」の象徴的な事例に変わっているだろう。

「森友」は、籠池夫妻という稀有なタレントを見れば、総理の関与など論外なのは分かるはず。 安倍明恵夫人という、こちらもちょっとユニークなキャラクターの方の名前が、「名誉校長」とやらで悪用されたにすぎない。 朝日新聞が籠池被告の証言をもとに、5月9日付で「開設予定の校名として『安倍晋三記念小学校』と記載したことを朝日新聞の取材に認めた」との記事を掲載。 黒塗りにされた設置趣意書が公開されれば、『開成小学校』であったことが分かる。 『安倍晋三記念小学校』は9文字、『開成小学校』は5文字。 公開されている部分のフォントをみれば、最初から9文字なんて入るはずないのは明白で、ただただ安倍さんを貶めたい悪意が伝わる手口だ。

kato-media-2「加計」に関しては、2017年7月10日の閉会中審査における加戸守行・前愛媛県知事の答弁をもって、すべて解決済である。 「(前川氏の)『行政がゆがめられた』という発言は、私に言わせますと、少なくとも獣医学部の問題で強烈な岩盤規制のために10年間、我慢させられてきた岩盤にドリルで国家戦略特区が穴を開けて頂いたということで、『ゆがめられた行政が正された』というのが正しい発言ではないのかなと思います」。

NHKをはじめとする地上波・大新聞に黙殺された加戸証言は、ネットで今も公開されている。 「女性の貧困調査」を目的に「新宿 歌舞伎町 恋活BAR LOVE ON THE BEACH」に通い詰めた文科省のトップ前川氏と、席を並べた加戸氏の尊厳あふれる佇まいの落差を目にするだけで、何が真実か、言わずもがなと思わされるはずだ。

今年を「メディアが死んだ年」と呼ぶ識者が、少なからず存在する。 以前であれば「報道しない自由」によって社会的にも抹殺されてきた「ファクト」が、ネットの隆盛によって白日の下にさらされている。 僕の20代の子供二人は、テレビも視なければ新聞も読まない。 そういう若い世代が今後増えていき、テレビしか視ない情報弱者は逆に減り続ける。 加戸・前知事の実況中継録画に、他者のいかなる情報操作も不可能である。 その証言を聴き、両者を見比べていかなる判断をするか、そこに既存メディアと真逆の印象を持ったとすれば、強固でねじれた意志の介入を感じるのは容易なはずだ。

「フェイク・ニュース」とは、メディアが初めから虚偽であることを認識しながら行う架空の報道や、推測を事実のように報道する行いを指す。 昨年の米国大統領予備選で、ドナルド・トランプ氏の言動をCNNやニューヨーク・タイムズなどリベラル系マスコミが悪意をもって報道したことに対して、「フェイク・ニュース(偽記事)」だとトランプ氏が反撃したことをきっかけに日本でも多用されることとなった。 虚偽報道・捏造報道などと口にすれば断定的で重たくなるし、カタカナにすることでイメージが拡散される効用があるのかもしれない。

B7CKiKVCAAAG3Qap5-20-1「フェイク・ニュース」の典型例としてまず、1989年(平成元年)朝日新聞珊瑚記事捏造事件をあげたい。

典型的な自作自演。 「沖縄県西表島のアザミサンゴに落書きがあることを発見した」カメラマンが、「百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の」日本人を嘆いている。 当時の石垣島は、海を埋め立てる新空港建設計画が進行していたさ中にあり、多分に政治的な意味合いもにじんでくる。 地元のダイビング組合が「サンゴにこれまで傷は全くなかった、サンゴに書かれた落書きは、取材者によるものではないか」と抗議。 東京本社の代表番号に電話するも、窓口の人間と称する男性は「朝日に限ってそんなことはない」「文書にして出してくれ」と、まともに取り合わなかったそうだ。 朝日新聞社は5月15日夜に記者会見を行ったが、カメラマンの「こすっただけ」という釈明を信じ、会見でも突っぱねるような印象を与えて反発を買っている。

さんざん虚偽を否定した挙句、動かぬ証拠を突きつけられてようやく謝罪。 カメラマンは懲戒解雇処分、当時の社長が引責辞任に追い込まれている。

この新聞社が戦前・戦中・戦後を問わず一貫した特異な体質を持つものとして、明快かつ象徴的な“犯罪”を、永く記憶にとどめ置くべきだろう。

img_3b98d43dd7ac1108e12be4a69b2ad0fb1263967朝日新聞といえば慰安婦報道問題。 日本という国家を貶める重大“犯罪”であり、32年もたって虚偽であったことをようやく認め、2014年9月11日、朝日新聞社長自ら謝罪会見を行っている。 しかしこの謝罪も訂正記事も、国内向けのポーズに過ぎなかった証左として、“当事国”には何の釈明も行っていない。 近くは米サンフランシスコ市において、民間団体が現地に建てた慰安婦像の寄贈を受け入れる決議案に、エドウィン・M・リー市長(その後まもなく急死。口封じ説も浮上している)が署名している。 碑文に「性奴隷にされた何十万人の女性」「大多数は囚(とら)われの身のまま命を落とした」とあることから、姉妹都市提携を結ぶ吉村大阪市長が、「日本政府の見解と違う」と抗議。 寄贈を受けた場合は「姉妹都市を解消する」と表明している。

1977年、軍の命令により済州島で女性を強制連行したと吉田清治が“告白”。 80年代に入り、朝日がこの人物を報道したことをきっかけに著書が韓国で翻訳され、国際問題化していく。 火のない所に、煙を立てたのである。

日本軍によって強制連行された韓国女性は、20万人に及ぶとされる。 しかし娘や姉妹、妻を奪われたとする韓国側の証言は、過去ひとつとして存在しない。 常識的に考えれば、すぐに分かる事だろう。 自分の愛する肉親が連れ去られようとするとき、これに抵抗しない親や夫、兄妹がどこにいようか。 命の危険を顧みず抵抗する方が自然で、そうなれば現場は、(何しろ血も涙もない悪魔のような日本軍なのだから)大へんな惨状を呈しただろう。 しかし現実は、そうした公的記録など一切ないのだ。 だいたい20万人の性奴隷を収容し、もてあそべるほど日本軍がヒマであったはずも、精力絶倫のはずもない。 日本男子なら、自らの身体に訊けばすぐわかるだろう。 タイガー・ウッズのレヴェルで女性と勝負できる男など、日本では想像もつかない。 しかし内外反日団体のたゆまぬ印象操作によって、性奴隷(なぜか日本の弁護士が命名。実際はただの売春婦)の被害者は、時間が経過するごと年々増加の傾向にある。 まさにフェイクだ。

512MuE46xcL._SX339_BO1,204,203,200_吉田清治の長男によって、『朝鮮人強制連行の記録(未来社)』がすべて創作であったことが明らかにされている。 懸賞マニアで生活に窮していた父親が、昭和38年、『週刊朝日』「私の八月十五日」の手記募集に投稿したのが発端である。 特選から佳作に至るまで、すべて戦争の被害者としての立場から八月十五日を想起したものばかりであったのに対し、吉田だけが加害者の立場から回顧している。 いわゆる、ウケ狙いだった可能性がある。 「森友」の籠池夫妻同様、疑ってかかるのが常識なはずの大新聞が、日本を貶めるためなら裏も取らず“証言”をそのまま掲載する。 どういう精神構造であるのか、彼ら自身がGHQの洗脳から70年以上経過した今も解けていないのか、理解に苦しむ。

大阪市長の英断に、あろうことかネタ元の朝日新聞が「ちょっと待ってほしい。姉妹都市の関係のもとで育まれてきた交流は、双方の市民の歴史的財産である。市長の一存で断ち切ってよいものではない」などと、社説で説教しているのだから噴飯ものである。 こうした「われこそ正義なり」の上から目線、厚顔無恥によって、如何ほどに先人の名誉・史実が損なわれてきたか。

20171122010916954その朝日新聞、戦後最大の“犯罪”報道は南京事件にとどめを刺す。 僕がここまで憤っているのも、多感な時期に本多勝一「中国の旅」を読み、長く信じ込んできたからに他ならない。

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「夜が掴む」ので「うまくできない」

何も書きたいことがなくて、それにも増して書きたい気分じゃなくて、エラそうにスランプなどというのではなく、現実のお仕事でいろいろあったがためである。 でも一応、月の最後にブログを仕上げることを、ここ数年ささやかなおのれの使命にしていて、意欲を掻き立てるネタが何かないものかググってみると、今日(10月31日)はつげ義春の誕生日とあった(Wikipediaだと10月30日)。

1937年の生まれだそうで、してみると御年80歳。 今もご存命なこと自体、大げさでなく言葉本来の真っ当な意味から“奇跡”と思われるし、この世に呼吸を続けているそのことだけが嬉しいというか、有り難いことに思えてくる。
今さら新作など望むべくもないし、でも近影がちゃんとウェブ画像にあって、その佇まいにあるのは思想や集団から最も遠く、でも孤高という程に屹立としてもない、違和感と“らしさ”が同居し、互いを阻害し合わないといった様相である。

migつげ義春は、描く作品を芸術の域にまで昇華した、おそらく歴史に唯一の漫画家だろう。 手塚治虫を巨匠とは呼べても、壮大な「火の鳥」をもってしてさえ、“沈黙”とは対峙しえない。 つげ作品のみが、“沈黙”の比重に釣り合っていると感じられるのだ。
今も時々、作品集を開く。 若いころの過剰な思い入れも抜け、再読する「李さん一家(1967年6月)」や「大場電気鍍金工業所(1973年4月)」、「夜が掴む(1976年9月)」や「必殺するめ固め(1979年7月)」。 いずれもノスタルジーでなく、あたかもいま初めて接したような、色あせぬ、初々しいまでの感性と果てしのない線の拡がり。 つげ義春を通し、僕の人生は豊かになったと断じ得るほど、彼の諸作品が奥深くにまで浸みている。 雪舟の系譜を、継ぐとみた。

つげ義春を表現しようとしても「いい」と言うほかはなく、それ以上付け足すことがない。 できるだけ長く、この世に留まっていて頂きたい。 意外とご本人は、健康に気を使われているのではないか。

ここから先、最近相次いで逝去した遠藤賢司と平尾昌晃(先月前振りしておいた)に話しを繋ごうとするも、半端ない虚脱感にギブアップする。 あぁ・・・夜だ。

うわー

じゃあもう1回、もう1回だけ(日を改め)やらせて下さい!

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よこはま たそがれ ホテルの小部屋

伊勢佐木町のホテルに着いたのは、15時を少し回ったころ。 さして温度は高くないのに、JR関内駅から10分ほど歩いただけで、拭う先から不快な汗が流れてやまない。 夏の名残なのか、高い湿度にムシムシとしている。

伊勢佐木モールを進む道すがら、耳に届く会話の大半は中国語だ。 今どき珍しいほど、歩きたばこのオジサンと何人もすれ違う。 「だぁから、バイアグラあれだけ渡しといたのにさぁ」「そっちまでやっちゃうと、必ず違うとこまで要求されるんで、どうするかですよ」などと、歩き携帯の人達の遠慮ない声が、高い音量で商店街にこだましている。 パチンコ屋の前でしょげているおっさんにちょっかいをかけ、「うるせぇ!」と怒鳴られるとキャッキャッ笑いながら立ち去る、ちょっと化粧濃いめのご婦人二人組。 何か、アジア。 何か、昭和。

17時前にランドマーク・タワーに着けばいいので、1時間ほどホテルでヒマを潰さなければならない。 412号室のベッドに腰を降ろし、テレビのリモコンボタンを押す。 TVK(テレビ神奈川)で、「助け人走る」の再放送をやっていた。 時代劇「必殺」シリーズの3作目に当たる。 本放送は土曜日の22時、小学4年生の僕は、常に就寝しているはずの親の目を気にしながら、毎回欠かさず観ていた。 この時代は自主規制が緩く、かなりきわどい(具体的には男子の股間を熱くする)番組が多い時間帯だったのだ。 数年後、同じ時間帯に放送された「テレビ三面記事 ウィークエンダー」なんて、ホントすごかったもんなぁ。

e11d4af1a63b9d293e859307ec982d5640年以上の時を経て再びまみえたドラマは、陰々滅滅たるものであった。 悪い殿さまに仕え、自分の女房を寝取られた家臣が、彼女を救いだし逃避行を試みる。 いざ出奔の矢先、女房のつわりの兆候を目にしてうろたえれば、外で待ち受けた殿さまの家臣に女房を連れ去られ、追いついた屋敷で多勢に切り殺されてしまう。 旦那の非業の死を眼前にした女房、隙を見て殿様の刀を抜き、自刃する。 もちろん悪い人達は、素浪人・中山文十郎(田村高廣)と辻平内(中谷一郎)に成敗され終わるのだが、かりそめの墓前を前にした“しの”の台詞、「この二人は生き続けることの方がつらかったのよ」などと、救いようのない後味ばかりが残る。 そういえば「ウルトラセブン」のどこか無機質でひんやりとしたテイストの残滓を、同じTBSだからなのか、ちょっとあるよう感じた。

実は「助け人走る」で僕が記憶しているのは、本編ではなく最後に流れる主題歌の方だ。 森本太郎とスーパースター「望郷の旅」。  すでにバンド名からしてあまりの格好よさにしびれてしまうが、森本太郎といえばザ・タイガースのギタリスト。 名曲「花の首飾り」を唄ったご仁だ。 YouTubeを開いたら、「望郷の旅」がちゃんと公開されていた。 やっぱり好きな人、ちゃんといるんだな。
7月に逝去された平尾昌晃の、これは最高傑作かもしれない。 それにも増して、安井かずみの詞が秀逸。 「すすきの原は銀の色 風が身にしみる」なんて、まず今の時代に再現不能な“うたことば”だろう。

16時になって、チャンDKkd5-IVAAIFAlnネルをひと回り。 ドラマの再放送を除けば、緑のたぬき・小池百合子氏をめぐる話題で花盛り。 今のところ大手メディアは、百合子ちゃんの野望に連れ添う気配濃厚である。 こいつら、安倍憎しに凝り固まるあまり、視界不良に陥っちゃってんじゃないの。 連合という“しがらみ”の代表みたいな組織を受け入れる段階で、希望の党の綱領は崩壊している。 っていうか百合子ちゃんにたかってくる人達って、自分本位があまりに露骨過ぎて気持ち悪い。 中山恭子さんは旦那のためでなく、貴女の立派な信念に従って再考されてはいかがでしょう。 「棄望の党(希亡の党?)」は、貴女にまるで似合いませんよ。

わけて民進党を実質解党する張本人の前原くん(「後ろから前原」とは、文春に載った北朝鮮おねぇさんとの2ショットから命名されたそうで)の、あんまりにもあんまりな答弁が情けなさの極みである。 「政権交代の実現のために、名を捨てて実を取る」ってどういう意味? 選挙を戦う前から「参りました」って言ってんのと一緒じゃん。
「おまえ、男だろ」などと、今どき差別発言と受け取られかねないが、敢えてキミに投げつけたい言葉だ。 未来ある乗客に間違った情報を流し続け見殺しにし、自らは一命を取り留めたセウォル号の船長の姿を彷彿とさせる。 前原くんの場合、沈みゆく船に最後まで留まったとして命まで取られる事はないし、本当に志があるのであれば(ないけど)、その潔く気高い態度は必ずや後に評価され、党再生の可能性だってゼロではなかったはず。 こいつ、ほんとクズ。 こういう奴にだけはならぬよう、自らを戒めようと思った次第。

宴が終わったのが午後7時過ぎ。 ホテルに戻る車中、されば「伊勢佐木あたりに灯(あかり)がともる」のだ。
これは、青江三奈「伊勢佐木町ブルース」の一節。 作詞は川内康範、「行けレインボーマン」「ヤマトタケシの歌」「あいつの名前はレインボーマン」「死ね死ね団のテーマ」(ぜんぶ「愛の戦士レインボーマン」の挿入歌だが)という空前絶後の名作を世に問うた、大先生の手になる。
「ドゥドゥビ ドゥビ ドゥビ ドゥビ ドゥバー 灯(ひ)がともる」と、どこがブルースなのかようわからんが、この作品もやはり大傑作である。 僕など、芥川隆行さんのナレーション付きCDをもっている。 だから何が自慢なのか誰にも“わかんねぇだろうな”だが、この事に堂々胸を張りたい。 ビーボより美味いのは、ビーボだけなのだ。

夜が明け、やはり関東でしか見れないTOKYO MXにチャンネルを合わせる。 主要株主に中日新聞、つまりは東京新聞が名を連ねる反安倍政権の先遣隊みたいなイメージだが、地上波で唯一真っ当な番組と思われる「ニュース女子」を放送する局でもある。

話しはそれるが先日、同業の原部長から「いつもブログ見てますよ」と言われ動揺した。 だって僕が書いてる事は、小島昇一と福西雅之2名のみを意識した内容に終始していて、いわば内輪受けの極致、閉じた世界観に成り立っているのだ。
それが以前、百田尚樹「カエルの楽園」の書籍を添付したところ、僕が推薦したと判断、購入されたという。 冷や汗タラリである。 謙遜抜きに、他人に影響を与えるそんな人間に育った覚えなど、僕にはなかったからだ。

16122586_1543499942331962_2482086223405907968_nそこで畏れ多き原部長に、改めお勧めさせて頂くとすれば、BS11木曜午前2時から「ニュース女子」が、2週遅れくらいで放送されております。 もし視聴可能な環境にありましたら、こちらは無償ですのでぜひご覧ください。 まさか起きていられる時間帯ではありませんので、予約録画でどうぞ。
ちなみに10月5日放送分は、「大好評第3弾!財務省はなぜダメなのか?元官僚・高橋洋一が大暴露!「財務省はウソつきだ」!?10年間公表できなかった財務省の秘密とは?最強官庁「財務省」徹底解剖!」とありました。 高橋洋一さんのお話は、目からウロコ間違いなしですよ。

TOKYO MXでは堀潤司会の朝の番組で、やはり小池百合子の話題を取り上げていたが、希望の党党首でなく東京都知事に対する視点であったのが新鮮だった。 東京の番組だから、これが自然なのだろう。
分析も客観的で、大手メディアとはだいぶ趣が異なり、都民ファーストの会の評価などけっこう辛辣でさえある。 都議選前はあんなに威勢の良かった音喜多氏含め、都民の代表のはずの議員の意見が事務局によって完全に押さえこまれている異常性をついていた。 安倍政権などありもしないモリカケ“問題”でサンドバック状態にされているのに、都議会の現状を指摘する大マスコミは皆無に等しい。 このままいくとマジでオリンピック、ヤバいかもよ。 都知事のおばちゃん、自ら作った問題放り出して、国政に行こうとしてるしね。

9時少し前、ホテルを後にする。 風が冷たく湿度も低い。 今朝、秋が来た。

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仕付けの感性

2026076l中国には、日本語の「躾(しつけ)」に該当する語がないそうだ。 よって「躾」は“漢字”でなく“国字”であると、インターネット番組で江崎孝氏が話されていた。 江崎氏おっしゃるには、日本の「躾」に学ぼうというのが、今の中国教育界のトレンドだそうな。

「身」と「美」の合わさった「躾」とは、もともと「着物を仕付ける」を成り立ちとする。 ここで「仕付け」とは、着物の形が整うよう、仮に縫いつけておく行為。 着物が縫いあがると、仕付けの糸ははずされる。 つまり着物の完成をもって、もはや仕付けの糸はそこにあってはならない存在へと意味を変えるのだ。

五歳から七歳の子どもたちは、いよいよしつけ糸をはずしはじめる年齢にあたります。 それまでは親が外側から枠組みを与えて、子どもに行為や生活習慣をかたちづくらせていたのですが、いよいよその枠をはずして、子どもが自分の力でみずからの行為や生活習慣を生み出しはじめる時期に入っていきます。

しつけ糸をはずすことは、いうまでもなく、子どもを本人の自律にゆだねることです。 しつけとは、もともと自律に向けてのしつけなのです。 外からの強制によって社会のきまりをあてがうことよりも、むしろそうした外的強制をとりはずすことをめざすものです。 しつけが不要になるようにしつける、といってよいかもしれません。

この「はずす」ことが、子どもの発達にとっても重要な意味をもつのです。 (「幼児期 子どもは世界をどうつかむか」岡本夏木著)

なるほど、さすがは“国字”。 「守破離」の師弟関係を親子関係に置き換えた、同義の思想の込められた語であったか。

上達への近道は「守破離」の「守:素直な心で師の教えを忠実に守ること」でした。 貴方の尊敬する人(人生の師、仕事上の師)は誰ですか? 「素直な心」とは、自分自身いたならさを認め、そこから努力するという謙虚な姿勢のことです。 本当に伸びる人は、「素直な心」をもって人の意見をよく聞き、常に反省し自分自身を見つめることの出来る人です。 そうした「素直な心」でいると、その人の周辺にはやなり同じような心根をもった人が集まってきて、物事がうまく運んでいくものです。 自分にとって耳の痛い言葉こそ、本当は自分を伸ばしてくれるものであると受け止める謙虚な姿勢が必要です。 (京セラ・KDDI創業者の稲盛和夫さんの言葉)

「守破離」の「守」は師匠に言われたこと、師の流儀・型を習い『守る』こと。 「破」は師の流儀を極めた後に、他流も研究すること。 その型を自分と照らし合わせ、自分に合ったより良いと思われる型をつくることにより、既存の型を『破る』こと。 「離」は自己の研究を集大成し、独自の境地を拓いて一流を編み出すこと。 師匠の型、そして自分自身が造り出した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から『離れる』こと。

「躾」は親によってo0500040913278118701なされ、幼児は善悪の判断なく(判断を出来ず)これに従う。 やがて成長の過程にあって、親以外の外部と接触するようになると、そこに様々な価値観を知り、自らが思考・模索を始める。 やがて子供が自立するとき、重なる部分はあっても親のコピーでないオリジナルのおのれが備わっていなければならない。 親がしつけた糸の跡は、残してはならないということだ。

「守破離」と「躾」が異なるのは、前者が達人や智者、少なくとも豊富な経験を有する伝え手であるのに対し、後者は必ずしも「身」の「美」しい存在と限らない点だ。 自らがしつけの糸を、親に外してもらえないまま子を持つ身に転じてしまった人も、少なからずいると思われる。

今朝(8月31日)の民放テレビ各局で、「世界的トランペッター・日野皓正が中学生を往復ビンタ」とやっていた。
報道の細部までは立ち入らない。 世田谷区教育委員会主催「日野皓正 presents “Jazz for Kids”」というイベントで、舞台の隅にいた日野氏が、ドラムを叩く男の子に歩み寄って体罰を加えたというもの。 毎年公募で区内の中学生が集められ、4カ月間、日野氏をはじめとした数名の講師のもとで練習を積み、8月のコンサートが発表の場となるそうだ。 ドラムを叩く中学生の髪を引っ張り回した後、往復ビンタを浴びせる日野氏の映像を各局流したうえ、「お金を払って観にいったのに、連れて行った自分の子供があんな暴力行為を見せられてしまった。 子供から『あのおじさんは何で子供を叩いているの?』と聞かれましたが、うまく説明できませんでした」などと、一部親のコメントをかぶせる。

出社だから8時以降の番組は確認していないが、例によって女優やらコメンテーターやら、「理由の如何を問わず暴力はいけない」と、生徒への“暴行”を杓定規に嘆いたそうな。 いや、杓定規というと、どこかで筋が通っていそうな印象にもなりかねないから、使い方が間違っているか。 こういう人は、日本に向けてミサイルぶっ放す北朝鮮にも同じことを言うんだろうし、さらに返す刀で「我が国が暴力に暴力で応えることは、ぜっ~たいに!あってはなりませ~ん~!」くらい主張しそうだ。 なんにしろ、今回の報道がこれから先子供たちに与える影響などまるで考えない、絶望的に仕付けの糸のとれていない人達であるのは間違いない。 暴力=悪。 この嘘か真か知れぬマニュアルでしか、人間というものを判断できない多数派によって、世の中はどんどんいびつになっていく。

「世界的トランペッター」とどの局のMCも気軽に口にするが、では本当のところ、世界で日野皓正はどれほどの存在なのか? 字義通り受け止めるならば、大変な影響力を有する存在のはずだろう。 僕だって決して好みのプレーヤーとは言えないものの、その実力まで否定する事は出来ない。 圧倒的なテクニックは、「世界的」という冠に恥じぬものだと思う。
ではなぜ、「世界的トランペッター」は世田谷区の普通の中学生のため、ここまで情熱を傾けてきたのか。 売名の必要などむろん無く、だいたいそんなコンサート毎年やっていたなんて、今回の報道がなければ誰も知らなかったはずだ。

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74歳と老境に入った日野が、恐らくは彼の奥底の思いから次世代に繋ごうとする行為を、表に現れた上澄みだけをもって批判する輩に対し、怒りの念を禁じ得ない。 どうでもいい話をここまで大仰に報道し、来年も世田谷区は同じ催しを続けられるのか、「世界的トランペッター」は要請があったとして請けるのか、暗澹たる気持ちになる。 日野照正から躾られるはずであった子供たちのチャンスを、商業主義一辺倒の軽薄報道と、暴力=悪のマニュアル人間たちによって踏みにじられるとすれば、こちらの“暴力”行為こそ、取り返しのつかない愚行である。 キミたち、恥を知れ。 真剣に向き合うほどに、相手が子供だろうと、手加減抜きに腹を建てる情熱こそが「世界的トランペッター」を支えるものであろうし、そうした場に立ち会えた僥倖こそ、世の親であれば感謝しなければならないはずだ。 怒ることを忘れ、ミサイルを撃たれればおろおろするばかりの国民性こそ、ますます相手をつけ上がらせ、さらに攻撃をエスカレートさせる態度とは思わないか。 もっと僕たちは、肚の底から怒りを募らせるべき時だ。 やる気なら、相手になるぞ。 その代わり一度抜いた刀はお前を仕留めるまで、鞘に戻ることはないからな。 その殺るか殺られるかの覚悟があって初めて、「平和主義者」言うところの対話の可能性も生まれるんじゃないのか。

最後に、ふだん何気なく使っている“漢字”も、なるほど“漢”(紀元前206年 –~紀元後220年までの王朝)の“字”であったかと、恥ずかしながら生まれて初めて理解した。 2000年前に日本に伝わってきた漢字は50000字以上あると言われているが、そのうち2600字は日本でつくられた“国字”だそうだ。 「鱚(きす)」、「鰯(いわし)」、「鱈(たら)」、「鰤(ぶり)」、「鯰(なまず)」、「鮃(ひらめ)」、「鰰(はたはた)」、「鮑(あわび)」、「鮹(たこ)」。 なるほど、魚は日本の食文化だものね。

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